24章 悪神暗躍(後編)  08

 しばらく滑り落ちていくと、不意に広い通路のような場所に落ちた。


 『光属性魔法』で明かりをともすと、周囲の様子がはっきりわかる。


「なにか、建物の中のように見えますね。これが『玄蟲』の体内なのですか?」


 マイラ嬢の言う通り、そこは明らかに建造物の内部のようだった。しかも城や遺跡といったものではなく、前世のビルの通路に近い雰囲気だ。


 この世界のモンスターの体内の様子としては不似合いもいいところである。


「ええ、体内なのは間違いないのですが……もしかしらダンジョン化しているのかもしれません」


「ダンジョン化……? そのようなこともあるのですね」


「私もこれは初めての経験です」


 さすがにこれは予想していなかった。


『悪神』が巨大モンスターに憑依して内部をダンジョン化したということだろうか。


 ともかくも、このダンジョンの奥に『悪神』がいるのだろう。そう考えると、このダンジョンは『玄蟲』の精神世界みたいなものなのかもしれない。


 俺はインベントリから予備の矢を出してマイラ嬢に渡し、魔力を譲渡して戦闘に備えてもらった。


「んぁ……ふぅ……っ。ケイイチロウ様は空間魔法だけでなく、魔力を渡すこともお出来になるのですね。これほどのお方とは……」


 魔力譲渡の副作用のせいか、マイラ嬢の顔が上気している。


「それでは先に進みましょう。ダンジョンですのでモンスターが出現する可能性が高いですからご注意を」


 俺は熱い視線に気付かなかったことにして、ダンジョンを進み始めた。


 しかしダンジョンとは言え、この近代的な装いの通路は普通ではない。


『玄蟲』のことを巨大ロボに例えたが、もしかしたら本当にロボット要素があるのかもしれない。


 そういえば『解析』した時に、ドロップアイテム欄に『古代文明の残骸』なんていうのが表記されてたな。もしかしたら『玄蟲』は、RPGお約束の『古代文明の遺物』だったりするのだろうか。


 そんなことを考えながらも警戒しながら進んでいくと、『気配察知』に感。


 通路の一部がはがれ、そこから先に機械が付いた触手が伸びてくる。



-----------------------------

内部防衛機構A


スキル:

属性魔法(炎)

気配察知 物理耐性 魔法耐性


ドロップアイテム:

魔結晶3等級 


-----------------------------


 どうやら巨大ロボとかの内部ダンジョンでよくある『防衛装置』みたいなモンスターのようだ。


 そいつは先端の機械部分から、『ファイアボール』のようなものを射出してきた。魔法を発生させる機械となるといよいよそれっぽい。


 俺は『ウォーターレイ』で相殺しつつ、そのまま触手までを吹き飛ばす。


「ケイイチロウ様、今のは不気味なモンスターでしたね」


「ええ、見たこともないモンスターでした。どうやら『玄蟲』の内部を守る装置のようです。この先も出てくるでしょう」


「分かりました。気をつけます」


 マイラ嬢を守りつつ、『最適ルート感知』スキルを使用してダンジョンを進んでいく。


「ケイイチロウ様、また別のモンスターが。初めて見る姿です」


 マイラ嬢が指さす方を見ると、腕の先が鎌状になったゴリラ型のモンスターがいた。


 マイラ嬢は「初めて見る」と言ったが、俺には馴染みのあるモンスターだ。『逢魔おうまの森』に出てくる『剣爪猿』だった。


「これはサヴォイアの『逢魔の森』に出現するモンスターですね。大して強くはありませんのでご安心を」


 飛び掛かってくる『剣爪猿』を斬り捨てながら、俺はふと思い出していた。


 それはこの世界に飛ばされ、『逢魔の森』を歩いていた時に感じた違和感。なぜ『逢魔の森』のモンスターは、ゴブリンやオークといった分かりやすいモンスターではないのか。


「なるほど、そういうことか……」


 うん、いきなり色々とつながった気がするぞ。しかしそれは後だ。今は『悪神』を討伐しなければいけない。


『逢魔の森』に出てきたモンスターを何体か倒しながらダンジョンを進んでいくと、大きな両開きの扉の前に出た。


 研究所の最重要施設への入り口、みたいな雰囲気がある扉だ。


 間違いなくこの奥がボス部屋……『悪神』が巣食っている『玄蟲』の中枢部だろう。


「どうやら目的地についたようです。この中に『悪神』がいると思われます」


「はい。しかしわたくしは入って大丈夫なのでしょうか。前のように操られてしまうのではないかと心配です」


 マイラ嬢の危惧きぐはもっともだった。『悪神』はこの『玄蟲』を操るのにかなりのリソースを割いているだろうが、それでも人一人を『洗脳』するくらいの力はあるだろう。


『洗脳』されても解除する方法はあるのだが、最初から『洗脳』されないようにした方がいいに決まっている。


「あらかじめ私がマイラ様に『闇属性魔法』をかけて、マイラ様の精神を一時的に私の支配下に置いてしまうという方法があります。いかがでしょうか?」


「ケイイチロウ様は『闇属性』までお使いに? できないことなどないのでいらっしゃいますね」


 頬を赤らめるマイラ嬢。いやそこは好感度アップポイントではないと思うんですが。


「分かりました、よろしくお願いいたします」


「では……」


 というわけで、「貴女は私以外の者の命令は聞かない」と念じながら『精神感応』と『闇属性魔法』をミックスしてマイラ嬢にかける。


 初めての試みではあるが、レベルが上がっているから副作用も最小限だろう……と祈るのみだ。


「これでどうでしょうか?」


「……あ、はい。ケイイチロウ様の声が心の中に響いた気がいたします。ただそれ以外はあまり変わらないような?」


 確かに見た感じ、マイラ嬢の表情や態度には変化がない。


「マイラ様、ワンと言ってください」


「わん。……えっ、考える前に声が!?」


「どうやらかかってはいるようですね」


 これは使い方によってはメチャクチャ危険な魔法だな。というか女性に使ったという事実だけで俺の二つ名がさらにヒドいことになりそうな気がする。


「では参りましょうか。速やかに『悪神』を討伐しなければ」


 目を白黒させているマイラ嬢を無理矢理うながして扉の方に進む。さっさと倒して一刻も早くマイラ嬢の魔法を解かなければいけない。


 扉を開けようと手を近づけると、金属製の大きな扉は自動ドアのようにスッと左右に開いた。


 感知スキルを全開にして部屋の中に入る。


 そこは大規模な研究施設のような雰囲気の場所であった。


 広い部屋にいくつもの機械が並び、その機械の間を何本ものチューブが這いまわっている。


 チューブは最終的には部屋の奥の方の台座に集まっているのだが、その台座の上に目的の『モノ』がいた。


「あれが『悪神』。なんと禍々しい……」


 マイラ嬢が自然と弓に矢をつがえている。確かにそうしたくなるのも分かる『悪神』の姿であった。


「迷うことナクここまでたどりツクとは、貴様はイッタイ何者か」


 前にも聞いた、複数の人間が一斉にしゃべっているような不気味な声。


 それもそのはず、目の前の『悪神』は、複数の顔を持つ頭部に無数の触手が生えた、奇怪としかいいようのない姿をしていた。


大きさは縦に6~7メートルはあろうか。最初に遭遇した『悪神の眷属』よりも一回り大きい。



--------------------------------------

悪神 


スキル:

絶叫 精神支配 気配察知

剛力 剛体 再生 

物理耐性 魔法耐性

闇属性魔法 眷属召喚

憑依


ドロップアイテム:

