19章 凍土へ(前編)  02

「えっ!? 勇者パーティの出発ってこんなに地味なの?」


女王陛下の命が下った旨をメンバーに伝えた時の、聖女リナシャの第一声がそれだった。


場所は王家指定の高級宿、俺を入れて7人のパーティメンバー、そこにネイナルさんも加わって8人が一室に集まっている。


「もっとこう、謁見えっけんの間とかで『勇者よ、魔王を倒せ』とかみんなの前で女王様に頼まれたりするんだと思って期待してたんだけど」


「リナシャはすぐそういうこと言うから……。でも気持ちは分からなくもない、かな?」


聖女ソリーンが同意すると、ネイミリアも「う~ん、そうかも」などと口にする。


そこに口を挟むのは忍者少女のエイミ。


「クスノキ様の話ですと、我々は秘密に魔王領に侵入しなければなりません。であれば、これから勇者パーティが出発すると派手に発表はできないのではないでしょうか」


「あ~そうか、これって秘密の作戦なんだ。なんかそれもカッコいいね!」


能天気なリナシャだが、重くなりそうな話の時に彼女のような存在は貴重ではあるだろう。


「まあそんなわけで、かなり危険な任務になることは間違いない。俺も全力でことに当たるつもりだが、不安なことがあれば遠慮なく言ってくれ」


「クスノキ様が一緒ならば恐れるものはありません。私も全力を尽くします。それに『邪龍』討伐の時はクスノキ様の勇姿を見ることができませんでしたし」


「そうよねっ。私たちだけ仲間外れとかもう絶対許さないから!」


ソリーンとリナシャは、『邪龍』討伐に関われなかったことについてかなりご立腹であった。従者の神官騎士カレンナルも黙ってはいたが、不服そうな眼を俺に向けていた。


「今回は大丈夫だから。ネイミリアもエイミも問題はないか?」


「もちろんです。師匠の本気が見られるかと思うとむしろ楽しみなくらいです」


「私はクスノキ様に従います。どこまでお力になれるかは分かりませんが微力を尽くします」


「わかった、よろしく頼む。ネイミリアは目的を忘れないようにな」


「師匠ひどいです。本当に師匠は私のことなんだと思ってるんですか」


「ちょっと心配な弟子? でも大切な弟子だと思ってるよ」


「えっ!? 大切ってそんな……っ」


なんか顔を真っ赤にしてネイナルさんの胸に隠れるネイミリア。


ネイミリアがいい娘だといってもいじってばかりではマズいからな。たまには大切だとしっかり伝えることも重要である。さすがにこれだけ長く付き合っていると家族みたいな感じであるし。


「さて、じゃあこれからの行動について話をしようか。俺たちが向かうのは北の永久凍土という土地だけど、そこに行く前に一度北の砦に寄って……ん?どうかした?」


俺がヘンドリクセン老から預かった地図を広げていると、ネイミリアとネイナルさんを除く5人が俺をじっと見ていることに気付いた。


「ご主人様、わたしは大切じゃないですか?」


「え? ああ、ラトラももちろん大切だと思ってるよ。一緒に住んでるんだし、家族みたいに思って――」


そこまで言いかけて、聖女組3人がなにか恨めしそうな目で俺を見ているのに気づいた。


「クスノキ様、一緒に暮らしていないと大切に思っていただけないのでしょうか?」


「だったら私とソリーンもクスノキさんの家に泊まるようにしないとねっ」


「もちろん私もご一緒します」


なに言ってるのこの娘たち。


ああこれ、もしかして扱いが不公平だとかそのパターンにハマってしまったのか。もと中間管理職としてあまりに迂闊うかつな発言であった。


「もちろんみんなのことも大切に思ってるよ。今回の魔王討伐でもみんなのことは全力でフォローするから安心してくれ」


「でも私も家族みたいって言われたい……です」


「そうだよね、私も家族って言ってもらいたいなっ」


「もちろん私もです」


「いやだから、みんな家族みたいに思ってるから。俺にとってはみんなかけがえのない人間だし、そこは安心して――」


などと適当なことを言ってる俺を、すごく冷めた目で見ている王家の密偵が。


エイミさん、こういうのは女王陛下には報告しないでいいからね。これは極めて私的な会話であるし、他意があるわけでもないからね。


……本当にやめてね?






