19章 凍土へ(前編)  04

急ぎ装備を整えて砦の正面門まで行くと、そこには槍を持った兵たちが300人ほど隊伍たいごを組んで整列していた。


その列の前にはグリューネン司令官とアンリセ青年が立っている。


俺が勇者パーティとメニル嬢を伴って合流すると司令官が声をかけてきた。


「済まんなクスノキ卿、詳しい説明をする間もなくモンスターが出現してしまった。貴殿らは対応可能かの?」


「戦うことは可能です。ただし連携を取れと言われると難しいかと思いますが」


「あいわかった。モンスターはイエティと言われる3等級が100体ほど、その上位種の4等級イエティリーダーが10体ほど、その奥にはさらに大物がいるようでの。ここ最近ない大群のようだ」


「イエティというのは私も初めてですが、どのようなモンスターでしょうか?」


「体格はオークとオーガの間くらいの人型のモンスターだね。基本的に素手で力だけで押してくる。ただリーダーは武器や魔法を使う奴もいる」


そう答えたのはアンリセ青年だ。微妙に目を逸らしているのは昨夜の記憶が残っているからだろうか。


「なるほど、それなら十分に対応可能です。しかし砦を出て戦うのですか?城壁の上から迎撃するのかと思っていましたが」


「やつらは城壁にはとりついてこんのよ。しかしこちらが気を抜くとちょっかいをかけてくる厄介なやつらでの」


「なるほど分かりました。そういうことでしたら我々が先行して叩きます。9割方は殲滅せんめつできますので、こちらの守備兵で討ち漏らしに対応してください」


そう言うと、司令官は目を丸くした。


「いや、確かに力を見せて欲しいとは言ったが、貴殿たちだけで突入というのは許可できんよ」


「グリューネン閣下、ワタシの婚約者はできると言ったことは必ずできるのっ。信じて大丈夫よ!」


そこに割って入るメニル嬢。わざわざくっついてくるのは周囲に見せつける意味もあるのだろう。


美人の弾除けに使われるのはもう慣れたが、兵士諸君の視線が痛いのはいかんともしがたい。


アンリセ青年はまた泣きそうになってるし。


「ふむう、メニルのお嬢さんがそこまで言うなら大丈夫なのだろうが……」


「勇者パーティは7等級もすでに複数討伐しております。正直4等級では相手になりません」


俺がダメ押しすると、司令はさらに目を丸くしつつ、


「……あいわかった。力を見せてくれと言ったのはこちらであるしのう」


と頷いた。


「一応フォローにつかせてもらうよ。焚きつけた責任もあるしね」


と立ち直ったアンリセ青年が言う。


「よろしくお願いします。皆、聞いての通りだ。先行して100体少しのモンスターを叩く。ネイミリアとソリーンが魔法で先制、接近してきたのを他の4人で潰してくれ。俺は最初はフォローに回る」


「はいっ!」


少女たちの声が響く。なんかここだけ高校の女子部みたいな雰囲気になるな。


「よし、門を開けよ! 我々は勇者パーティの後詰めだ。気を抜くな!」


「おうっ!」


すでに兵士さんたちの士気もすでに高そうな……美女美少女が目の前に揃ってるからなあ。


重々しい音と共に門が開く。


その向こうに見えるのはうっすらと白く雪の積もる平原だ。その奥は白くけぶっていて見えないが、永久凍土に続いているのだろう。


俺が先頭になって門を出て行くと、勇者パーティが後に続く。


アンリセ青年が俺の横に並ぶ。


「クスノキ卿のお力、よくこの目で確かめさせてもらいますよ。メニルにも何か言われていたようですし」


「派手にやってくれとは言われましたね。しかし3等級が100体程度ならヴァンダム卿お一人でもいけるでしょう?」


「不可能ではないですね。ただ雑魚退治までやってしまうと問題もあるから、僕たちも普段は自重してるけどね。しかし今回は上位種も結構いるし、その上もいるみたいだから気は抜けないね」


「そうですね。ちょっとモンスターの様子を詳しく見てみましょうか」


「え?」


歩きながら『千里眼』で先を見ると、眼下に白い毛皮の巨猿、イエティの群れが見える。


ところどころ倍以上の巨体がいるのは上位種のイエティリーダーだろう。


しかし気になるのは、明らかにその数が総数で300以上……いや500はいそうなところだ。


しかもその奥には――


「4本腕のかなり大きいイエティがいますね。魔力の感じからいって7等級クラスです。2……いや3体か。雑魚も500体はいそうですね。後から湧いてきたようです」


「なに……!? クスノキ卿のスキルについては聞いていたが……しかしその数が本当で、イエティロードまで3体となると、これは異常発生かもしれない。ここは後詰めと合流して……」


