22章 聖杯を求めて 10
この武術大会は、前世のメディア作品の例に漏れずトーナメント制で行われている。
出場選手は31人で、前回優勝者のバンクロン青年はシード扱いである。
大会の日数は3日間。2日目で3回戦までを消化し、3日目に準決勝と決勝と行うことになる。
ちなみに俺は勝ち残れば、準決勝でバンクロン青年と当たることになるようだ。
カレンナル嬢の山とは別だったのはラッキーだったが、もしかしたら長が介入したのかもしれない。
もしそうだとしても、それくらいはまあ為政者としての策のうちだろう。
さてそのバンクロン青年だが、虚ろな瞳をした彼は結局そのまま試合に参加していた。
その戦いぶりは容赦のないもので、ブレスを連射しながら接近、追い詰めた相手を防具ごと殴りつぶすというものだった。
さすがに殺すまでは至っていないようだが、俺が見えないように生命魔法で補助していなければ危ない相手もいたのも事実であった。
話では普段ならそこまでやることはないらしいので、指示されてやっているということになるのだろうか。
ちなみにあの後の俺の試合だが、これは言うまでもないだろう。
3回戦までの相手は、いずれもハンターで言えば1級~2級程度の実力はありそうな竜人族であった。
しかし彼らの吐くブレスはいずれも俺の前では水鉄砲や手持ち花火程度の意味しかなく、一度間合に入ってしまえば剣を一合することもなく降参をしていった。
救い(?)なのは、彼らが全員そこまで鍛錬をした雰囲気がないことだ。
鍛錬をせずともブレスの力だけで1級~2級の力があるのだから竜人族恐るべしとも言えるが、それだけにいつもの申し訳なさを感じずにすむのはありがたかった。
なお、カレンナル嬢もあの後はいずれも危なげなく相手を下している。
「クスノキ様、剣でブレスを掻き消すのはどうやっているのですか?」
準決勝を前に、控室でカレンナル嬢が勢い込んで聞いてきた。
「単に力と速さで対抗してるだけだよ。剣自体の質量……大きさも重要だから、カレンナルさんの刀だとちょっと難しいかもしれない」
「簡単そうにおっしゃいますが、実践するのはクスノキ様以外では難しそうですね。そもそもあの大剣を片手で軽々と振り回すのはどう考えても無理ですし」
「長くらいの剛力スキルがあればできなくはないけど、振り方にもコツがあるからね。でもそのあたりは多分カレンナルさんの方が分かっていると思うよ。俺のは完全に我流だし」
「私も分かっているという程では。むしろクスノキ様に師事している感じですから、クスノキ流になるんでしょうか?」
「え、いや、それは違う……かな。カレンナル流だと思うよ」
そういえば、この世界では剣術の流派のようなものがあると聞いた事がないんだよな。
新人ハンターを相手にする道場的なものはあるので、流派が現れるのはこれからになるのかもしれない。
それをさしおいてインチキ流派が
「なあアンタ、クスノキって言ったよな。アンタはどうやってその力を身につけたんだ?」
そんな俺たちの対話に入って来たのは、俺と1回戦で当たった竜人族の青年だった。
試合開始前の自信に満ちた様子は影を潜め、どこか下から見上げるような雰囲気になっている。
竜人族は力を信奉する種族だけに、自分より力のある相手には態度が変わると言うことなのかもしれない。
「力をつけるのには鍛錬をする以外に道はない。生まれつきの力を誇っているだけでは強くなることなどできないさ」
「どんだけ鍛錬すりゃアンタみたいになれるんだ?」
「どれだけやったのかなんて覚えてないな。強さを求めるのに、自分のやったことなど振り返る暇はないからな。ひたすら剣を振るだけだ」
「すげえな、そこまで強さを求めないとアンタみたいにはなれないのか……。答えてくれてあんがとよ」
俺のこっぱずかしいセリフの何が刺さったのか、青年は急にキラキラした目になると礼をして去って行った。
竜人族の目を覚まさせる(?)ためとはいえ、次第に穴を掘って入りたくなってきた。鍛錬好きキャラを演じるのがこんなに恥ずかしいとは。
いや、一応前世では子どものころ空手の練習は嫌いじゃなかったからな、俺は鍛錬好きなはずだ、間違いない。
「クスノキ様が言うと説得力がまるで違いますね。今回の大会で、彼のように気付いてくれる竜人族はきっと増えるでしょう」
カレンナルさんやめて、それ以上言われると俺の中の何かが崩壊してしまいますから。
大会2日目を終えて、準決勝出場者が確定した。
前回優勝者のバンクロン青年、カレンナル嬢、竜人族のベテラン戦士、そして俺だ。
人族の俺と『ブレス無し』のカレンナル嬢が勝ち残ったということで、大会は例年になく盛り上がっているようだ。
闘技場から、すっかりお世話になってしまっているカレンナル嬢の実家に戻ると、応接間のソファの上でくつろいでいるロンドニア女史がいた。
