22章 聖杯を求めて 11
さて準決勝である。
先に舞台に上がったカレンナル嬢は、竜人族のベテラン戦士のブレスと槍の巧みな連携に少しだけ苦戦をしていたようだ。
しかし一瞬の隙をついて『縮地』からの攻撃が決まると、後は一方的な連続攻撃で圧倒していた。
申し訳ないが、終わってみればむしろベテラン戦士がよくやったという内容の試合ではあった。
そして次は俺の試合である。
舞台に立つ俺の前には依然として虚ろな目のバンクロン青年がいる。
係員の指示などには最低限の反応は示しているのだが、『解析』するまでもなく洗脳状態にあるようだ。
会場は前回優勝者と今大会のダークホース(つまり俺)の戦いと言うことで、相当な熱気に包まれている。
貴賓席のロンドニア女史もいかにも楽しそうな顔でこちらを見ている。
「両者よろしいか?」
号令係に聞かれ俺は頷くが、バンクロン青年は微動だにしない。
それを問題ないという意味に取ったのだろう、
「始めいッ!!」
の声が闘技場に響き渡る。
準決勝出場者同士、まずは様子を見る……などということはなく、バンクロン青年は開始と同時にブレスを連射してきた。
彼のブレスは極めて珍しい、火と地の二属性。
炎をまとった岩の槍、魔法で言う『ファイアランス』の強力版が次々と飛んでくる。
高段位の魔導師系ハンターでも出せない火力だ。並の相手ならこれだけで相手にならないだろう。
轟音を立てて飛来する炎槍を、しかし俺の振るう大剣はまるでハエでも追い払うかのごとくに消し飛ばす。
俺はゆっくりと、できるだけ余裕を見せるようにしながら、バンクロン青年に歩み寄っていく。
10数発のブレスを掻き消したあたりで、剣の間合に入った。
青年はそこでブレスと同時に前に出て殴りかかってきた。
彼は格闘戦を得意としている……というより、力を誇示するために武器を使わないらしい。
俺はブレスを剣で払うと、そのまま剣を捨てて素手で青年に対した。
「グゥッ!!」
バンクロン青年が右拳を突き出してくる。
青年は俺より頭一つ大きい巨漢だ。その拳はそれだけで下手なメイスより威力がある。
「セッ!」
しかしそれも当たればの話だ。
俺は左腕でその拳を上に払うと、そのまま踏み込み彼のみぞおちに右の中段突きを放つ。
もちろん軽く、だ。本気で打ったら彼の身体は真っ二つになってしまうだろう。
「ゴハッ!!」
青年は派手に吹き飛んで舞台の床に叩きつけられる。
闘技場が凄まじい歓声に包まれる。微妙に悲鳴が重なっているのは、青年に金を賭けた人間が多いからだろう。
「どうした、その程度なのか、竜人族最強とやらは」
心の中で悶絶しつつ、煽りセリフを言い放つ。
床の上で腹をおさえてうずくまっていた青年の背中がピクリと反応する。
上げた顔に光る眼には、強い意志の光があった。
あれ、もしかして強い衝撃で洗脳が解けた?
なるほど、そういう解除方法もあったのか。
「もっとも、今最強なのはカレンナル嬢の方なのかもしれないがな」
「っせえ。こっちが変な状態になってるだけだってのに、勘違いすんなっての人族がよう」
バンクロン青年がのっそりと立ち上がる。やっぱり洗脳が解けたようだ。
「今ので目が覚めたし、ここからが本番ってことでヨロシク頼むわ」
「何度やっても変わらんさ」
「うるせえってのっ!!」
青年はブレスを連射しつつ、先程とは違った鋭さで間合を詰めてくる。
ブレスを避ければ青年の拳を受けることになる、この大会で何度か見たコンビネーションだ。
まあだったら避けなければいいだけだ。
俺は半身を切ると腰を落とし、迫る炎槍に対して正拳突きを放つ。
超高レベルのスキル群と少しだけの少年時代の鍛錬の成果が拳に乗り、ブレスをすべて正面から叩き落とした。
「なっ!? このインチキ野郎がぁ!!」
あ、それ正解です。と褒める間もなくバンクロン青年は突きと蹴りを放ってくる。
天性の身体能力だけで放ってくる攻撃は、それはそれで強力ではあった。
ただすべての技の予備動作が大きく、動体視力と反射神経が人外の域に達している俺の身体には指一つ触れることもかなわない。
「何で当たんねえんだよぉっ!?」
青年の顔が、怒りの表情から驚きへ、最後には半分泣き顔になる。
まあそうだろう。今の彼は、舞台の上で1人不細工な踊りを踊っているに等しいのだから。
さすがに見せつけるのが目的とはいえ、そろそろ申し訳なくなってきた。
彼が左拳を振り切ったタイミングで、俺は左の上段回し蹴りを放った。
十分軽く……だがその一撃で彼は地に伏し、俺が回復させてやるまで立ち上がることはなかった。
バンクロン青年との試合が終わった後、貴賓席の方でちょっとした騒ぎがあった。
彼の父親であるゲイマロン氏が、今の試合は無効だといきなり叫び出したのだ。
その様子は半狂乱の状態に近く、長のロンドニア女史の護衛数人が取り押さえてどこかへ運び去っていった。
表面上は自分の息子が敗れて逆上した、という感じで済みそうだが、どうもこれで親子が洗脳された理由が見えてきた感がある。
そして決勝戦だが……
「参りました」
首に大剣の切っ先を当てられて、たった今カレンナル嬢が負けを宣言したところだ。
彼女自体はほぼ無傷での降参だったが、試合自体はかなり盛り上がったと思う。
付与魔法と縮地スキルを駆使しての高レベル剣士同士の立ち合いは、恐らく観客としてもほぼ見たことがない戦いであったはずだ。
せっかくなので彼女の力を全部見せてもらおうと思って、俺としては誘導を入れながら上手く立ち回ったつもりである。
上手くやりすぎてカレンナル嬢のレベルがまた一段と上がった気がする……のはキラキラキャラの特性なのでいまさら驚くことでもないが、ロンドニア女史を始め、一部のものは目を見張っていた。
「カレンナルさんは本当に強くなったね」
俺が首に突き付けた大剣を引くと、カレンナル嬢は納刀しつつ首を横に振った。
「いえ、まだまだであることがよく分かりました。多少は強くなったつもりでいましたが、クスノキ様の底が見えないことが分かっただけでした」
「ああ、まあ俺はね……」
自分自身でもこの身体の限界がどこにあるのか見えない時があるのだ。
カレンナル嬢はすでに3段位でもおかしくないだけの力があるが、その実力者を相手にしても息一つ乱れないのだから我ながら呆れるしかない。
「ここに強者が定まった! 竜神よ照覧あれ、今大会の優勝者はケイイチロウ・クスノキ! 勝者をたたえよ、力をあがめよ、彼の者の歩む道に栄光のあらんことを!!」
貴賓席でロンドニア女史が宣言をし、闘技場全体が震えんばかりの歓声に包まれる。
俺は大剣を天に掲げそれに応える。
こういう晴れの舞台に上るのは今更感がありすぎて、中身おじさんとしては色々とキツい所もあるのだが……とりあえずこれで目的の一つは達成できたはずだから、それでよしとしよう。
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