19章 凍土へ(前編)  05

「師匠の魔法はいつ見てもおかしいですけど、今のでどのくらいの力を出してるんですか?」


口を開けたままフリーズしているアンリセ青年を横に見ながら、ネイミリアがそんなことを聞いてくる。


「自分でもよく分からないんだ。多分半分も出してないとは思うけど……」


「でも魔力は全然減ってない感じなんですよね?」


「ああそうだね。半分ていうのは一度に出せる数のことで、その気になれば多分ずっと撃てるんじゃないかな」


そんなことをしたら地形が変わってしまうのでできるはずもない……というか言ってて相当おかしいなこれ。


「待ってくれ、今の話だとクスノキ卿だけで魔王軍の軍勢を半壊できるんじゃないか!?」


アンリセ青年の立ち直りスピードも少し早くなってきたようだ。


「さすがにそれは無理でしょう。1人でできることなどたかが知れていますよ。それよりボスがまだ残ってるみたいですね」


見ると爆撃で穴だらけになった平原のむこうに巨大な4本腕の影が3つ。


どうやら激しく怒っているらしく、吠えながらこちらに向かってくる。


「ヴァンダム卿、左の一体をお任せしても?」


「あ、ああ、問題ない。イエティロードくらいなら1人でいけるよ」


「助かります。皆は右の一体を仕留めてくれ。真ん中は俺がやる」


「はいっ!」


さすがにアンリセ青年にもいい所を見せてもらわないとマズいだろう。若い男というのも存外面倒なものである。


取りあえず俺は縮地で一気に距離を詰め、赤熱する大剣で真ん中のイエティロードを両断する。腕を振り上げた姿勢のまま、そいつは黒い霧に変わっていった。


見ると勇者パーティの方はネイミリアの『雷閃衝らいせんしょう』が決まってイエティロードが麻痺状態になったため、すでに勝負ありの状態だ。


5メートル超の巨猿が何もできずに一方的にボコボコにされ、脳天にラトラの剣が差し込まれた所で霧に還った。


アンリセ青年はイエティロードの太い腕の連撃を華麗にかわしつつ、細剣での突きを続けざまに放っている。


剣先からほとばしる鋭い水流が白い毛皮に次々と穴を穿うがち……程なく断末魔とともに巨猿は地に伏し、そのまま消えていった。


まったく危なげないところは『王門八極』の面目躍如といったところだろう。


「お見事でした」


そう声をかけると、アンリセ青年は少し苦い顔をした。


「まあイエティロードは7等級でもくみしやすいモンスターだからね……。しかしなんというか、僕はクスノキ殿には謝らねばならないようだ。卿は想像の遥か上の実力をお持ちだと今回の戦いで分かったよ」


「どうやらそのようで……」


今度は俺が苦い顔をする。力を認められても申し訳なさが先に立つ身の上である。


「そのような謙虚さもメニルは気に入ったのだろうね。さすがの僕にもそれは理解できる。僕が言うのもなんだけど、メニルをよろしく頼むよ」


一度しそびれたアンリセ青年との握手だが、今回は邪魔が入ることはなかった。


彼の手は、その細身からは想像できないほどに硬かった。相当な修練を積んだであろう手だ。


「この身にできる限りのことはします」


彼の笑顔が後ろめたく、そう言うのが精一杯であった。





大量のドロップアイテムを回収しグリューネン司令官率いる砦の兵士たちと合流すると、すさまじい歓声に迎えられた。


勇者パーティの実力を見せるという目的は果たせたようだが、ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。