前に見た着流しスタイルで、酒瓶を片手にしている。
「おう、邪魔してるぞ。いや、二人ともオレが想像したより遥かに強いな!」
うながされて対面のソファにカレンナル嬢と2人で座ると、ロンドニア女史は嬉しそうな顔をした。
「特にカレンナル、よくぞあそこまで力を積み上げたものだ。もしかしたら竜人族の歴史の中でも最強の剣士かもしれんな!」
「ありがとうございます。すべてはここまで鍛えてくださったクスノキ様のお力です」
長を前にすると、カレンナル嬢の真面目っぷりに拍車がかかる。
「ははっ、その謙虚さも竜人族にはなかなかないものだ。家出をしたと聞いた時には驚きもしたが、ここまで立派になって帰ってきて、メイモザルもマリアナルもさぞかし嬉しいことだろう」
「そうだといいのですが。しかしまだ修行中の身でありますので、両親にはまだ心配をかけることにはなると思います」
「その心掛けも今回負けた連中に聞かせてやりたいものだな。まあ、すでに感じるところがあるものも多いようだが。できればバンクロンやゲイマロンにも感じてもらいたいのだが、やはり奴らはどこか虚ろだな」
ゲイマロンとはバンクロン青年の父親の名だ。
結局ここまで、バンクロン青年と彼の父親ゲイマロン氏は特に目立った動きをすることはなかった。
ゲイマロン氏は観客席で微動だにせず戦いを見ているだけだし、バンクロン青年は戦い方こそ多少問題があるものの、普通に優勝を目指しているように見える。
「クスノキ卿の戦いなど、いつも通りのゲイマロンが見れば目を丸くしたであろうにな。しかしクスノキ卿、貴公の強さは言うまでもないが、その上でこちらの意を汲んで多少芝居をうってくれているみたいだな?」
「ええ、鍛錬の大切さを伝えられるようにしているつもりですが……やはり演技だとバレていますか?」
「ああいや、貴公をあらかじめ知っているオレだから分かるだけで、他の奴らはあれが貴公の本音だと信じているさ。このまま続けてくれるとありがたい」
ロンドニア女史はそう言って、ソファの上で座り直した。
その顔から人懐こい表情が消えたのは、ここからが今日の来訪の本題ということだろう。
「ところでだ。リースベンから戻ってきた者に話を聞いてみたのだが、どうもリースベン国内の様子がおかしいらしい。食料を買い占めたり、馬や武器を集めたりという動きが少し前から活発になってきているようだ」
「それは……戦争の準備をしているということですか?」
俺が聞くと、ロンドニア女史は首を横に振った。
「そこまでは断言できん。会ったことがあるが、現国王は内政重視の文官肌の男だ。それとリースベンはもともとモンスターの討伐に力を入れていてな、大規模な遠征も過去には行ってきている。その遠征をすると考えるのが普通なのかもしれん」
「そうですか……」
何とも微妙な話である。
ただまあ、今話を聞いた瞬間前世のメディア作品群の知識がざわめいたのは確かなので、リースベン国の動きが「キナ臭い」のは間違いない。
問題は、リースベン国が戦争の準備をしているとして、その相手国がどこなのか、また今回のバンクロン青年らの元を訪れた役人との関係があるのかだ。
特に後者は『厄災』の『悪神』が関わっているとなると、安易につなげられないところではある。
いや、なんとなく『ある可能性』が思い浮かぶことは浮かぶのだが、結局は彼らが動き出さなければ俺自身は動くことはできない。
人間社会に生きている以上、「怪しいから」なんて適当な理由で他国の城に乗り込んでいける人間などいないのだ。
「ふふん、その感じだと何か考え付いたのだろう? リュナシリアンも貴公を切れ者として頼りにしていると聞いてるぞ」
「女王陛下とはお親しいのですか?」
「まあな。国としては強弱がはっきりしてるし、互いに腹を探るような仲でもないからな。女同士というのもあるが、意外と気が合うようだ。向こうがどう思っているかは分からないけどな」
うん、変わり者のトップ同士で気が合うというのは確かに
「そうでしたか。確かに今考えていることはありますが、すべて憶測です。長にお伝えするのは
「おう、聞かせてくれ」
ロンドニア女史がズイッと身を乗り出してくる。
あ、ちょっと胸元には気を付けてもらえませんかね。その着流しスタイルはあまりに無防備すぎます。
カレンナル嬢もびっくりして……、あれ、カレンナルさん? なんで自分の胸を気にしているんですか?
カレンナルさんも十分大き……いえなんでもありませんからこちらを悲しそうな顔で見ないでくださいね。
俺には幻滅してもいいですけど、男が全員そうではありませんから、多分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます