22章 聖杯を求めて  08

カレンナル嬢の実家に戻りメイモザル氏に先程の一件を報告すると、そのまま長のロンドニア女史のところまで連れていかれてしまった。


先日ロンドニア女史が来たときもそうだったが、国の重鎮が互いの家に行くというのにご近所に遊びに行く程度の感覚な気がするが、これがこの国の習慣なのだろうか。


「どうした急に、クスノキ卿がカレンナルに手を出したのか?」


いきなりのローシャンジョークをかますロンドニア女史は、着流しのような服を着てソファに横になっていた。


家でかなりくつろいでいた様子だが、ちょっと胸元が開きすぎなのは直していただけないものか。


女史は身体が大きいぶん迫力が桁違いなのであるが……メイモザル氏が平気な様子なのは慣れているからだろうか。


「そのようなお話ならばまだ笑えたのですが、少しキナ臭いお話をクスノキ卿からうかがいまして」


「ふむ、とりあえず聞こうか」


俺はメイモザル氏とともに対面のソファに座り、一連の出来事を再度報告した。


報告を聞き終えると、ロンドニア女史はふうと息を吐いた。


「バンクロンは、確かにリースベンの役人と言ったのだな?」


「はい、間違いありません」


リースベンとはローシャンとサヴォイアに隣接している国のことである。


サヴォイア女王国に比べると規模は半分ほどだが、軍事的にはなかなかの強国であるらしい。


「リースベンは竜人族をよく傭兵として使う国であるし、バンクロンとつながりがあるのは別段おかしくもない。気になるのは貴公の言う『闇属性魔法』の存在だな?」


「そうなります。相手の意志を奪い操る属性になります。問題は彼らがその魔法を使えるものなのか、その魔法にかかっているだけなのか、どちらなのかということになりますが、私の見立てでは後者のようではあります」


「ふむ、そうなると彼らの目的は何だ? いや、まずは彼らの背後にいる者を探るのが先か」


「そうですね。背後にいるのがリースベン国の上層部なら、役人である彼らに闇属性魔法を使う必要はありません。とすれば、彼らはリースベンとは関係ないか、リースベンの中でも国王と立場を異にするものも操られているか、ということですが……それに関して情報などは?」


俺が聞くと、ロンドニア女史はメイモザル氏を見る。


しかしメイモザル氏は首を横に振るだけだった。


「それらしき情報を耳にしたことはございませんな。リースベンは十数年前に王が代替わりしてから安定していますので、特に不穏な動きがあるとは聞いておりません。それ以外の何者かとなると全く見当がつきません」


「メイモザルが知らないとなるとオレにも分からんな。クスノキ殿は何か知らんのか?」


聞かれて、俺の頭の中にはある人物の顔が浮かんだ。


闇属性魔法を扱う種族、『灰魔族』を従える侯爵の顔が。


ただそれを断言するには引っかかることもあった。


「サヴォイア国内に『闇属性魔法』を使う『灰魔族』という種族がおります。また、その種族を使役する貴族もいるにはいます。しかし今回の件は、そちらとは関係がないように思えます。というのは、リースベンの役人がまとう魔力が『灰魔族』のそれとは微妙に異なるからです」


そう、あの役人たちがまとっていた魔力はもっとこう、さらにドロッとした感じだった。


あの気持ち悪い感じは確か以前どこかで――


「……『悪神』か」


「ん? なんと言ったのだクスノキ殿」


俺はロンドニア女史に改めて向き直って伝えた。


「ええ長、思い出したのです。あの魔力は、以前戦った『悪神の眷属』の持っていた魔力と同じだと。今回の件、もしかしたら『厄災』が関係するのかも知れません」







二日後、俺は闘技場にて、カレンナル嬢と共に武術大会の開会式に臨んでいた。


中に入って分かったが、闘技場は前世の野球場を二回りほど小さくしたような規模の競技場で、中央には正方形の舞台があり、周りはすり鉢状の観客席になっている。


開会式が終わるとすぐに試合が始まるとの事で、すでに観客席はほぼ満杯になっていた。


娯楽の少ない世界なだけに、観客の熱気はかなりのものである。


俺とカレンナル嬢を含めて30人程いる出場者は舞台の上に並んでおり、観客席の中でも一段高くなった来賓席の方を向いている。


無論そこにはこの大会の主催者であるローシャン国の長・ロンドニア女史がおり、これから彼女の挨拶が始まるところであった。


ロンドニア女史は席から立ち上がると、拡声の魔道具を壊さんばかりの大声で話をはじめた。


「この場に集いし戦士たちよ、諸君らの勇気と闘志にこの上ない敬意を! そしてこの戦いを竜神が照覧されんことを! ローシャンの長、ロンドニアの名のもとに、これよりローシャン武術大会が行われることを宣言する! 戦士に栄えあれ、ローシャンに栄えあれ!」


彼女自身の強さに裏打ちされた凄まじい声量が、観客のざわめきを飲み込み会場のボルテージを一気に跳ね上げる。


その熱狂に、舞台上の戦士たちが一斉に腕を上げて応える。


もちろん俺もカレンナル嬢も事前に言われた通り腕を上げて大会の盛り上げに一役買う。


うん、前世で空手の大会に出たのちょっと思い出すな。一回戦で負けたのは思い出したくなかったが。


「では、戦士諸君は控えの間に戻られよ。呼び出しがあったら速やかに舞台に上がるよう」


係員の指示に従い、選手たちは舞台を下りて控室に続く通路に入っていく。


その中には巨漢の竜人、バンクロン青年が虚ろな目で幽鬼のように歩く姿もあった。





リースベンの役人の件は、結局あの後なんの進捗もなかった。


というのは、二人の役人は今に至るまでバンクロン青年の実家から出てくることはなく、中で何が行われているのかが一切が不明だったからだ。


さらにその後は青年どころか、彼の父も体調不良を理由に家から出てこない有様であった。


無論ロンドニア女史が直接家を訪れて様子を探ったりしたのだが、表面上は特に何の問題も見られなかった。


相手が国の重鎮である以上、長であろうと何の証拠もなく家宅捜索などできるはずもない。


それ以上の打つ手もないまま、大会の日を迎えたのであった。





『バンクロンの様子が明らかに変でしたね。やはり『闇属性魔法』をかけられていたのでしょうか?』


控室に戻ると、カレンナル嬢はすぐに『精神感応』による会話を求めてきた。


『バンクロン青年は確実に『洗脳』状態にあったね。それと観客席にいた彼の父親も同じようだった』


『では、この大会中に何かをやるつもりであるということでしょうか?』


『可能性はあるだろうけどどうだろうか。見たところ彼ら以外には洗脳状態にある人はいないようだし、それほど大がかりなことができるとも思えないんだよね』


『長の命を狙うなどは?』


『バンクロン青年がいくら強くても、1人であの長と護衛を倒すのは無理じゃないかな。ここには他に強い戦士も多いしね』


見た限り1対1ならロンドニア女史がバンクロン青年に後れをとることはないだろう。無論君主たる彼女の周りには常に複数の護衛がいる。


『とすると……』


「カレンナル選手、舞台まで来られたし!」


そこで呼び出しの声が控室に響いた。


カレンナル嬢は得物に手をかけながら立ち上がった。


「済みません、お先に参ります」


「ああ、カレンナルさんの力なら何の問題もないから、いつものつもりで戦ってくるといいよ」


「はい、クスノキ様に教えていただいた成果をお見せいたします」


うん、そんな最敬礼をされるほど俺は教えてないけどね。


去っていくカレンナル嬢を見送ってから、俺は観戦するために観客席へと向かった。

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