22章 → 23章

―― サヴォイア女王国 首都ラングラン・サヴォイア 

   ラングラン・サヴォイア城   女王執務室


「リースベンが兵を起こしこちらに向かっているだと? あの国との間に戦争になる程の問題はなかったはずだが?」


「おっしゃる通りです。事前に使者のひとつもありませんし、宣戦布告も行われておりません。そもそも軍備にしても、全軍を動かせるほどの用意はしていなかったはずです。非常に不可解な動きですな」


「ふむ、まあ戦に道理を求めても仕方がないのかもしれんな。とにかく迎え撃つ用意をせねばなるまい」


「関係部署の長には招集をかけましたので、陛下もご準備を」


「やれやれ、首都で『けがれのきみ』が暴れたばかりだというのに休む間もない。そういえば、あの男は確か『聖杯』を求めにローシャンに行っていたな?」


「はい、コーネリアス公爵閣下よりそう聞いております」


「とすると……嫌な予感がするのは余だけか?」


「奇遇ですな。私もとても嫌な予感がいたします。国の中枢にいるものとして、予感などという言葉は口にはしたくないのですが」


「あの男が『厄災』と奇妙な縁があるのはすでに疑いようがないが、今回もそれがあるとすると……」


「『悪神』がリースベン国の中枢を操っている、という可能性もあるとおっしゃりたいのですな?」


「そう考える方が理に適っている気がしてならん。恐らくローシャンにも情報は届いているはずだ。すぐにここに来るだろうな、あの男は」


「彼は『厄災』に関してだけは恐ろしいほど察しがよろしいですからな。間を置かずに現れるでしょう」


「本当にな。なぜあれだけ『厄災』の動きを完璧に読める男が余の心を読めぬのか不思議でならん」


「……エイミの話ですと、彼は女性の心を読む能力が完全に欠落しているようですな。もしくは読まないように自らを律しているようだとも言っていましたが」


「なんだそれは。どうせローシャンではロンドニアあたりに気に入られるに決まっている。もはや猶予もない。あの男が『悪神』を討ったら、その功績をもって一気に侯爵まで引き上げてくれよう。さすれば余とも釣り合うゆえな、くくく……」


「……陛下、笑みに邪なものが感じられますぞ。まさか『悪神』に憑かれておいでなのでは?」





―― ロンネスク とある民家



「はあ……」


「はいお茶。どうしたのネイちゃん、溜息なんかついて」


「あ、サーシリアさんありがとうございます。師匠のことなんですけど、竜人族の国でまた増えるのかなって思って」


「あ~……。でも竜人族ならもうカレンナルさんがいるから大丈夫じゃない? 守りますって言ってたし」


「でもエルフの里でも守るのは無理でした。師匠は師匠で無防備、というか気付いてないですからね」


「そうね。初めはホントは気づいてるんだろうと思ってたけど、一緒にいると完全に気付いてないって分かるのよね。仕事とかだと察しが良すぎるくらいなのに不思議」


「もしかしたら女性に傾倒しないように自らを律しているのかもしれません。その方が納得がいきます」


「あ、エイミさんもそう思います? 師匠ってわざと気付かないようにしてる感じがありますよね」


「ええ、女性に興味がないわけではないようですし、その方が説明がつくかと」


「それって何か過去にあったのかしら? ケイイチロウさんは昔の話は全然しないのよね」


「そうですね。だからなんか、いつかいなくなっちゃう気もするんですよね。師匠って時々自分がこの世界の人間じゃないみたいなことを口走る時があるんですよ」


「えっ、なにそれ?」


「興味深いですね」


「だから私、『厄災』が解決するまでは今のままでって皆さんに言っていましたけど、そろそろ師匠にこの後のことを確認しておかないとダメかなって思うんです」


「そうね。確かにケイイチロウさんほどの力があればどこでも生きてはいけそうだし、この国を出ていくことだって可能性はあるのよね」


「それは女王陛下も危惧きぐを……あ、いえ、是非一度確認を取りましょう」


「じゃあラトラちゃんとアメリアさんにも言っておきますね。エルフの里は……後でいいかな」


「支部長も巻き込みましょう。あと聖女様たちと、『王門八極』の二人と、副本部長と……」


「噂では首都の大聖女様も入っているそうですよ」


「はぁ……、師匠はもうダメかもしれませんね……」

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