「おおうクスノキ殿、そして勇者パーティの皆、見事な戦いぶりであったぞ!」


司令官は目元のしわを深めて俺の肩を叩いて歓迎してくれた。


ネイミリアやラトラたちは、兵士たちからの大歓声に目を白黒させている。


彼女らは魔王を倒して帰ってきたらパレードとかやるハメになるだろうから、丁度いい経験になりそうだ。


「やっぱりケイイチロウさんはすごいわねっ!」


メニル嬢が抱き着いてきて、耳元で「ありがと」とささやく。


兵士の中からヒューという声が聞こえてくるあたり、どうやら婚約者として認識されたということなのだろうが……久々に胃が痛くなってきた。


墓穴を掘ってるなどということはないと信じたい。


「今日の夜は少々騒がしくなるかもしれないね。ここの人たちは酒を飲む機会を常に狙っているから」


アンリセ青年がそう言って砦の方に去っていった。


司令官の指示で兵たちも回れ右をすると、騒ぎながら砦へと帰投を始める。


なんにせよ、これでようやく永久凍土へと向かえそうだ。


魔王城の攻略がすんなり進み、この砦が魔王軍に攻め込まれる前にことが終わればいいのだが。


ラトラたちを孫娘でも見るような目で見守るグリューネン司令官の姿を見て、俺はそんなことを思うのだった。







さて、北の砦から魔王城のある永久凍土までは、俺の足をもってしても3日ほどかかる距離がある。


翌日司令官たちに見送られて出発した俺たちは穴だらけになった平原を超え、さらに北へと向かった。


いつものとおり走るのは俺一人で、勇者パーティは大型馬車の中で快適な空の旅(?)である。


うっすら雪の積もっていた平原は、走るうちにみるみる深い雪原へと姿を変え、半日も走ると完全な雪国の様相を呈してくる。


標高が高くなっていることもその一因としてあるようだが、永久凍土付近は地形や風の関係で冷気が集まる場所なのだそうだ。


一日目は雪原にテントを張り、そこで一泊することにした。


「こんなに寒い所ははじめてです。尻尾が縮んじゃいます」


毛皮を重ね着してもこもこになりつつ震えているのはラトラ。猫獣人が寒さに弱いのは何となくイメージ通りだ。


「クスノキさんが服とか大量に買うからなんでだろうと思ってたけどこういうことだったんだね。ロンネスクの冬くらいを想像してた」


「実際に来てみないと分からないことってあるんですね。クスノキ様はこういう場所に来た経験がおありなんですか?」


同じくもこもこ状態のリナシャとソリーン。


「ああ、寒い所には何度かね」


「やはりそうなのですか。雪上でのテントの張り方といい、雪で防風壁を作ることといい、かなりお詳しく感じました」


もこもこフードの中からエイミの目が光る。


「あれは雪の上を旅する人間なら常識レベルの知識だよ」


実は前世では山好きの先輩に連れまわされ雪山登山をさせられたこともあったのだ。


思い出したくないほどキツかったのだが、経験はしておくものである。


入口が開いてネイミリアがテントに入ってきた。


「うう~外は寒いです。この先もっと寒くなるんですよね?そんなところに人が本当に住んでるんですか?」


「人間はどんなところでも慣れてしまうものなんだよ。食べ物とかは苦労するだろうけど、モンスターのドロップアイテムもあるしね」


「そういうものなんですか?」


「そういうものさ。『逢魔の森』にニルアの里があるのだって、リナシャたちからすれば信じられないことだと思うよ」


「うんうん、あんな危ない所に住んでるエルフさんたちってすごいよねっ」


「う~ん、でもそれが当たり前だったから……普通ですよ?」


「そういうことだよ。そこに生まれ育った人間には普通なんだ」


とは言ってみたものの、凍土の民は永久凍土に追いやられたと考えているようだし、彼らがどう思っているのかは未知数である。


バルバネラの語った感じだと、不自由な生活に恨みをつのらせている者も多そうだ。


「さて、今日はそろそろ寝ようか。魔物とかは俺の『気配察知』で分かるから、見張りは気にしなくていいよ。寝具は大量に持って来たけど、それでも寒ければ身体をくっつけて寝た方がいいかもね」


俺がインベントリから寝具を出しながら言うと、ネイミリアたちの間にピシッと緊張が走った。え、何かまずいこと言った?


6人は集まってなにやら話をしていたが、頷きあうと唐突に異世界版じゃんけんを始めた。


一体何が起きたのか……それは火を見るより明らかだろう。きっとあのじゃんけんに負けた娘さんが犠牲者となり、俺の隣に寝ることになるのだ。


まさか今の一言で「身体をくっつけることを狙ってるおじさん」だと思われてしまうとは。


もしかしてこの旅が終わったら俺は勇者パーティを追放されるんじゃないだろうか。そんな話が流行ってるみたいなことを、確か長男が言ってたんだよなあ。

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