24章 悪神暗躍(後編)  03

 それから夕食までの間、俺は応接の間にやってきたマイラ嬢からリースベン国の話を一通り聞いた。


 現国王はやはり内政を重視する人であったらしく、突如として外征を口にするようになったその豹変ぶりには皆違和感を持ったそうだ。


 だが近侍の者たちも次第にその違和感を口にしなくなり、気付いたら自分も身体を乗っ取られていたという。


 その時の雰囲気からすると、大臣や各部門の長レベルの人間はほぼ『憑依』か『洗脳』の状態にあるようだ。


 一番面倒そうなのは、精鋭の親衛騎士団200人がほぼ全員その状態にあると言うことだろうか。まあそれでも、実際に戦えば相手にはならないだろうが……。


 なおレヴィン氏は夕食の時には戻ると言って出掛けたそうだが、マイラ嬢いわく情報を集めにいったとのことだ。


 なるほどデキる執事はそこまでやるのかと感嘆するばかりである。


 そして夕食になり、俺はマイラ嬢とレヴィン氏と同じ卓で食事をとっていた。


 いつもならマイラ嬢と使用人全員が同じ卓で食べるらしいが(もちろんそれはかなり異例のことである)、今日は3人のみで、食事を用意してくれたメイドさんも全員部屋を出ている。


「城に出入りしている商人に当たって場内の様子などを聞いて回ってみましたが、少し妙なことになっているようですな」


「それはどう妙なのですか?」


 食事が一段落しレヴィン氏がそう切り出すと、マイラ嬢が反応する。


 ちなみにマイラ嬢は、応接の間にやってきた時から軍装を解いて私服姿になっている。


 公爵令嬢としては地味めの装いだが、それでも将軍から令嬢への変身というギャップもあって一段と美人に見える。まあキラキラ族だし当然か。


「一点は、城の間取りが変わった、と複数の商人が口にしていたことです。何人かは迷って出られなくなりそうになったとか」


「そんな不思議なことがあるのですか? 私が登城した時は何も変わっていませんでしたが。クスノキ様はお分かりになりますか?」


「ええ、それは恐らく城がダンジョン化しつつあるのだと思います。何度かそのような場面に遭遇したことがありますので」


 俺が言うと、2人は驚いた顔を見せた。


「ダンジョン化というと、『厄災』の前兆として現れるものですよね? 確かにいくつか出現したとは聞いていますが、城がダンジョン化することがあるのですか」


「建物内部がダンジョン化するのはそう珍しいことではありません。逆に言えば、そこに私の目的とするものがいるということになりますね」


「なるほど。レヴィン、次は?」


「はい、実は昨日、陛下が親衛騎士団を引きつれて国都を出たようなのです」


「えっ?」


 マイラ嬢が大きな声を上げそうになって慌てて口を抑える。


 いやそれは声が出るのも仕方がない、あまりに予想外の情報である。


「それは……どこへ向かったのですか?」


「どうも西にある渓谷に向かったのではないかとのことです」


「西の渓谷……『鎧蟲よろいむしの谷』ですか? なぜそのような場所に……」


「その『鎧蟲の谷』とはどのような場所なのですか?」


 すかさず質問をしたのは、明らかに嫌な予感がする地名だったからである。


「『鎧蟲』という巨大なモンスターが群をなしている谷です。基本的には縄張りから出てこないモンスターなのですが、非常に硬い外皮をもったモンスターで、私でも倒すのは楽ではありません。その分ドロップする魔結晶も外皮も有用なのですが……」


「どれだけの数が棲息しているのでしょう?」


「女王を中心にして数百とも数千とも言われています。谷全体に棲息しているので正確な数は分かりませんが」


 ああ、これは確定な感じかな。


「その『鎧蟲』が一斉にこの国都になだれ込んで来たらどうなりますか?」


 俺がそう言うと、マイラ嬢の顔色がサッと変わった。レヴィン氏も同様である。


「いえそれは、国軍がいれば防げますが……あっ、今は全軍が……!」


 いやこれは俺も少し驚いている。


『悪神』は二重の作戦を同時進行していたようだ。


 軍を動かして戦争を仕掛け、大勢の人間を犠牲にする。その一方で、手薄になったリースベン国にモンスターを引き入れて襲わせる。


 悪辣あくらつにも程があるやり方だが、「人間を間引く」という目的を考えればこれ以上うまいやり口もない。


「国軍が帰投するまでにはまだ5日はかかります。『鎧蟲の谷』までは一日半、どう考えても間に合いません。ですが、城壁に拠って守りを固めれば……」


 マイラ嬢が考え始めている一方で、俺も対策を考えてみる。


 恐らくリースベン軍を転移魔法でピストン輸送することはできるだろう。


 しかしそれをするのはさすがにマズい。


 一部隊を転移できるという程度ならまだしも、さすがに国軍レベルを瞬時に移動できることが知られるのは問題がありすぎるからだ。


 いくら俺が一国の軍を相手にできる力があるといっても、所詮は『個人』である。しかしその力が、一国の軍を動かせるまでになると話は完全に別である。


 為政者が恐れるのは個人よりも集団だ。戦争でも、相手国を占領して統治下に置くには集団が必須である。その集団を瞬時に転移できるなどと知られれば、俺は第二の『魔王』扱いされるまであるだろう。


 ……とすればまあ、いつもの通りにやるしかないわけだ。


「マイラ様、私は明日の早朝、谷に向かいます。『悪神』は恐らくその『鎧蟲』の女王を操るつもりでしょう。それに加えて、もしこの国を滅ぼすつもりなら、国王陛下の玉体ぎょくたいも必要なしとして『鎧蟲』の前に捨て置く可能性もあります。」


「……! クスノキ様、それは本当ですか!? でしたら陛下を何としてでもお救いしなければ!」


 いきなりすくっと立ち上がるマイラ嬢。その顔には決意の表情がみなぎっている。


 なんというかすごく真っすぐな人のようだ。そういえば、こういう人は意外と俺の周りには少ない気がするな。この間お知り合いになった大聖女様と、聖女ソリーンくらいか。


 まあネイミリアもある意味真っすぐではあるが……。


「マイラ様、そちらも私にお任せください。彼らも夜は動かないでしょうから、明日向かえば十分に間に合います」


「う……そうですね。クスノキ様のお力があれば一瞬で追いつくのでしたね」


「ええ。マイラ様のお気持ちは分かりますので、私も力は尽くしますよ。『悪神』の思い通りにさせるつもりはありません」


「分かりました。明日は是非私もご一緒させてください」


 本当は断りたいところだけど、彼女は『悪神』討伐のキーパーソンっぽいからそうもいかないんだよな。


 恐らく見せることになるであろう俺の力については、彼女の口の堅さに賭けるしかない。


「ご武運をお祈りいたします」


 話の成り行きを聞いていたレヴィン氏の顔色もさすがにすぐれなかった。

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