19章 凍土へ(前編)  03

その日は砦に賓客ひんきゃく扱いで泊まることになった。


というか、どうやら2~3日はここで足止めを食いそうな気配であった。


実はこの砦の北にある雪原では強いモンスターが定期的に発生するとのことなのだが、次の出現タイミングが2日以内にあるらしい。


なので出発はそれが終わってからの方がいいだろうとグリューネン司令官に勧められたのである。


正直俺のインチキ能力があれば強行突破は容易ではあるが、もと企業人としては現場の意見を無視することは難しかった。


もっともそのモンスター退治を手伝ってほしい、というか、それをもって勇者パーティの腕を見たい、という腹積もりも司令官にはあるようだ。


女王陛下が認めた勇者パーティの実力を疑うというのはタブーに近い気もするが、個人的に司令官の気持ちも分からないでない。


グリューネン司令官が勇者パーティの女の子たちを心配しているのは確かなようであるし。


まあアンリセ青年と立ち会え、などと言われるよりはマシであろう。インチキ能力で真面目に修練を積んだ人間に勝っても自分には罪悪感しか残らないのだ。


とまあそこまではいいのだが、問題はそのアンリセ青年が、目の前で酔いつぶれ寸前なことである。


「ぼくはねぇ……ずっとメニルのことが……ずっといいと思ってたんですよぅ……それなのにぃ……」


テーブルに突っ伏してそう愚痴る青年は、武の誉れ高い『王門八極』の一員とは思えない哀れさを醸しだしていた。




夕食の後、俺はグリューネン司令官に酒に誘われた。


向かった先の司令官の私室にはアンリセ青年が不機嫌そうな顔をして立っていたのだが、どうやら司令官が何かを察して席を設けてくれたらしい。


それでも大人の男3人、腹に一物あっても酒が入れば世間話に花も咲く。


それなりに打ち解けられたのだが、青年が名家のご子息だと分かったあたりで酔いが回ったのか、俺に絡みはじめたのだ。


「聞いてますかぁクスノキ殿ぉ……どこかの騎士爵……今は名誉男爵でしゅか……そいつが横からメニルをこう……知らないうちにさらっていったんでしゅよ。少しくらい絡んでも仕方ないと思いましぇんかぁ……」


キザっぽいイケメンイメージはどこへやら、グリューネン司令官も苦笑しながら青年の頭頂部を優しい目で見ている。


「なるほどのう。若いと色々あるものだが、そんな因縁がある者同士がこんな辺境の砦に集まるとは面白いものよな」


「そうですね。メニル嬢がいるのは聞いていたのですが、まさかこんな話が出てくるとは思いませんでした」


「ふむ。しかしかの女性を射止めたということは、貴殿はニールセン子爵に認められたということでもあるのだろう?」


「立ち合いをさせられましたが、何とか認めてもらえたようです」


「ほほう、では剣の腕だけでも相当なものであるな。それなら『極炎』メニルがなびくのも仕方ないのう」


そう言いつつ、司令官は白髪頭に手を置いて、少し言いづらそうに続けた。


「まあ分かるとは思うのだが、彼女がこの砦に派遣されてから、熱を上げる若いのが多く現れてな。婚約者がいると聞いた時の嘆きぶりは目に余るほどであったのよ」


メニル嬢はあの容姿にあの性格と言動であるから、それは仕方ないよなあ。


俺や司令官くらいの年齢になれば特に気がなくてもああいう言動をする女性がいることを知っているが、若い男は勘違いしまうものである。


「ゆえにまあ、このヴァンダム卿でなくとも貴殿の力を見たいという者も多かろうところでな。そのあたりを汲んでもらえるとありがたいのだがの」


司令官が何とも渋い顔をしているのは、自分が言っていることに筋が通ってないことを自覚しているからであろう。


さすがに年上にそういう態度をとられると断りづらいのはもと日本人の性であろうか。


「しょうですよぉ……クスノキ殿には、我々に諦めさせる義務があるのですよぉ……」


「そういうものでしょうかね」


「しょういうものです……男なら分かっていただけると思うのでしゅ……」


メニル嬢との婚約が嘘なだけに申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、俺の判断では話せないことだから仕方ない。


「まあそんなわけで、恐らく明日あたり現れるだろうモンスターを相手に、少しばかり力を披露してもらえんかのう?」


「どちらにせよモンスターを駆逐しないと我々も先に進めませんし、北のモンスターにも慣れておきたいところではあります。こちらの兵にとっても勇者パーティがどの程度の力を持っているかは士気にかかわるでしょうし、閣下のおっしゃる通りにいたしましょう」


「うむうむ、そこまで考えてもらえるとはありがたい。先にそちらを口にすべきであったかのう」


口髭を撫でながら目を細める司令官と再度乾杯をする。


アンリセ青年はすでに寝息をたて始めていた。






翌朝は非常に冷えた。


永久凍土への玄関口であることを強烈に意識させられる気温だが、勇者パーティは大量の防寒具をインベントリに詰め込んでいるので特に問題はない。


ちなみに昨日は司令官にすすめられて結構飲んだのだが、この身体はほとんど酔うことがなかった。


もしや『毒耐性』スキルのせいかとも思うのだが、もしそうならば俺は人生の楽しみの一つを永遠に失ったことになるのだろうか。


などと思いつつ朝食を終えると、聖女ソリーンとリナシャが俺のところにやってきた。


「あの、クスノキ様。クスノキ様は家族は多い方が良いとお考えでいらっしゃいますよね?」


「ですよねっ?」


「え、どういうこと……?」


いきなり脈絡のないことを聞かれて頭が追いつかない。


いやまあ年頃の女の子の脈絡は、おじさんには得てして理解できないものだが。


「昨日はメニルさんを入れてみんなでお話をしたんですけど、ちょっとそういうお話が出まして……」


「そうそう。で、クスノキさんは絶対大家族の方が好きだよねって話になったの。クスノキさんは大家族の方がいいよねっ?」


「はあ?いやまあ、どっちかというと家族は多い方がいいかな……?」


前世の実家は2世帯+3兄弟の比較的大家族だったので別に嫌ということはない。


なにか聖女2人から妙な圧も感じるので、ここは肯定しておいた方がいい流れだろう。


年頃の女の子は何がきっかけで気分が変わるか読めないものである。


「本当ですか!? よかった」


「ぬふふっ、聞いたからねっ」


2人とも嬉しそうな顔になったのでどうやら正解だったようだ。


見るとラトラとカレンナルさんも何かホッとしたような表情をしてるし。


ネイミリアとエイミの視線にジトっとした湿度を感じるが、まああの2人は前から時々ああいう目をしてるから大丈夫だろう。


と、そんなことをしていると、激しい鐘の音が砦の上の方で打ち鳴らされ、食堂にまで響いてきた。


食堂にいた兵士たちが一斉に食堂を出ていく所を見ると、モンスターが出現したということだろう。


俺が司令官のところに向かおうかと思っていると、食堂に赤毛の女魔術師が姿を現した。


「ケイイチロウさん、いつものモンスターが現れたみたいよっ。司令官が準備をして正面門のところまで来てほしいって言ってた。鐘の感じからすると大規模なやつみたいだから、派手にバーンとやっちゃってね!」


そう言いながらすすっと近寄ってきたメニル嬢は、俺のそばに来ると「婚約者がめちゃくちゃ強いって分かれば私の面倒も減るからお願いねっ」と耳打ちしてきた。


その面倒の大半はメニル嬢の言動のせいなんだけどなあ、と思いつつ、俺は皆に準備をするよう指示を出した。

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