24章 悪神暗躍(後編) 07
マイラ嬢を伴って外に出ると、街中は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
通りには騒いでいる者、城の方を見て固まっている者、急いで家の中に入っていく者、逆に荷物を持ってどこかへ走っていく者などが入り混じって大変なことになっている。
もちろんその理由は明らかであった。
マイラ嬢の館からほど近くに見えていたはずの王城。
威容を誇っていたその城が無残にも半壊しており、その瓦礫の中に巨大な『何か』がうごめいているのだ。
「あれが伝承にある『
マイラ嬢がうめくようにつぶやく。
「まさか『玄蟲』が蘇るとは……。これも『悪神』がなしたことだと言うのか」
国王陛下以下重鎮たちも館から現れ、城にも匹敵するような大きさのモンスターを見て言葉を失っている。
さてさて、俺としてはどうしたものかな。
いきなり倒しに行ってしまってもいいけど、あそこは王城の敷地だし、『玄蟲』はリースベン国にとってはそれなりにいわくのあるモンスターでもある。一応許可は取っておいた方がいいだろう。
「国王陛下、あのモンスターの討伐を私にお任せいただけませんか? どうやらあのモンスターには『悪神』が憑りついているようです。私でなければ対応は難しいでしょう」
「う……む、いや、貴殿はあれを倒せると言うのか?」
「はい、問題なく。私は『悪神』へ効果の高い神器も携えておりますので」
そう言うと、国王陛下は「むぅ……」と言って黙ってしまった。
普通に考えれば悩んでいる暇などない。だが国王ともなるとさまざまなことを考えなければならないものなのだろう。
他国の一貴族が自国の危機を救ったとなればそれだけで他国に巨大な借りを作ることにもなるし、王家の名声にも
仕方ない、一芝居打つか。
「国王陛下、あのモンスターを倒すのにはマイラ様のお力が必要です。その御許可もいただきたいのですが」
「む、マイラのか? ふむ……分かった、貴殿に『玄蟲』討伐をお願いしよう。マイラも伴っていくがよい。王家に連なる者ゆえ、あの『玄蟲』のことも多少は知っておろう」
国王陛下の中で何か妥協点が見つかったのであろう、決断は早かった。
まあこれはもともとマイラ嬢のお父上であるオルトロット公爵の策でもあるからな。彼らの中ではマイラ嬢が関わるというのは大きな意味を持つのであろう。
「マイラ、用意をしてクスノキ卿に従うのだ」
「はっ!」
国王陛下の命でマイラ嬢が準備をしに走っていく。その時一瞬だけ俺の顔を見たのだが……俺の勘違いでなければ、あれは恋する女性の顔だよなあ。
俺は単に仕事がしやすいようにしているだけなんだが、どうも色々勘違いがあって彼女の好感度アップにつながっている気がする。
もしかして似たようなことがずっとあったとしたら……俺にとってそれは、『玄蟲』の出現よりはるかに問題となる話かもしれない。
俺は武装したマイラ嬢を伴って、王城を囲む城壁の上に転移した。
-----------------------------
玄蟲
スキル:
剛力 剛体 不動
四属性魔法(炎・水・風・土)
付与魔法 気配察知 物理耐性 魔法耐性
並列処理 持久力上昇
ドロップアイテム:
魔結晶10等級
玄蟲の外殻 玄蟲の爪 玄蟲の脚
古代文明の残骸
状態:
憑依
-----------------------------
間近で見ると、『玄蟲』の巨大さは確かに息を飲むほどのものであった。
本体はお椀を逆さにしたような形状である。その周囲に8本の足が等間隔に並んでおり、同じく8本の触手が本体上部から伸びている。
触手の先端には巨大な爪……というかハサミがついており、空中でウネウネと動いているのが生理的に嫌悪感を抱かせる。
『玄蟲』の名の通り全体的に黒っぽく妙にテカテカと光っているのだが、その形状は『蟲』というか、生き物っぽい感じがしない。
むしろ前世の古いロボットアニメに出てきた悪役ロボットみたいな雰囲気である。
そのどうにも場違いな雰囲気のモンスターを見て、マイラ嬢がつぶやいた。
「なんと巨大な。これではわたくしの矢などいかほどの意味もないのではありませんか?」
