22章 聖杯を求めて  07

「竜人族に鍛錬の重要性を認知させたい……そういうことですか?」


俺が確認をすると、ローシャン国の長、ロンドニア女史は腕を組んで頷いた。


「そうだ。竜人族は生まれつきの能力を重視するあまり、後天的に得られた能力を軽視するところがある。あまつさえ、後から能力を得る努力をすることを恥と考える輩までいる始末。この風潮を払拭できぬかぎり我ら竜人族に先はない。というのが、オレとメイモザル、そして一部官僚の考えなのだ」


「そのために、今力のある戦士階級のなかでも筆頭格である男を叩き伏せてもらいたいのです。たまたまその男が、私と対立関係にある派閥の盟主の息子と言うのがなんとも頼みづらいのですが」


そう言って苦い顔をするのはメイモザル氏。


「大会に出て優勝するのが私の目的ですので、その過程で自然とその人物を倒すことにはなるでしょう。派閥の話は聞かなかったことにいたします」


「ありがとうございます。クスノキ殿はやはり並一通りの御仁ではございませぬな」


「面倒ごとが嫌いなだけとお考え下さい。しかしその目的であれば、件の人物を倒すのは私よりカレンナル様の方が適当ではありませんか?」


その質問には、ロンドニア女史が答えた。


「カレンナルが大会で活躍することも非常に重要だ。だが、その男は傲慢ごうまんではあるが力は確かでな。カレンナルも強いとは思うのだが、いい勝負になってしまうかもしれん。それでは駄目なのだ。圧倒的な力で叩き伏せられねば、あの石頭どもの目は覚めん。それに奴らは他の種族を見下している節もあってな、そこも改めさせたい」


「なるほど、分かりました。先程も申しましたが、どちらにせよ戦う相手というなら私は構いません。せいぜい派手に叩き伏せるくらいはいたしましょう」


……というのが、昨日あった話である。


しくも、ロンドニア女史たちが危惧きぐしている竜人族の実態を大会前に知ることができたのは幸運だったかもしれない。







あくる日の午後、俺はローシャンの通りを1人で歩いていた。


大会まではまだ2日あるため、ネイミリアたちへの土産を物色することにしたのである。


カレンナル嬢が案内を申し出てくれたのだが、せっかくの帰郷を俺の相手で終わらせるのは申し訳ないと断った。


残念そうな顔はしてくれたが、家族と過ごす方が嬉しいのは確かだろう。


一応観光もするつもりだったのだが、残念ながらローシャンには武術大会以外は取り立てて見るものはないらしい。


代わりにサヴォイア女王国では見られない農作物や食べ物があるとのことなので、市場を中心に回って色々と買い物をした。


久々に一人でゆっくり過ごす感じで、こういうのも悪くないと思いつつどこか物足りなさを感じるのは、この世界に来てから共に生きる人間が増えたからだろう。


女性にかたよっているのがちょっと問題な気もするが……それは贅沢すぎるというものか。誰一人とっても前世では見たこともない美しい女性ばかりであるのだし。


などと考えつつ、通りをカレンナル嬢の実家の方、中央区方面に歩いていく。


そろそろ日が傾き始める時間だが、夕餉ゆうげにはまだ時間がある。


小腹を満たすものでも買っておくか――そう思って屋台に向かおうとした時、妙な『気配』が通りを歩いているのに気づいた。


その『気配』を目で追うと、そこにいるのは二人の男。


どちらも旅装だが、帽子を目深まぶかにかぶり、早足で中央区方面に歩いていく。


『魔力視』で見たところ、その二人はまとうのはどちらも粘り気のある魔力。


この魔力は何度か見たことがある。『闇属性魔法』の使い手、もしくはその影響下にあることを示す魔力だ。




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名前:マッシ トコル

種族:人間 男

年齢:34歳

職業:事務官 

レベル:4


スキル: 

格闘Lv.1 短剣術Lv.1 弓術Lv.1

 四大属性魔法(火Lv.1 

水Lv.1 風Lv.1 地Lv.2)

算術Lv.2 

  

称号: なし

状態: 憑依


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1人を『解析』する。ステータス自体は普通の人間だ。


だが、状態『憑依』は初めて見る。


言葉の感じからすると何かが憑りついているということなのだろうが……。


いずれにしろ、見なかったことにできる相手ではないようだ。


竜人族の気性を考えれば、『闇属性』を使う者を使役するとは考えにくい。


十中八九何らかの『目的』を持った『外部』の者だろう。


俺は『隠密』スキルを最大にしてその二人を尾行することにした。







二人の男はじっと前を見たまま、会話をする様子もなくひたすらに中央区方面に歩いていく。


中央区に入っても歩みは変わらず、カレンナル嬢の実家前も通り過ぎ、さらに進むこと数分、彼らはとある門の前で歩みを止めた。


その門と塀の大きさからして、その家はカレンナル嬢の実家にも匹敵する豪邸である。


間違いなくローシャン国の重鎮の家であろう。


二人の男が門番に話をすると、門番の1人が屋敷の方に向かい、しばらくして1人の青年をつれて出てきた。


それは昨日会ったばかりの巨漢の竜人族、バンクロン青年であった。


「オレに用があるってのはあんたら?」


彼は二人の男の顔をジロジロ見て、なにかピンときたらしく「ああ」と言った。


「あんたら確かにリースベンの役人じゃん。なんだよまた傭兵の依頼か? それとも追加の報酬でもあんの?」


「じつは内密に依頼をしたいことがございまして。先日のバンクロン様の活躍を見ての王直々の指名でございますれば、是非ともお話をお聞きいただきたく」


「ほ~ん。まああれだけ派手にやりゃ実力も分かるってもんか。しゃあねえ、聞くだけ聞いてやんよ。とりあえず入んな」


バンクロン青年はそう言うと、二人の男と共に屋敷の方に消えていった。


……さて、ちょっと厄介なことになった。


バンクロン青年の父上はローシャン国の武官のトップであり、カレンナル嬢の父上メイモザル氏とは対立関係にある人物らしい。


さすがにその家に俺が忍びこむというのは問題がありすぎる。


サヴォイア女王国の貴族であり、なおかつメイモザル氏の客人である俺が下手なことをすれば、メイモザル氏どころか女王陛下にまで累が及ぶのだ。


残念ながら『千里眼』も建物の中までは見通せない。


とすれば俺ができるのは……やはり『報告連絡相談ほうれんそう』しかないのである。

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