もろもろの準備を済ませ、俺と勇者パーティは翌々日には首都を出発することになった。


ネイナルさんは『聖弓の使い手』として国の調査官に協力するということもあり、首都で我々を待つという話になった。


首都の北門でお忍びの女王陛下とネイナルさんに見送られた我々は、一路サヴォイア女王国北端の砦に向かった。


俺の足で丸一日かかってたどり着いたその砦は、山の北面に築かれた大規模なものであった。


石積みによって築かれた塁壁るいへきは見上げるほどに高く、この国が以前から魔王軍を厳しく警戒しているということがうかがい知れる。


塁門るいもんにて見張りの兵に女王陛下より託された書状を渡すと、時を待たずして砦の内部に通された。


案内されたのは、中央に大きな机が鎮座した広い部屋であった。


机の上には地形図が広げられているところを見ると作戦室なのだろう。


砦の中枢にも近いその部屋で、俺たちは3人の男性と顔を合わせることになった。


服装や雰囲気からして1人はこの砦の司令官、1人は副官のようだ。


ただもう1人は青を基調としたやや派手めの服を着た青年で、前の2人とは異質な雰囲気をまとっていた。


「それがしが砦の責任者と任されておるゴルド・グリューネンだ。遠路はるばるご苦労であったな。貴殿が今代の勇者であるか。よろしく頼む」


グリューネン司令官は、白いものが目立つ口髭をたくわえた、老年に足を踏み入れていると見える男性であった。いかにも歴戦の武人といった雰囲気の人物である。


「私はケイイチロウ・クスノキと申します。ロンネスクにてハンターをしております。この度は女王陛下より勇者パーティを率いる任を仰せつかっております」


そう答え差し出された手を握ると、グリューネン司令官は怪訝けげんな顔をした。


「勇者パーティを率いる、という言い方をするということは、貴殿が勇者というわけではないのか?」


「はい、私は勇者ではありません。勇者はこちらのラトラ・オルクスになります」


俺が手招きするとラトラが前に出てペコリとお辞儀をする。


「ラトラ・オルクスです。勇者として頑張りますのでよろしくお願いしますっ」


「なんと、このような小さな子どもが……。ううむ……」


司令官はラトラを見るなり難しい顔をして黙ってしまった。


もしかしてラトラが獣人族だからとか、そんな話が出てくるのかとちょっと不安になっていると……


「それがしにもこの小さな勇者殿くらいの孫がいてな……。クスノキ殿といったか、貴殿は本当にこの子を魔王城に連れて行く気なのか?」


「え、ええ。私の任務は彼女らが魔王を討伐するのを助け、そしてひとりも欠けることなく家に帰らせることですので。そのために十分な力は持っているつもりです」


武人然としていた司令官の顔が孫を見るおじいちゃんのそれになっているのを見て俺はホッとしつつ答えた。


「しかし見れば勇者一行は貴殿以外全員年若い女子ではないか。本当に女王陛下はこのパーティで魔王城へ行けと指示なさったのか?」


「閣下のお考えも分かりますが、彼女らはすでに多くの戦いを経験している戦士でもあります。無論陛下もそのことをご理解の上、命を下されております」


「ふうむ。そう言われてしまえばそれがしにはこれ以上言えることはないが……」


「閣下はお孫さんたちが大好きですからね、その心配はわかります。でしたら勇者の一行を率いるクスノキ殿の実力を見せてもらってはいかがですか?」


いきなりとんでもないことを言い出したのは、それまで側で話を聞いていた青い服の青年である。


そのちょっとキザな感じのイケメンは俺に向かって意味ありげに微笑むと、握手の手を伸ばしてきた。


「いきなり口をはさんで済まないね。しかし閣下のお気持ちも察していただけるとありがたい。ああ、僕はアンリセ・ヴァンダム、これでも『王門八極』の1人だ。噂は色々と聞いているよ、クスノキ卿。いや、名誉男爵とお呼びした方がよろしいか?」


「爵位にはいまだ慣れませんので畏まらないでいただいた方が嬉しいですね。名高い『王門八極』にお会いできて光栄です。よろしくお願いいたします、ケイイチロウ・クスノキです」


そう言って俺が握手を返そうとする。


その時いきなり部屋の扉がバーンという音と共に開かれた。


すわ緊急事態か、と身構えると、入ってきたのは燃えるような赤毛をツインテールにした、チャイナドレス風衣装の美人魔導師。


「ケイイチロウさん、また会えて嬉しいわっ!」


避ける間もなく抱き着いてくる『王門八極』のひとりにして、俺の「仮」の婚約者であるメニル嬢。


俺はそのグラマラスな身体を受け止めながら、アンリセ青年が泣きそうな顔をしているのに気付いてしまった。


あ、これ、また面倒なラブコメ展開になる奴だ、と直感したのは言うまでもない。

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