22章 聖杯を求めて  13

俺は一人で城を出ると、メイモザル邸の方にゆっくりと歩いていった。


城は中央区の北にあり、メイモザル邸は南側よりにある。


ゲイマロン邸はその手前にあるのだが、門の前を通り過ぎるタイミングで後ろから声をかけられた。


「クスノキ卿、お待ちください!」


先程聞いたゲイマロン氏の声だ。足音は4人分、残りはバンクロン青年と護衛2人だろう。


俺が振り返ると、体格の良い中年紳士ゲイマロン氏が揉み手をしそうな勢いで俺に近づいてくる。


「おおクスノキ卿、足止めをして申し訳ない。武術大会優勝者の貴公に一度挨拶をしておかねばと思いましてな」


「これはご丁寧に。バンクロン殿はその後体調などは問題ありませんか?」


「ええそれはもう、頑丈なだけが取り柄の愚息でして。ところでここでお会いしたのも縁あってのこと、どうでしょうか、こちら拙宅になるのですが、少し寄ってお話などをお聞かせ願えませんか。愚息も貴公の強さの訳を是非聞きたいと申しておりまして」


何というか、およそ武官のトップとも思えない雰囲気である。だがまあ仕方ないのかもしれない。今はが違うようであるし。


ともあれ思った通りの展開なので、俺は頷いてみせる。


「私もバンクロン殿とは少しお話をしたいと思っておりましたし、お招きにあずかりましょう」


「おお! ではこちらへ」


ゲイマロン氏の案内に従って彼の館へと入る。


家の作りはメイモザル邸とそれほど変わらない。ローシャン国の伝統的な様式なのだろう。


通されたのは応接間だった。


しばらく待つように言われソファに座っていると、やがてドアが開いて4人の人間が現れた。


ゲイマロン、バンクロン親子と、あのリースベンの役人二人だ。


なお親子の様子は先程までとは違い虚ろな感じになっている。どうやら『洗脳』の状態に戻っているようだ。


「お待たせいたしましたな……」


言いながら、ゲイマロン氏とバンクロン青年が俺を左右から挟み込むように立った。


リースベンの役人二人は俺の正面だ。


役人たちの目がギラリと光った。


ピロリンと電子音が連続で鳴る。闇属性魔法……いやこれは『悪神の眷属』の『精神支配』スキルだろう。俺の耐性スキルがいい感じで上昇していく。


いつまでたっても俺が『精神支配』にかからないことに驚いたのか、役人たちの顔が醜く引きつった。


「ナゼ我ラノ支配ヲ受ケ付ケヌノカ!?」


「モシヤ聖杯ノ影響カ!」


ああ、やはり『聖杯』の存在を知っての動きだったか。


どうも『厄災』は、自分の弱点となるアイテムなり存在なりをまず狙うようになっているらしい。


「貴様、ソノ刀ヲ寄越スノダ!」


「寄越スノダ!」


そう言ったのは役人たちだったが、動いたのはゲイマロン親子だった。


左右から無言で俺に殴りかかってくる巨躯の竜人族を、俺は一撃ずつで昏倒させる。


「ナ!? 早イ!?」


「何ダコイツハ!?」


人に『憑依』する化物に言われたくないんだが……俺は『聖杯刀タルミズ』を腰だめに引き抜くと、切っ先を役人たちの顔に突き付けた。


『解析』の説明にあった通り、『タルミズ』の刃には水が滴っていた。


その水滴が数滴、切っ先から飛び散り、役人たちの顔にかかった。


「アビャビャビャビャッ!!」


その瞬間、奇怪な叫び声をあげて役人たちが苦しみ始める。


膝をつきもがいている役人たちの頭部にさらに『タルミズ』の水滴をかけてやると、彼らの頭部がズル……と、後ろに落ちた。


いや、頭部からなにか半透明のモノが分離し、後ろ側に落ちたのだ。


それは人間の顔に無数の触手がついたモンスターだった。


大きさははるかに小さいが、だいぶ前に遭遇した『悪神の眷属』にそっくりだ。


『解析』するまでもなく、間違いなく『悪神の眷属』だろう。


アビャビャッ!


