22章 聖杯を求めて 12
授賞式や閉会式など諸々があり、俺がローシャン国の城に呼ばれたのはさらに2日後であった。
その目的は、もちろん武術大会の優勝商品であるローシャン国の国宝の授与である。
事前の交渉により授与される国宝については俺が選べることになっているので、まずはその選定からだ。
ローシャン国の城は城というより大きめの洋館といった趣で、入って行くのにそれほどの心理的障壁はなかった。
まあ圧巻のサヴォイア城に慣れてしまった身なので、並の城ではもはや何も感じない可能性はある。
「よくお越しくださいましたな、クスノキ卿」
城を訪れた俺をまず出迎えてくれたのは、高級官吏の衣服に身を包んだメイモザル氏であった。
政務大臣直接の案内とは恐れ入るばかりだが、これも今更ではある。
メイモザル氏の後についていくと、やはり長に相応しい洋装のロンドニア女史が、重厚な扉の前で待ち構えていた。
「おう来たな、今日はよろしく頼む。ここが宝物庫だ、存分に検分してくれ」
ロンドニア女史が指示をすると、竜人族の官吏が宝物庫の扉を開けた。
「よろしくお願いいたします。早速拝見させていただきます」
メイモザル氏に続いて宝物庫に入る。
そこは少しホコリの香りが漂う、前世の会社の倉庫を思い出させる雰囲気の場所であった。
天井まで届く棚がいくつも列を作り、そこに宝物が入っているだろう箱が整然と並べられている。
「どうぞ御検分ください。聞きたいことがあればそれがしに聞いていただければ結構です」
「ありがとうございます」
メイモザル氏に礼を言い、俺は早速探し物を始めた。
もちろん目的は『悪神』討伐に必要だとされるアイテム『聖杯』である。
本来なら一つ一つ箱を開けて中身をあらためねばならないのだが、『解析』を使ってみたところ箱の上からでもいけた。
俺は棚の間を歩きながら、箱を一つづつ『解析』していった。
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アルテア作 珊瑚の首飾り
名工アルテアによって製作された首飾り
魔力回復効果
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龍鱗の短刀
鋼鉄龍の鱗から作られた鍛造刀
ドラゴンに対して高い威力を発揮する
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虹水晶
虹水晶の塊
魔道具の素材として極めて貴重
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『解析』の説明がかなり淡々としているのでよく分からないが、相当に貴重なものが蔵されているようだ。
ローシャン国は規模としては小さいが歴史は長いらしい。なるほど確かにと納得できる質と量の国宝である。
さて、しばらく調べていたが、いっこうにお目当てのものは見つからない。
『聖杯』というくらいなので『杯』が入っている感じの箱に入っているはずなのだが……と考えたところでピンと来た。
この世界に来てから、何度か予想と逆の事態に出くわしていたはずだ。
弓の苦手なネイナルさんが『聖弓の使い手』だったことが記憶に新しいが、今回もそうである可能性は高い気がする。
そこで俺は、なるべく『聖杯』のイメージから遠い宝を探してみた。
目に入ったのは壁に並ぶ刀剣類。
いやまさかと思いつつ、その中で特に目を引いた、日本刀に極めて似た剣を『解析』
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聖杯刀 タルミズ
古に見つかった美しい杯を鋳直して造られた刀
常に刃に水滴が浮かぶところから『垂る水』の銘が与えられた
刃から滴る聖水には悪しき神を退ける力があるとされる
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はい当たり~……じゃなくて、「鋳直す」ってどういうこと!?
対『厄災』用の超重要アイテムを勝手に刀にするとかそんなんアリなんですか!?
……というショックを顔に出さないようにしつつ、俺は『聖杯刀タルミズ』を手に取った。
普段使っている大剣に比べれば細身の刀ではあるが、腕に伝わる重量感はかなりのものがあった。
これが『聖杯』の重みなのだろうか。形は変わっても秘めた力は変わらないようなので、このアイテムが担う運命の重みなのかもしれない。
「そちらの刀でよろしいのですか? お探しのものは確か……」
「こちらで間違いありません。どうやらこの刀に変えられてしまったようです」
「なんと……!」
俺の言葉に、メイモザル氏は絶句をした。
まあそりゃそうだろう。『厄災』用のアイテムと言えば『神器』という扱いだ。
それが人の手により勝手に別のものに変えられたなど、本来なら神への冒涜以外のなにものでもないのだから。
それはともかく目的のものは見つかったので、俺とメイモザル氏は宝物庫の入口へと戻ることにした。
と、廊下の方でロンドニア女史が叱責する声が聞こえてきた。
「たわけ、一度手にした国宝を取り換えるなどできるはずなかろう。ゲイマロン、貴様先日からどれだけ血迷い事を言えば気が済むのだ。それにバンクロン、貴様が選んだ国宝だろうが。今更交換など愚かしいとは思わんのか」
「長、そこを曲げてお願いいたします。どうしても手に入れたき物がございまして、本来ならバンクロンが優勝して手に入れるはずであったのですが……」
「勝者は決した。前回大会で手に入れた国宝との交換も許可できん。諦めろ」
どうやらまだ洗脳下にあるゲイマロン氏が策動しているようだ。
……いや、洗脳下にあるにしては妙に受け答えが明瞭だな。バンクロン青年も一旦は洗脳が解けたはずだ。
とすればもしかして……。
俺が考えていると、先行して宝物庫を出たメイモザル氏が、ロンドニア女史の方へ歩いて行く。
「いかがなされました長」
「メイモザルか。なに、ゲイマロンが3年前に得た国宝を交換して欲しいと無理を言ってきてな」
「それはまた妙な申し出ですな。ゲイマロン殿、理由をお伺いしても?」
「お前に答える必要はない。長、なにとぞ御許可を」
「くどい。去れ」
ロンドニア女史の強い拒絶に、ゲイマロン氏側から触手のような魔力が伸びるのが感じられた。
おっとこれはいただけない。
俺は宝物庫から廊下に出て、睨み合っているロンドニア女史たちの所へ向かった。
「長、お待たせいたしました。私の目的のものは見つかりましたので、これをいただきたく存じます」
わざと大げさに『聖杯刀タルミズ』を掲げて見せる。
ゲイマロン、バンクロン親子の目が『タルミズ』に注がれ、その目が怪しく光った。
「おおクスノキ卿か。それでいいのか? ならば持って行け。こちらは少し立て込んでいてな。すまんがこれにて授与式として欲しい」
「承知いたしました。この度は貴重な宝物を
そう言って俺はその場を後にした。
粘りつくような視線を背中に受けながら。
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