18章 邪龍討伐  03

『邪龍』討伐を果たした俺たちは、そのままロンネスクへと帰投することにした。


もちろん途中でカントレアに寄り、統治官に『邪龍』の脅威が去ったことは伝えた。避難した住民もじきに戻ってくるであろう。


ロンネスクに到着し、ネイミリアとネイナルさん、ラトラとエイミは家に戻って休ませた。


俺はアシネー支部長とともに公爵閣下の所に出頭である。


ローゼリス副本部長も呼ばれたのは、協会本部と王家に伝える情報を擦り合わせるためだろう。


すっかり「勝手知ったる」になってしまった領主館の応接室で、俺は公爵閣下に『邪龍』討伐の一部始終を報告した。


黙って聞いていた公爵閣下は、俺が語りを終えると目を閉じ深いため息をついた。


「到底信じられぬような内容だが、この魔結晶を前にして卿の報告を疑うのは愚かというものだな」


テーブルには12等級の魔結晶と大量の8等級魔結晶が並んでいる。無論『邪龍』と『邪龍の子』のものである。


特に12等級の魔結晶が放つ存在感は別格で、『厄災』よりドロップしたものであるという圧倒的な説得力を持っていた。


「ギ卿……いや、エルフ族は姓は呼ばぬのであったな。ローゼリス卿から見た一部始終は、クスノキ卿が語ったものとほぼ同じものであったのかね?」


「はい、彼が語った通りの光景をこの目で確かに見ました。いまだに信じられるものではありませんが」


「そうであろうな。さすがに私もすぐには心の整理がつかぬ。『厄災』が討たれたというのが吉報であるのは間違いないのだがな」


吉報に触れて公爵が渋い顔をするのは無論俺のせいである。


『聖弓』とその『使い手』がいたとしても、『厄災』本体と百体を超えるその眷属を数人……実際には2人……で殲滅せんめつしたなど、そのまま報告するのは問題がありすぎるのだ。


正直俺自身を恐れている面もあるのかもしれないが……いや、そう思われないように義は尽くしてきたはずだ。それはないと信じるしかない。


アシネー支部長が俺の手をそっと握ったのは、葛藤する俺の心を読んだからかもしれない。


公爵閣下は続けて口を開く。


「ローゼリス卿、貴殿は今回の件はそのまま上に伝えるのだな?」


「はい、もちろんそういたします」


「その結果、協会はどのような対応を取る?」


「恐らく4段位への昇段を検討……そのくらいではないでしょうか。本部長のレイガノはご主じ……クスノキ様の人格に信頼を置いていますので、それ以外はハンターとしての扱いを継続するかと」


「そうか、ならばやはり問題はこちら側だけということだな」


嘆息する公爵閣下を見て、アシネー支部長が口を挟む。


「そのまま王家に伝えるしかないのではありませんの?女王陛下はケイイチロウ様のお力をすでに承知だと伺っておりますが」


「まだ若い姪にすべてを投げるのも叔父としては心苦しいのだよ。クスノキ卿は我が派閥に属していると目されているゆえ、そのまま伝えては色々と軋轢あつれきが生まれよう」


「公爵閣下が恐れていらっしゃるのは、派閥間のバランスが崩れる事だけですの?」


「クスノキ卿への風当たりも強くなろうな。ネイナル女史は『聖弓』と切り離せば問題なしと主張できようが、クスノキ卿の力を脅威と考える者は多かろう。女王に讒言ざんげんするものも現れような」


確かに、俺を使って公爵が簒奪さんだつを企む……いやむしろ俺自身が王位を狙う、などと言う者が出てもおかしくはない。


というか公爵の敵対派閥の人間、例えばトリスタン侯爵などは間違いなくそう動くだろう。


野心をうちに秘めたトリスタン侯爵が、邪魔ものである俺を妨害するチャンスを逃すはずがない。


「すまぬなクスノキ卿。貴殿の功績は疑いようもなく、本来ならば称賛のみを浴びる身なのだがな。人の世とはとかく面倒なものよ」


「はっ。いえ、公爵閣下のお考えは菲才ひさいなれど理解はしているつもりです。『厄災』はまだ一体を退けたのみで、依然安心できる状況でもございません。私の処遇はすべてが終わってからお考えいただければと思っております」


「もし貴殿が他の『厄災』も退けたとなれば、その功績は国を挙げて報いるほどのものになろうな。ふむ……ああなるほど、くくっ、そうかそうか」


そこで公爵閣下は急に眼を細め、楽しそうに笑い始めた。


「公爵閣下、何か面白いことでもお考えになりましたの?」


「いやケンドリクス卿、今悩んでいる面倒が一気に解決する手があったと思ってな」


「お聞きしてもよろしくて?」


「簡単なことよ。クスノキ卿が国の頂点に座せばよいのだ。そうすれば誰も文句は言えぬし、この国も安泰となろうよ」


いきなりの爆弾発言に、場が一瞬凍りついた。


まあ恐らく公爵閣下流の冗談なのだろうとは思うが、それにしては性質たちが悪すぎる冗談である。


今の言葉を聞いて、アシネー支部長とローゼリス副本部長の顔色が変わったくらいであるのだから。


「それはいくらなんでも飛躍しすぎと思いますわ。そもそもケイイチロウ様自身そのような野心はおありにならないでしょうし」


「私もそう思います。いかがですか、ご主人様?」


支部長も副本部長も真剣な顔でこちらを見ないでいただきたい。逆に俺がそんなそぶりを見せたみたいな感じになってしまいます。


「もちろんそのような大それたことは考えたことも――」


「クスノキ殿の意志は関係ない話かもしれんぞ?私は別に貴殿が王位を簒奪するなどと言っているのではない。貴殿のことは我が姪もだろうという話だからな」


公爵閣下の姪、というのはすなわちリュナシリアン女王陛下のことである。つまり公爵閣下が言いたいのは……。


「まさかケイイチロウ様、先日の恩賜おんしの儀の時にすでにそのようなお話が?」


「なるほど、ご主人様はすでにそちらにまで手を伸ばしていらっしゃったのですか」


ちょっと待ってください。どうしてそちらに関しては俺にその気がないという話にならないのでしょうか?


この世界に来てからも、女性関係には人一倍気を使ってきたはずなんだがなあ。

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