24章 悪神暗躍(後編)  02

 ここから先は敵地潜入的な作戦になるので、もともと俺一人で行動するはずであった。


 正直なところ『朧霞おぼろかすみ』と『隠密』スキルを使えば、リースベンの王城に入り込んで玉座の間まで乗り込むこともそう難しくはない。


 むしろ一人の方がやりやすいまであったのだが、どうやら俺一人では『厄災』は討伐できないという『縛り』が発動したようだ。


 そんなわけで、リースベン軍総大将の天幕で、俺はひとりの女性と相対あいたいしていた。


「再びお目にかかれるとは光栄ですクスノキ名誉男爵殿。噂にたがわぬ剣技と魔法、わたくし感服いたしました。国都の案内はお任せください。王城へもわたくしがいれば容易に入れると思います。よろしくお願いします」


『三龍将』のひとり、マイラ・オルトロット嬢は慇懃いんぎんに礼をした。


 彼女は青みがかった黒髪を後ろで束ねた、目元の涼しげな二十歳前後に見える美人であった。


 公爵の御息女ということは王家の血を引いているわけで、なるほどどことなく高貴な雰囲気もある。


 そんな人物が『三龍将』として戦場にいるというのは驚きではあるが、よく考えれば俺は戦う美人を何人も知っている。そう考えると別に驚きではないのかもしれない。


 なにしろ彼女もキラキラキャラであるし。


「こちらこそよろしくお願いします。『悪神』の討伐は危険を伴うものになりますが、必ず達成いたしますので、私の力を信じていただければ幸いです」


「貴公の力は剣を交えて肌身に感じています。むしろご一緒できることでその力が再び見られることに感謝いたします」


 うん、すごく教育と礼儀作法の指導が行き届いた新入社員みたいな感じの女性だな。


 変な話だが、俺としては同行者としてやり易い相手な気がする。


「それでは、すぐにでも国都に向かいたいと思います。準備はいかがでしょうか?」


「はい、わたくしは問題ありません」


 彼女はすでに大きめの背嚢はいのうを背負っていた。俺の転移魔法を目の当たりにしているから、すぐに動ける用意をしてきたのだろう。


 なお、この場にクリステラ嬢とアンリセ青年はいない。彼らは先だって転移魔法で砦に送り届けてある。


 リースベン軍に関しては恐らくこれ以上の軍事行動はないだろうし、そうであるならば彼らには首都の守りについてもらわねばならないからだ。


「それでは、まずは国都の近くまで移動をしたいと思います」


 国都の位置はすでに『千里眼』で確認済みだ。


 俺はマイラ嬢に頷いて見せると、転移魔法を発動した。






 まず移動先に選んだのは、リースベンの国都を一望できる山の頂上だった。


 国都は八角形の城壁に囲まれた城塞都市で、中央付近に王城が見える、丁度首都ラングランとロンネスクの間くらいの規模の都市であった。


 異なっているところと言えば、城壁の外にも無秩序に住宅地が広がっていることだろうか。


 いやむしろこちらが普通で、ラングランやロンネスクの方が特別なのかもしれない。


「ここはソネル山の頂上……!? すごい、本当に一瞬で移動してしまうなんて……」


 マイラ嬢は周囲の景色を見回しながら目を輝かせている。


 こんなトンデモ魔法を体験しても恐怖より好奇心や感激が先に来るあたり、彼女も大物な気がする。


「ここから都市内に直接転移しようと思いますが、都合のいい場所をご存知ありませんか、オルトロット様」


「マイラとお呼びくださいクスノキ様。部下にもそう呼ばせていますので」


「はあ……、分かりましたマイラ様。では私のこともケイイチロウと。言いにくければクスノキでも構いませんが」


「ありがとうございますケイイチロウ様。都合のいい場所とのことですが、私の屋敷がよろしいでしょう。室内に転移することはできますか?」


「転移には多少制約がありまして、室内については一度訪れていないと不可能です」


 さすがに千里眼でも室内までは透視できないからな。窓の外から見ただけだと条件を満たさないようだとも確認はしてある。


「では中庭にしましょう。場所は王城の西側にある赤い屋根の屋敷で――」


 マイラ嬢に話を聞きながら『千里眼』で屋敷を探す。


 ここだろうとあたりをつけた屋敷はかなり大きい。


 さすが王族にして『三龍将』のひとり。よく考えたらリースベン国でもトップクラスの重要人物だから当然ではある。


「場所を確認しました。誰かに見とがめられる恐れはありますか?」


「使用人がいますが全員信用できる人間です。記憶にある限り、『悪神』の影響下にはなかったと思います」


「分かりました。我々が現れた時に騒がれなければ問題ありません。では参りましょう」


 再び転移魔法を発動、山頂からマイラ嬢の屋敷の中庭に転移する。


「ここでよろしいんですよね?」


「はい、間違いありません。しかし何度体験しても信じられません。伝承の転移魔法、これは素晴らしいですね」


 確認すると、マイラ嬢はやはり目を輝かせながら頷いた。


 気持ちは分からないではない。転移魔法は俺の持つインチキ能力の中でも飛びぬけてインチキな能力だからなあ。


「ケイイチロウ様、まずは私の屋敷に入りましょう。使用人に国都の様子を聞いてから行動をした方がよいかと思います」


「ええ、そうさせていただけると助かります」


 うん、彼女に来てもらってやっぱりよかったかもしれない。


 インチキ能力でゴリ押しするよりも段階を踏んだ方が確実であるし、その方が自分としても安心できる。


 俺はマイラ嬢に案内されて、いかにも貴族の屋敷然とした館へと足を踏み入れた。





「おお、お嬢様ではございませんか! これほど早くお戻りになられるとは、もしや戦は我が国の勝利で終わったのでしょうか!?」


 俺たちを出迎えてくれた執事風の男性が、マイラ嬢の顔を見るなり驚いたように言った。


 奥からメイドさんが数名、何事かと現れる。


「いいえレヴィン、戦はわけあって途中で切り上げてきたのです。出撃した全軍もじきに戻ってくるでしょう」


「なんと? 切り上げてきたというのは不思議な。もしや陛下がまた心変わりを?」


 執事のレヴィン氏がそう言うと、マイラ嬢は複雑な表情をして俺を見た。


 なるほど、今の一言で何となくリースベンの国王が市民にどう見られているのか分かってしまったな。


「してお嬢様、そちらの方は? お客様でございましょうか?」


「ええ、そうです。この方はとても重要なお客様です。その素性を今明かすことはできませんが、私を救ってくれた方、そしてこのリースベンを救ってくださる方です」


 マイラ嬢がかなり際どい紹介をする。


 レヴィン氏は白い眉の下にある目を一瞬だけ丸くしたが、すぐに元の温厚な執事の顔に戻った。


「なるほど、お嬢様のご様子が元にお戻りになったのはその方のお陰というわけですな。それは丁重におもてなししなければならないようです」


「レヴィン、気付いて……?」


「無論でございます。伊達に長年お仕えしているわけではございません。ただ、何事もできなかったことを無念に思うのみでございます」


「いえ、いいのです。貴方がなにかしようとすれば、私は知らぬ間に剣を抜いていたかもしれません。それほど危険な状態にいました。そして恐らく陛下も……」


 マイラ嬢がそこまで言いかけると、レヴィン氏は慌てたように咳ばらいをした。


「お嬢様、それ以上のお話は然るべき場所で行うべきかと。そろそろ夕食の時間でございますれば、まずは食事の準備をいたします。お客様は応接の間に案内申し上げればよろしいでしょうか?」


「そうしてください。ケイイチロウ様、私は一度部屋に戻ってすぐに応接の間に参りますので、しばしお待ちください」


「分かりました、ありがとうございます」


 俺はマイラ嬢と別れ、レヴィン氏に随って応接の間に移動した。


「失礼ですが、お客様のことは何とお呼びすればよろしいですかな?」


「クスノキとお呼びください。このような形で突然訪れたことをお詫び申し上げます」


 俺は勧められたソファに座りながら答えた。


 マイラ嬢は一応素性を隠してくれたが、恐らくこのレヴィン氏は俺のことを「分かってる」気がする。


 ヘンドリクセン老ほどではないが、それでもデキる執事オーラがかなりすごい人である。


「クスノキ様ですな、承知いたしました」


 彼はその場で立ったまま深く一礼した。


「クスノキ様、この度はお嬢様をお救いいただきありがとうございます。使用人一同を代表してお礼申し上げます」


「私としては自らの目的を達成するために必要があって助けたまでです。お気持ち謹んでお受けいたしますが、そこまでお気になさいませんようお願いします」


「ありがとうございます。しかし目的……でございますか」


「ええ、私はハンターをしておりまして、こちらに大物がいるというのでやってきただけです。たまたまマイ……オルトロット様がその大物がいる場所をご存知だと言うので協力をいただいております」


 恥ずかしながらこういう「ぼかした」セリフってちょっと憧れてたりする。


 まあもう半分バレバレだから意味はないんだが。


「ハンター……クスノキ……なるほど、そういうことでございましたか。それでは当家としても最大限のおもてなしをさせていただかないとならないようですな」


 レヴィン氏は訳知り顔で頷くと「お茶をお持ちしますのでしばしお待ちください」と言って、応接の間から退出していった。

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