「いえ大丈夫です。正直時間もあまりかけたくないので、このまま接敵します」


「本気なのか? いや、メニルが言うことが本当なら問題はないのか……しかし……」


勇者パーティに敵戦力数の変更を告げると、皆は「はいっ」と言って特に顔色を変えない。


頼もしくなったというか、俺(のインチキ能力)への信頼があついというか、とにかくそれを見てアンリセ青年が驚いた顔をする。


「彼女たちも平気なのか。そうなると僕もうろたえている場合ではないな。とりあえず戦うか。後ろにはメニルもいるしね」


「ええ、何の問題ないと思いますよ」


俺もずいぶんと偉そうなことを言っているが……戦闘前なので士気を維持するためにも多少の大言壮語は必要だろう。


そうこうするうちに、イエティの群れが見えてきた。


その中の一頭が俺たちを見つけると、一声吠えて周囲の仲間に知らせたようだ。


見えるだけで100体ほどのイエティが一斉にこちらに突進を始めた。


「来るぞっ!」


アンリセ青年が細剣レイピアを抜く。彼は細剣レイピアと水魔法の達人なのだそうだ。


「魔法行きます!」


ネイミリアが叫び、ソリーンと共に前に出る。


螺旋らせん炎雹えんひょう!」「スプレッドセイクリッドランス!」


ネイミリアが放ったのは名前はエルフ流だが「スパイラルアローレイン」、螺旋状の炎の矢を連続で放つ高等魔法、ソリーンが放ったのは聖なる炎をまとった岩の槍を同時に多数放つ魔法だ。


特にソリーンの方は彼女オリジナルの魔法ではないだろうか。色々と規格外になりつつある娘さんたちである。


無数の炎の矢と槍がイエティの群れに着弾、次々と黒い霧へ変えていく。


「この威力、メニルの魔法にも伍するほどじゃないか。これが勇者パーティの実力か!」


『王門八極』のアンリセ青年が驚くレベルなら一安心である。


一通り魔法を放ち終わると魔力切れの兆候が見えたので、俺は後ろから『魔力譲渡』をしてやる。


その隙にまだ7割方は残っているイエティたちが迫ってくる。


ただし魔法で散らされたため、その密度は低い。


ラトラ、エイミ、リナシャ、カレンナルの四人が前に出て、イエティたちと刃を交える。


交えると言っても、彼女らが得物を一振りするたびに頸動脈を斬られ、頭を潰され、袈裟斬りに両断されて、一方的にイエティが消えていくだけだ。


特にラトラは戦場を縦横無尽に走り回り、凄まじいスピードでイエティの首を刈って回っている。


スピードとクリティカル超特化の勇者が完成しつつあるのだが……見ていてちょっと怖いのは秘密にせねばいけないだろう。


「いやこれは……僕の出番はしばらくなさそうだね。まさかこれほどとは恐れ入ったよ。見た目は可憐な少女たちなのにね」


アンリセ青年は細剣レイピア片手に所在なさげに少女たちの殺戮劇を見つめている。


「彼女たちは成長速度がすさまじくて、私も驚いていますよ」


「それはそうでしょう。確か勇者はこの間見出されたばかりと聞いていますが、すでにあれほどとは」


そう言いつつも、アンリセ青年はイエティの群れの奥の方に視線を向けている。


群れはまだまだ半数以上が健在で、しかも奥は密度が高い。


それでも再度ネイミリアたちが魔法を斉射すれば問題ない気もするが、俺の力も見せておかないといけないんだよな。


いつものメタルバレットだと地味すぎて見せるという目的には不向きなので、できるだけ派手なものを選ぶか。


「皆下がってくれ! フレイムバーストレイン」


ちょっと考えたが、無難(?)に炸裂弾魔法にした。


『並列処理』で300発ほどの火球を生成し、迫撃砲よろしく射出。


無数の火球は放物線を描いてイエティの群れに降り注ぎ、地表に着弾すると炸裂して周囲のイエティをまとめて吹き飛ばす。


中には上位種もいたのだが、絨毯じゅうたん爆撃魔法の前には風の前の塵どころか暴風の前の砂粒にも等しかった。

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