22章 聖杯を求めて 09
観客席はすでに興奮のるつぼと化していた。
すでに数試合が行われていたはずで、その試合が盛り上がったのだろう。
闘技場の舞台に目をやると、ちょうどカレンナル嬢が上がっていくところだった。
相手は同じ竜人族の男の戦士だ。メイスを担いでいるところを見ると、見た目通りのパワーファイターのようだ。
いやしかし、前世のメディア作品群でさんざん触れた武術大会だけど、まさか本物を見る機会が来るとは思ってもみなかった。
色々と気がかりが多い状況ではあるけれど、少しくらい楽しんでも罰はあたるまい。
カレンナル嬢が舞台に上がると、両者は10メートルほど離れて向かい合う。
舞台の外には号令係のほか、係員が数名控えている。
全員竜人族だが、ひとりだけいる人族は生命魔法の使い手だろう。
魔法があるおかげでこの武術大会は基本的に普段の武器がそのまま使用できる。
当たり所が悪ければそれでも命を落とすそうだが……その辺りは命の軽いこの世界ならではである。
「始めいッ!」
合図と同時に、両者がゆっくりと間合いを測り合う。
と、男の戦士がニヤリと笑った。
「お前『能無し』なんだってな。だが手加減はしねえ。これは使わせてもらうぜ」
男は強く息を吸ったかと思うと、直後に息を強く前に吐きだすような動作をした。
「ガアッ!」
しかし吐き出されたのは無色透明の空気ではなく、赤熱の炎。
その炎は直線状にほとばしるとカレンナル嬢がいた場所に着弾、人1人を飲み込んで余りあるほどの火柱を上げた。
「おおっ!!」
会場が大きくどよめく。
なるほどあれがブレスか。
魔法に比べて予備動作が少なく、見た感じ中級魔法程度の威力はありそうだ。
あれをそれなりの間隔で連射できるのなら確かに強力である。
「ちっ、この距離じゃさすがに避けるか」
何のダメージもなく距離を詰めてくるカレンナル嬢を見て、男戦士がメイスを構える。
あと数歩でカレンナル嬢の刀の間合い……男が一歩前に出てメイスを振り上げる。
「ガアッ!!」
そこで男は唐突にブレスを吐いた。
パワーファイターは見せかけで、実はトリックスターか。
接近戦を受けると見せつつ、男はメイスで隠すようにして事前に息を吸っていたのだ。
しかしそのブレスが着弾すると思われた瞬間、カレンナル嬢の姿がブレた。
彼女が使う高レベルの『縮地』を、俺以外何人がとらえることができただろうか。
少なくとも相手の男は見えなかったらしい。
次の瞬間、彼は石の舞台の床に倒れていた。後頭部に刀の峰の強打を受けて。
「勝負ありッ!」
静寂は一瞬。
カレンナル嬢の絶技をたたえる歓声が、洪水のように舞台の上に流れ込んでいった。
「クスノキ選手、舞台まで来られたし!」
カレンナル嬢の戦いから数試合後、俺は呼び出されて舞台の上に上がった。
相手はやはり竜人族の男性であった。
年齢はまだ若い、下手をすると10代かもしれない。
身体の捌きを見ても鍛えてるようには見えないが、それでも全身の筋肉が発達しているのが竜人族の特徴のようだ。
「なんだ人族か。俺のブレスで吹き飛んでも文句言わないでくれよ」
セリフは見下した感じだが、表情を見る限り本人はそういうつもりではないようだ。
彼なりの気遣いなのかもしれない。
ふと観客席のロンドニア女史を見ると、俺の視線に気付いたのかニヤッと笑って小さく頷いた。
「せいぜい派手に力を見せてやってくれ」ということなのだろう。
俺はレジェンダリーオーガの大剣を片手で振り回して見せる。
観客席が小さくどよめいたようだ。
対戦相手の青年も負けじと手にした斧を振り回すが、少しふらついているのは隠せない。
「始めいッ!」
号令と同時に俺は無造作に前に進む。
彼我の距離は10メートル程ある。悪いが何度かブレスを吐いてもらおう。
「ブレスがあるって言ってんのに聞いてないのかよ」
言いつつ、彼は瞬時に息を吸う動作を行い、「カッ!」という呼気とともにブレスを放った。
水の槍が鋭く直線状に俺に向けて伸びてくる。彼のブレスは水属性のようだ。
「しっ!」
俺は大剣を一振りする。
それだけで水のブレスははじけ飛び、多量の水滴となって飛び散って消えた。
「あ? なんだ今の?」
青年は目の前で起きたことが信じられないといった顔をしたが、すぐに気を取り直してもう一度ブレスを吐いた。
もちろん二発目も同じように水しぶきとなって消える。
「おい、アンタ一体何をしたんだ!?」
「その程度のブレスは、鍛えた剣技の前では水芸に過ぎないということさ」
答えながら、俺は自分のクサいセリフに
ロンドニア女史に「とにかく竜人族の鼻っ柱を
「なんだとっ!!」
そりゃキレるよね、自慢のブレスだもんね。
まあでも自分の弱さを知ることは大切だと思うから、もう少し付き合ってほしい。
青年は連続でブレスを吐きつつ斧を構えて突っ込んできた。
本来ならかなり嫌らしい連携攻撃ではあるのだが、ブレスが牽制にすらならず、斧を振る動きも見え見えなので残念ながら連携にすらならない。
俺は大剣でブレスを散らしつつ、横
「まだやるか?」
「なっ!? うっ!?」
青年はなおも動こうとしたが、掴まれた斧が微動だにしないことに気付いて顔を青くした。
俺がさらに大剣を強く押し当ててやったからでもあるが。
「ま、参ったあっ!」
「勝負ありっ!!」
青年が負けを認め、勝敗が告げられる。
会場は一瞬静まりかえり……そのまま俺が退場するまで静かなままだった。
もしかして少しやりすぎたか? と気付いたが、ロンドニア女史を見ると親指を立ててくれたので多分これでよかったんだろう。
そう思わないと、さっきの演技が俺の黒い歴史になってしまうからなあ。
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