その醜いモンスターは叫びながら逃げ出そうとしたが、俺は『タルミズ』で二匹とも串刺しにした。


ドロップしたのは8等級の魔結晶、ナリは小さいが強力なモンスター扱いらしい。


確かにこんなのが国の中枢に入り込んだりしたら、モンスターの大軍よりはるかに厄介だな。





その後リースベンの役人二人とバンクロン親子に生命魔法をかけて回復させてやると、彼らは無事に復活した。


後遺症については分からないが、『解析』すると『憑依』『支配』と言ったステータスはなかったので大丈夫であろう。


役人たちは記憶が一切ないようで、ここがローシャン国だと知ると非常に混乱した様子を見せた。


ゲイマロン親子については『支配』『憑依』されていた時の記憶は残っており、ゲイマロン氏は「何と言うことか……」と頭を抱え、バンクロン青年はなぜか俺を見て後ずさっていた。


とりあえず俺では収拾がつけられない話なので、リースベンの役人二人を長のロンドニア女史のところに連れていくことにする。


「ゲイマロン閣下、事情は長にお話しておきます。今回の件は『厄災』の策によるものですので、あまりご自身をお責めになさいませんよう」


と出がけに声をかけると、ソファに座ってうなだれていたゲイマロン氏はハッとして顔を上げた。


「いや、自分の身に起きたことは自ら報告を致す。貴殿はあったことのみをお話くださればよい」


「分かりました、そのようにいたしましょう」


「うむ。ところで貴殿はクスノキ卿と言ったか。どうやら世話になった……いや、命を救われたのかもしれぬな。礼を言わせてくれ」


「謹んでお受けいたします。では」


部屋を出て行こうとする俺の耳に、バンクロン青年の「アンタマジで強えんだな……」というつぶやきが聞こえた。






「つまり『悪神』がその『聖杯刀』とやらを狙って、自分の眷属を送り込んできたってのか?」


城の執務室で俺の報告を一通り聞くと、ロンドニア女史は眉根を寄せた。


普段の彼女の姿を知っていると、洋装で執務用の机に座っている姿はどうにも違和感がぬぐえないが、それでもさすがに一国の主としての雰囲気は備わっている。


「はい。こちらが『悪神の眷属』を倒した時にドロップした魔結晶です」


「これは立派なものですな。7……いや、8等級はありそうです」


メイモザル氏がテーブルの上に二つ並んだ魔結晶をもの珍しそうに見る。


「8等級を1人で倒したってのもとんでもない話だが、それが事実だとすると……こちらはどう動くべきなんだ?」


「今のところはまだ動きようがないと思います。ただこれで『悪神』が復活し、動き始めたということがはっきりしましたので、何らかの対応は必要でしょう」


「対応と言ってもな。メイモザル、『悪神』とはどんな存在なんだ?」


「伝承では、大勢の人間を意のままに操り、大きな争いを引き起こしたと言われております。あるいは陰に潜み、大規模な闇組織のようなものを作り上げて国を裏からむしばんだなどとも言われていますな」


「そいつはオレたちの一番苦手そうな『厄災』だな。しかしその眷属がリースベンの役人にとり憑いていたってことは、やはりクスノキ殿の言う通りのことが起こるのか」


ロンドニア女史が腕を組んで背もたれに身を預ける。


「もし私の考え通りなら、ローシャン国の対応はそれほど分かりにくいものではありません」


「それはそうだが……その手の話になるなら、軍務大臣のゲイマロンがいなければ対応ができんな。奴は正気に戻ったんだろ?」


「はい、後程自ら弁明にいらっしゃるかと思います」


「『悪神』に操られていたというなら仕方はないが、それでも奴には奇矯ききょうな行動を取った責任は取らせないとならんだろうな。奴もそうでなければ納得はするまい。まったく面倒だ」


ロンドニア女史が頬杖をついて顔をしかめる。


確かに今回の件は、ゲイマロン親子に責はほぼない。『悪神の眷属』の『精神支配』や『憑依』を逃れることなど、恐らくどのような人間であっても不可能だろう。


ただそれで済まされないのが責任ある立場という奴である。


しかし今軍務大臣を更迭こうてつなどと言うわけにはいかないのだ。なぜなら――


「失礼いたします」


執務室に竜人族の男性官吏が入って来た。


顔に焦りが見えるのは気のせいではないだろう。


彼はロンドニア女史の元に行くと、小声で耳打ちをした。


瞬間、面倒そうな顔をしていたロンドニア女史の顔色が変わった。


「分かった、下がれ。それとゲイマロンの家に使いを送り、すぐに登城するように伝えよ」


「はっ」


官吏が去っていくと、ロンドニア女史は溜息を一つついてから、俺とメイモザル氏を見てこう言った。


「どうやらクスノキ殿の言う通りになったようだ。リースベンが兵を起こした。ローシャンにも兵を向けているようだが、主力が向かっているのはサヴォイアだそうだ」

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