「本体は巨大でも末端はそれほどではありません。例えば触手の先などを狙えば十分にダメージを与えられるでしょう」
そうアドバイスをすると、マイラ嬢はぐっと表情を引き締めた。
「ケイイチロウ殿がそうおっしゃるなら、わたくしも期待に応えない訳にはまいりませんね。せっかくケイイチロウ殿が力をふるう場を用意してくださったのですから、『三龍将』としての面目は保たねば」
マイラ嬢は弓に矢をつがえ、俺の指示を待つ態勢に入った。
「私は魔法で攻撃を試みます。最初はマイラ様の援護に回りますので、ご自由に攻撃を」
「分かりました。参ります」
よく聞くとマイラ嬢をバカにしたような指示ではあるが、その辺りは彼女も理解してくれるだろう。
マイラ嬢は美しい所作で弓を引き絞ると、矢に付与魔法をかけて放った。
『炎属性』を与えられていたのだろう。赤く輝く矢は過たずに『玄蟲』の触手の一本に突き刺さって炸裂した。
グゴゴゴォォ……ッ
『玄蟲』の鳴き声であろうか。
触手の一本が半ばまで千切れるほどのダメージを受けていた。さすが『三龍将』の1人、やはり大した腕である。
マイラ嬢は矢を次々と射る。
何本かの触手を落とすことに成功するが、もちろん『玄蟲』も黙って見ているはずがない。
先端の爪に『四大属性』をそれぞれ付与した触手で、城壁の上の俺たちを攻撃しようとする。
俺はマイラ嬢の前に立ち、大剣でその攻撃を次々と弾き返す。
先端の爪だけで3メートルはあるだろうか、もはやモンスターというより本当に巨大ロボと戦っている感じである。
「ケイイチロウ様、もう矢が尽きます。魔力ももう……!」
マイラ嬢が叫ぶ。
彼女の成果は触手3本だった。こんな化物相手に臆することなく向かっていくだけでも肝が据わっているが、きちっとダメージを与えるのだから見事である。
実際俺がいなくとも、『三龍将』とその軍勢が揃っていれば『玄蟲』は討伐できたかもしれない。
ただしそれも『悪神』が憑依していなければの話ではある。
『玄蟲』は業を煮やしたのか、8本の脚を動かしその巨体でこちらに向かってきた。
城壁ごと体当たりで破壊するつもりなのだろう。
「ケイイチロウ様!」
「大丈夫です」
マイラ嬢に答え、俺は『炎龍
赤熱する光線が宙を薙ぎ、『玄蟲』の脚が根元から切り離される。
3本を斬り落としたところで、『玄蟲』はバランスを失い大地に崩れ落ちた。
凄まじい地響きが周囲に響き渡る。周囲の家が倒壊していなければいいのだが。
「なんと強力な魔法……。あれほど巨大な足を簡単に切断するとはすばらしいです。しかし魔力は大丈夫なのですか?」
「ええ、問題ありません。触手も落としておきましょう」
動けなくなった『玄蟲』が触手を振り回し始めたので、俺は同様にすべて斬り落とした。
いくら巨大モンスターとはいえ手足をもがれた姿は少し哀れを誘うが……と思っていたら、本体の別の場所に穴が開き、そこから新たな触手が生えてきた。
なるほど、そういうギミックか。ホントに悪役ロボだな。
どこまで触手が出てくるか試してもいいんだが、どうも外からちまちま攻撃しても
もちろんそれは『フラグ』的な意味でだ。
この手の巨大ロボ(ロボじゃないが)を人間が生身で倒すとなったら、伝統的なあの方法を取らないといけない気がする。
「マイラ様、このまま『玄蟲』の本体の上に移動します。そこから『玄蟲』の体内に突入しますので、そのつもりでいてください」
「えっ、体内に突入……ですか!?」
俺は驚いた顔をするマイラ嬢を抱き寄せると、『瞬間移動』を発動、『玄蟲』の本体上部に移動した。
『玄蟲』の外皮はやはり金属のような質感だった。
本体にとりついた俺たちに向かって触手が四方から襲い掛かる。
先程までと違って必死さがうかがえる。やはりこの攻略法を取られるのが怖いとみた。
俺はマイラ嬢を守るようにして大剣を振り回しながら、『玄蟲』本体の側面に向かった。
そこにいかにも侵入してくださいと言わんばかりの大きな穴があるのだ。虫には『気門』という呼吸器官へ続く穴があると聞いたことがあるがそれだろうか。
俺はマイラ嬢を抱え、その直径2メートルくらいの穴に飛び込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます