18章 邪龍討伐 02
翌朝、俺たちは一路南の街カントレアに向け出発した。
もちろんいつもの通り、馬無し馬車にネイナルさん他を乗せて街道を爆走である。
しかし爆走と言っても途中からカントレアの避難民が多く見られるようになり、度々徐行しての移動となった。
空飛ぶ馬車に騒ぐ人も少なからずいたが、『厄災』という大事の前の小事であるので致し方ない。
カントレアで統治官に公爵閣下の手紙を渡し、さらに南に下ること1時間、平原地帯の中ほどで俺は馬車を下ろした。
『千里眼』により、この地で迎え撃つのが最適との判断をしたからである。
馬車を下り、めいめいがストレッチなどをしている中、ネイナルさんが声をかけてくる。
「ここで迎え撃つのですね、ケイイチロウさん。本当に……できるでしょうか?」
出発する時は気丈にも明るい顔をしていたが、やはり不安を
「この間の感じなら問題はないと思いますよ。今回はネイナルさんには『邪龍』の本体だけに集中してもらいますし、それ以外は私が全て相手をしますから」
「なんというか、ケイイチロウさんにそう言われると簡単にできる気がします。今更怖がっても仕方ないですね。私頑張ります」
『聖弓』を渡すとそれをぎゅっと握りしめ、ネイナルさんは小さくガッツポーズをした。いつものおっとり感が復活しているようだから大丈夫だろう。
俺が頷いて見せていると、そこにローゼリス副本部長がやってくる。
「『邪龍の子』はこの間の強化版ストーンバレットで落とすのですか?百体以上いると言われていますが」
「そうですね、今のところ遠距離だとそれしか手がないので。弾を作っておきましょう」
俺はインベントリから複数の金属塊を取り出して、それに手をかざす。
少し前に実験して、『金属性魔法』による『金属』の生成・加工は、現物があると圧倒的に早くできることが判明していたりする。
鉄製の弾丸の先端にミスリルを被せるという、とてつもなく贅沢なミスリルジャケット弾を200発ほど生成。
「魔法で金属を加工……しかもミスリルまで……もはや常識が覆されるというレベルではありませんね」
「師匠ってどんどん人間離れしていってませんか?」
失礼なことを言う弟子の頭を小突いてやる。
「えへっ」とか言ってちょっと嬉しそうな顔をするネイミリア。
ちょっとなごんでいると、ラトラが声を上げた。
「ご主人様、遠くに何か見えます!『邪龍』みたいです、すごい数です!」
指さす方を見ると、遠くの空にぽつぽつ……ぽつぽつぽつと黒い影が湧くように現れ、それはあっという間に百を超える。
しかもその中央には、周囲の影とは比較にならないほど巨大な影が悠然と羽ばたいている。
なるほどこれが『厄災』としての完全な姿か。確かに世界の終わりのような光景である。
「……クスノキ様、私たちはどうすれば?」
呆然と空を見ていたエイミが、ようやくと言う感じで振り返った。
「ああ、ネイナルさんは隣に、ほかは俺の後ろに下がってくれ。討ち漏らしがあったら対応してもらうこともあるかもしれない」
地に落ちた『邪龍の子』であれば彼女らなら討伐は容易だろう。しかし飛行するモンスターは落とすまでの方が圧倒的に面倒である。
領軍などは魔結晶で強化されたバリスタを使うらしいが、魔法だけで落とすとなるとネイミリアでギリギリだろう。
さて、空を舞うドラゴンたちは、その姿をはっきり判別できるまで近づいてきている。
特に中央の『邪龍』本体の巨大さは圧倒的で、胴体だけでクジラ並、首から尻尾までなら下手すると100メートルくらいありそうだ。
しかも四肢が発達しているため、そのフォルムはあまりに威圧的である。
「ご主人様、まだ攻撃はしないのですか?」
レールガン魔法(正確には魔法ではないが)の射程を知っているローゼリス副本部長が声をかけてくる。
そう、すでに『邪龍』たちは射程内に入ってきていた。
「今回は途中で逃がすわけにはいきませんので。引き付けて一気に
ンギャアアアアオオオオオンンッ!!!
俺の答えが聞こえたのだろうか、『邪龍』が鼓膜を破らんばかりの咆哮を上げた。
遠目でも分かるほどに
「『邪龍』はケイイチロウさんを狙っていませんか?」
「そのようですね。以前目の前で『邪龍の子』を討伐しましたから、恨み
ネイナルさんに答えつつ、俺は『念動力』を『並列処理』で多重起動。
目の前にミスリルジャケット弾が100発ほど浮き上がる。これで装填完了である。
「全員耳を塞げ!」
レールガン魔法は『念動力』で射出するためそれ自体は無音だが、音速を超える実体弾の衝撃波は抑えきれない。
ンギャアアアアオオオオオンンッ!!!
それが攻撃合図であったのだろう。
100体を超える『邪龍の子』たちが、一斉にブレスを放った。
空を覆い尽くすほどの火球の雨。
――力場多重起動、弾体射出
宙に浮いていたミスリルジャケット弾が一定間隔で多重加速され、音速をはるかに超えた初速で放たれる。
それも連続で、100発以上の弾丸が10秒もかからずに全弾射出される。
極大の運動エネルギーを与えられた実体弾は飛来する火球を貫通しつつ霧散させ、その延長線上にいる『邪龍の子』をも一撃で粉砕。
空に浮かぶ無数の『邪龍の子』は、一瞬のうちにすべてが霧となって宙に消えていった。
「え……? あれだけの群れが……消えた?」
「あの魔法の威力は知っていましたが……あの数を一度に撃てるというのは……」
俺の力を測る役割を与えられているであろうエイミとローゼリス副本部長が絶句する。
いやまあそれも当然だろう。いいかげんインチキ慣れした俺だって、さすがにこれはおかしいと思う。
ンギャアアアアオオオオオンンッ!?
あ、ちょっと『邪龍』も驚いてる感じだ。
だがそれに付き合ってやる義理はないので、追加で弾丸を射出。
10発の弾丸が超巨大龍の胴体に吸い込まれるが、鱗と表面を一部
なるほどこれが『邪龍』の成体、『聖弓』以外では有効ダメージにならないようだ。
「ネイナルさん、ここからが出番です」
「えっ、あっ、はい、ええっ!?」
いやそこで驚かれても……と言っても仕方ないか。
上空で怒り狂っている『邪龍』の迫力たるや、背後のネイミリアたちも声が出せないレベルだ。
一度決心をしたとはいえ、じゃああれと戦えと言われて、はいそうですかと即答できる人間はそうはいないだろう。
俺はネイナルさんの背後から腕を回し、彼女の震える手に両手を添える。
「大丈夫、一緒にやりましょう」
「あぅ……はい、分かりました、一緒ならいけます……っ!」
『聖弓』を構え、狙いは『邪龍』の巨大な胴へ。
しかし自らを滅ぼせる武器に狙われていることを感じたのか、『邪龍』もブレスの体勢を取った。
『聖弓』から光の矢が放たれ、『邪龍』の口から極彩色のブレスが迸る。
空中で衝突する二つの力。
一瞬の均衡の後、光の矢は輝きを失い、勢いを取り戻したブレスがこちらに迫る。
俺は地属性魔法『ロックシールド』(エルフ名『
目の前にそそり立つ巨大な岩の壁が、『邪龍』の四属性融合ブレスを受け止める。
「あれは『地龍
『邪龍』にビビってたのにそこは反応するんですねネイミリアさん。
ブレスが途切れるのを待って魔法を解除すると、『邪龍』はノーダメージの俺たちを見て更に怒り狂たっように頭を振る。
「ネイナルさん、連続で行きますよ」
「はいっ、頑張ります!」
二人羽織り状態で光の矢を連続で射る。
『邪龍』回避行動を取ろうとしたようだが、その巨体がすぐに動けるはずもない。
光の矢を胴体にまとめて受け、全身が薄く光に包まれる。
見ると手足や羽の末端から光の粒子になって拡散し、消滅していっているようだ。
「『邪龍』が消えるまで頑張りましょう!」
「はい……っ、ここで決めないとだめですよね……っ!」
継続して矢を射るが、ネイナルさんの息が上がり始める。
魔力は俺が供給するので問題はないが、『聖弓』は体力も相当に消耗する。
体力も供給できれば……と考えていると、久々に脳内に電子音。
「あっ、なんかケイイチロウさんから熱いのが流れ込んできます。あぅ……すごい……っ」
何ですか「熱いの」って。たぶん体力的なエネルギーとかそういう奴ですよね。後ろに娘さんもいらっしゃるので表現には気を付けていただきたいのですが……。
と場面にそぐわないことを考えつつも光の矢を射続けること数十射、ついに『邪龍』はまばゆいばかりの光に包まれた。
ウグオオオオオォォォォ……ッ!!
それは断末魔の吠え声であったろう。
光の中『邪龍』の巨体は一気にすべてが粒子へと変じ、大空に拡散して消えていった。
「はぁ……はぁ……、わたし、やりきったんですよ……ね?」
「ええ、『邪龍』は完全に消えたようです。やりましたね」
空中からドロップアイテムが落下しているのも確認している。
実は倒していませんでした、というありがちな展開はないだろう。
「お母さん、やったねっ!」
「ネイミリアちゃん……、うん、やったみたい」
ネイミリアがネイナルさんに抱き着く。ネイナルさんは少し涙ぐんでいるようだ。
ラトラが「ご主人様!」と言って抱き着いてくる。
ちょっと震えてるのは『邪龍』の威圧感にあてられてしまったからだろう。
エイミとローゼリス副本部長も集まってくるが、さすがに二人とも安堵の表情を浮かべている。
ラトラの背中をポンポンしていると、その猫耳がピクッと動いた。
「ご主人様、何かヘンな気配が……」
「ああ、そうだね」
先程まで『邪龍』が滞空していたあたりを見上げると、すでに大量の黒い霧が集まり始めていた。
ただモンスターが再出現するという感じではなく、霧のまま空中に漂っている。
唐突に、集まった霧のさらに上空に黒い穴のようなものが現れた。
その穴は黒い霧をすべて吸い込むと、何事もなかったかのように消えてしまった。
怪現象が起きた空を見上げながら、エイミが俺の隣に来る。
「さきほどのは……何が起きていたのでしょうか?」
「わからないが、見た感じ『邪龍』の力が吸い上げられたようだったな」
「力を吸い上げる?一体何者が……」
可能性があるのは、四天王バルバネラが持っていた『魔素収集』スキルと同等のスキルを持ったものが近くにいるということ。
しかし黒い穴が開くと同時に感じられた『気配』は、魔王軍四天王のそれとはあまりに異質なものであった。
それどころか、今まで相対してきたすべての『厄災』関係者とも異なる『気配』……いやむしろ隔絶した『気配』を発していた。
「王家なら今の現象について何かわかるかもしれないな。報告して調べてもらえるよう頼んでみよう」
「そうですね。今できることはそれしかなさそうです」
エイミに頷きを返しながらも、さきほどの現象が何を示しているのか、俺はなんとなく理解してしまっていた。
『厄災』がすべて現れるという状況。
その『厄災』すら歯牙にかけない自分というイレギュラー。
この二つの要素が『フラグ』となり、より上位の『厄災』を呼び寄せたのではないか、と。
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