7章 王門八極  03

やたらとテンション高く話しかけて来たのは、真紅の長髪をツインテールにした、二十歳前くらいに見える、少女とも大人とも思える女性だった。


軽めの口調とは裏腹な目元が大人っぽい超絶美人顔には、妙な既視感を覚える。


サークレットと言うのだろうか、青い石をはめ込んだ精緻せいちな頭飾りはいかにも魔法使いという感じだが、やたらと煽情せんじょう的な身体を包むのは青いチャイナドレスのような衣服だった。


手には背丈ほどある大きな金属製の杖、そしてその全身には……例の「ワタシメインキャラよっ」的なキラキラ感をこれでもかとまとっていた。


「申し訳ありませんがどちら様でしょうか?」


俺は少しだけ構えながら聞いた。彼女は気配察知に引っかからなかったのだ。言うまでもなく只者ただものではない。


「あっ、ゴメンナサイっ!ワタシはメニル。一応サヴォイア国の武官をやってるの」


「私はケイイチロウ クスノキと申します。この娘はネイミリア、二人ともロンネスクのハンターです。それでメニルさんは……武官、ですか?」


「ええ、詳細はまだ話せないんだけどね。それで今の魔法はナニ?もし雷魔法なら、その娘すごくない?」


メニル嬢が手をワキワキさせて詰め寄ってくるので、俺はまだ抱えたままのネイミリアをつい抱き寄せてしまう。


「ふわわっ!?し、師匠ぉ……」


ネイミリアがしがみついてくる。どうやらまだ力が戻ってないらしい。


「申し訳ありませんが、この娘は今魔力を使いすぎてしまっている状態なので……少し待っていただけませんか?」


「あらあら、そうなんだ。さっきの魔法のせい?」


「そういうことになります」


「その娘、今師匠って呼んでたよね?っていうことは、クスノキさんもさっきの魔法使えたりする?」


「使えることは使えますが……人前で簡単にお見せするものでもありませんので」


さすがに正体が分からない人間を相手に、この世界でほぼ使い手のいない魔法をポンポン見せるわけにはいかないだろう。


解析を使って覗いてしまってもいいのだが……明確に敵であったり、関係を持つ可能性がまったくなさそうな人間以外のステータスを盗み見するのは、前世のプライベートに対する認識が邪魔をするのだ。


メニル嬢に関しては、彼女がキラキラ族である以上、良くも悪くも関係を持つことになりそうだという諦め……予感がある。


「ぶ~、別にいいじゃない、見たって簡単に真似できるわけじゃないし。魔法好きとしては見たことない魔法を見たいだけなの。ねっ?」


「貴女も魔法を使われるのであれば、秘匿ひとくしたい技術があるというのは分かってもらえると思うのですが?」


「むぅ、確かにそうだけど……」


「だから見せてもらうのは無理だって言っただろう?少しはボクの言うことを聞いたらどうなんだいメニル」


いきなり気配察知に感、漆黒の鎧――それもかなり派手な造形の――を全身にまとった美形少年が姿を現した。


少年と言ったが、その10代後半と思われる人物の声はどう聞いても女性の声に近く、短く揃えた金髪と相まって、前世で芸能オタクの妻がハマっていた女性だけの劇団の男性役のような雰囲気を醸しだしていた。


彼(?)の肩口からは両手剣の柄が覗いており、背にかなり大きな剣を帯びているのがわかる。


もちろんキラキラ完備であることは言うまでもないだろう。


「そうは言うけど、アンタみたいにいきなり斬りかかろうっていう方がおかしいでしょ」


メニル嬢が口をとがらせる。


少年は髪をかき上げながら――その所作も非常に劇団の演技を彷彿ほうふつとさせる――白い歯を見せて笑った。


「ハンッ、ハンターと言えば戦いの中に身を置く人間、剣を交えるのが一番のコミュニケーションなんだよ。そこはわかってもらいたいね」


「アンタはただ戦いだけでしょクリステラ。ワタシの身内にもいるけど、周りはホント困るんだからね」


「そうは言うけど、ここはやはり刃を交えるのが一番だと思うよ。ねえ君、君もそう思うだろう?」


万年氷のような青い瞳が俺に向けられる。


その時、短い角が少年――クリステラの額に生えているのに気づいた。鬼人族と言われる、身体能力に長けた種族だ。


俺は右手の大剣を素早く構えた。ネイミリアは左に抱えたままだ。


瞬間――鋭い金属音と共に、クリステラ少年が目と鼻の先・・・・・で飛びのいた。


彼が『縮地』で飛び込みざまに斬撃を放ってきたのを俺が弾いたのだ。


「やるね。オーガの大剣を片手で振るのも、今のに反応できるのも、どちらも合格点だ」


クリステラ少年は両手に構えた両手剣――恐らく名剣の類――を体側たいそくに引きつけながらそう言った。


「クリステラ、アンタねぇ!」


「まあまあ、もう始まってしまったんだ、メニルは諦めて見てるといいよ」


クリステラ少年はニッと笑ってメニルを退け、構えを解きつつ俺に向き直る。


「君、その胸に抱いている少女はメニルにでも任せておきなよ。ボクたちが用のあるのは君だけ。その少女には何をするつもりもないんだ。」


「それを信じろと?」


「どちらにしてもそのままじゃボクの相手はできないだろう?さっきメニルが言ったようにボクたちは国の武官なんだ。市民に危害を加えるなんてあり得ないさ」


「その国の武官が私にどんな用があるのかお聞きしたいのですが」


「それは立ち合いの後に教えてあげようじゃないか。もっとも君にその価値があれば、だけどね」


いきなりよく分からない状況に放り込まれてしまったようだ。


彼らの言葉からすると、どうやら俺を『試す』ということが目的のようだが……。


確かにこちらを害する目的ならばもっと違うやり方で接触してきただろうし、『国の武官』かどうかはともかく、ネイミリアに対する害意はないと判断はできそうか。


「師匠、私もう大丈夫です……っ」


俺が思考をめぐらせていると、ネイミリアが俺の胸に顔をうずめながらそう言った。


しまった、攻撃を受けた際つい強く抱き寄せてしまったようだ。


しかしこれは不可抗力である。セクハラではない。繰り返す、これはセクハラではない。


俺が放すと、ネイミリアはしっかりした足取りで2、3歩歩いた。


顔が真っ赤なのだが、まさか息ができなかったのだろうか。


「ごめん、苦しかったか?」


「えっ、いえ、そんなことはありませんでしたからっ。それより師匠、どうされるんですか?」


「どうと言われても、相手をするしかなさそうだ」


俺が言うと、クリステラ少年はさも嬉しそうに白い歯を見せた。


「分かりました。では私は離れていますね」


「ネイミリアちゃんだっけ?ワタシと一緒に見てましょ。できれば魔法の話を聞かせて欲しいなっ」


メニル嬢が素早くネイミリアをロックオン、一緒に遠くの岩まで下がっていった。


「それじゃ始めるよ。悪いけど、ボクが君に満足するか失望するか、どちらかになるまでは付き合ってもらうからよろしく」


芝居がかった動作で人差し指を左右に振りながらそう言うと、クリステラ少年は自分の身長ほどもある両手剣を構えた。

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