魔結晶12等級 


--------------------------------------



『解析』して『悪神』本体であることを確認する。


スキル群は見たことがあるものばかりだが、『眷属召喚』が本体ならではの能力だろう。確かにこのスキルはある意味非常に強力である。


「何者と言われても、『聖杯』の力でお前を討伐する者だ、としか言いようがないな」


「いかな『聖杯』持ちトハいえ、ここマデ我を簡単に追い詰めるナドあり得ヌ。シカモこの『玄蟲』をタヤスく攻略するなど、ただの者デアルはずがナイ」


「そう言われてもな。どちらにしろ終わりにさせてもらう」


 俺は『聖杯刀タルミズ』を片手に、『悪神』のもとに向かって進み始めた。


 マイラ嬢も後ろからついてくるのが分かる。


「むゥゥッ、何とイウ圧か。およそ人とは思えぬ。ダガ仲間をツレテ来たのは失策でアッタナ」


『悪神』から触手のような魔力が何本も伸びてくるのが分かった。


 その魔力は俺にも触れようとしたが、直前で何か……恐らく『タルミズ』の力……に阻まれて方向転換する。


 無論それらはマイラ嬢のもとにも伸びていくのだが……


「ウむむゥゥッ!? ナゼそちらのニンゲンにも我の力が通ジぬのダっ!」


『悪神』の複数の顔が、一斉に驚愕の表情になる。


『精神支配』が通じないのってそこまでショックなの? とこっちが驚くくらいだ。


「マイラ様、弓で援護をお願いします」


「はい、ケイイチロウ様」


 俺の指示を受け、マイラ嬢が付与魔法つきの矢を連続で放ち始める。次々と矢が『悪神』の顔に突き刺さり炸裂すると、『悪神』は一斉に苦悶の表情を浮かべた。


「オのれエエェェッ! ここで敗れるワケにはいかヌ。我はマダ使命を果たしてオラヌのだァっ!」


『悪神』が台座を下り、触手をうぞうぞと動かしてこちらに突っ込んでくる。


 俺も駆け出して、正面から『悪神』を殴りつける。見た目通りなら恐らく100トンは軽く超えているであろう巨体だが、一発殴っただけで動きが止まる。


「オぐアァッ! ナンだこの力はァっ!」


 インチキの力なんだ、済まないね。


 心の中で少しだけ謝りつつ、俺は飛び上がり『タルミズ』を大上段から振り下ろした。


『悪神』の頭部を真っ向から唐竹割りにする。


 そういえば、こうやって俺が『厄災』をマトモに倒すのって初めてじゃないか?


「オぼワァぁぁッ!!」


  断末魔の叫びを響かせながら、『悪神』の巨体が黒い霧に還っていく。


 すると、周囲の壁や床も一斉に黒い霧に変化し始めた。どうやら『玄蟲』も同時に討伐判定となったようだ。


「マイラ様、失礼します」


  俺はマイラ嬢を抱き寄せると『瞬間移動』を発動、黒い霧の向こうに見える城壁の上に移動する。


 城壁から見ると、『玄蟲』の巨体は半分ほどがすでに黒い霧に変化していた。


 言うまでもなくその上空には黒い穴が開いており、黒い霧をすべて吸い込んでいる。


「ケイイチロウ様、これで『悪神』は滅んだのですね」


 一度離れたはずのマイラ嬢が、いつの間にか俺に寄り添うように立っていた。


 なんかいい感じのシーンっぽくなる雰囲気を感じてしまうが……そこは気付かなかったことにしよう。


「マイラ様、先程かけた『闇属性魔法』を解きます」


「あ、はい」


 解除をするが、やはり表面上の変化は現れない。


「どうでしょうか」


「はい、少し頭の中がすっきりしたような気がします。でも、心の中からケイイチロウ様が消えたような気も……」


 と寂しそうな顔をしつつ、自然な感じで俺の腕を取るマイラ嬢。


 う~ん、これが副作用ならまだ救いがあるんだが、多分そうじゃないんだよなあ。


 俺はどうして自分にあの二つ名がつけられたのか、ようやく理解したような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る