27章  転生者のさだめ  04

 さて、とりあえず『凍土の民』の集落で当初の目的を達成した俺は、続いて竜人族の国ローシャンにおもむいた。


 侯爵レベルの人間が他国の中枢を訪れるなら先触れが必要になるのだが、そこはまあ緊急事態ということで納得してもらうしかない。


 もっとも竜人国の長のロンドニア女史なら、そんな形式などごうも気にはしないだろう。


 案の定ローシャン国の王城(と言ってもちょっと豪華な館くらいの規模だが)を訪れると、ほぼ顔パス状態で長の執務室まで案内された。


 想定外だったのは、部屋には長のロンドニア女史だけでなく、文官トップのメイモザル氏と、武官トップのゲイマロン氏までいたことだ。


「おお、久しいなクスノキ殿。武術大会とリースベンの件では大変世話になった。その礼をしようと思っていたのだが、どうやらサヴォイアも色々と大変なことになっていたようだな」


 長身の竜人美女ロンドニア女史は、いつもの洋装で俺を迎えてくれた。


「お久しぶりですロンドニア様。その節はお世話になりました。いただいた『聖杯』で『悪神』も討伐することができました。感謝いたします」


「何を言うか、すべては貴殿がやったことだろう。まあその控え目な言いようが貴殿らしくていいのだがな」


 ロンドニア女史はそう言って俺の肩を叩くと、応接セットの方に案内してくれた。


 4人で座ると、ロンドニア女史の目配せを受けて、カレンナル嬢のお父上のメイモザル氏が口を開いた。


「先日の武術大会では我が娘の身につけた技を見ることができました。よもやあれほど強くなっているとは思っておらず、私も驚きました。師となり導いてくださったクスノキ殿には感謝の言葉もありませぬ」


「いえ、あれはひとえにカレンナル様自身の修練によるものです。カレンナル様は控え目な性格をなさっているので私のことを持ち上げられますが、私は本当にただ共に戦っただけですので」


「それだけでもカレンナルには心強かったことでしょうな。剣技だけであれほどの境地に立てると知っただけでも、恐らく娘にとっては救いになったはず。父として改めて礼を言わせてくだされ」


「そういうことでしたら……謹んでお受けいたします」


 俺自身がどう思おうと、礼儀としても礼を受けとらないといけない場面なんだろう。


 と思っていると、今度はゲイマロン氏が俺に頭を下げた。


 彼のご子息のバンクロン青年については武術大会でさんざん痛い目をみせてしまったのだが、その後どうなったかはちょっと気になるところではある。


「それがしからも礼を言わせてもらいたい。武術大会で貴殿に負けてから、愚息が心を入れ替えたように修練に打ち込むようになってな。以前の横柄な態度もすっかりなくなり、もはや別人のようになったのだ」


「は……それは……」


 んんっ、それって良かったということでいいんだろうか?


 一般的には喜ばしい気もするが、竜人族の考え方はちょっと違うようだしなあ。


「無論、それ以前にそれがし自身の考え方も変わったのだがな。貴殿の力を見て、やはり生まれつきの能力を誇っているだけでは先はないと理解することができた。恥ずかしい話だが、武をつかさどる役職にあるものとしてあまりに偏狭であった。親子ともどももうひらいていただいたことに礼を言いたい。感謝する」


「は……、自分としてはただ戦っただけなのですが……ゲイマロン閣下のお気持ちは謹んでお受けいたします」


 これほど礼を言われるのは下腹のあたりがむずむずして仕方ないのだが、一応自分がやったことなんだろうと思って諦めることにする。


 なんにせよ、ローシャン国はロンドニア女史とメイモザル氏が考えていた方向に動き出したようだ。


 俺がしたことが本当に良かったのかどうかは今は判断のしようがないが、武を尊ぶ国として、修練を重んじる気風が芽生えたことはきっとプラスに働くだろう。


 2人の礼が終わると、それまで口元を緩めていたロンドニア女史がキリッと居住まいを正した。


「それで、貴殿が急に来訪したということは何か火急の要件があるのだろう? 侯爵になった報告に来たというわけでもないと思うが」


「はい。実は――」


 俺は近い内に『大厄災』が顕現するだろうこと、それに合わせて10万のモンスターが出現する可能性が高いことなどを伝えた。


 『遺跡』についてはすべてを伝えるわけにはいかないが、過去に強大な文明が滅ぼされたという話もする。


 3人はじっと俺の言葉を聞いていたが、伝え終わると三者ともに深い溜息をついた。


 しばしの沈黙。それを最初に破ったのはロンドニア女史だった。


「とんでもない話だが、すべての『厄災』討伐に関わり、さらにあのリュナシリアンが全幅の信頼を置いている貴殿が言うのだ。間違いなく起こることなのだろうな」


「はい、確実に起こるものと思われます」


「その10万のモンスターというのはすべてサヴォイアに現れるのか? それとも周辺国も含めて無差別に現れるのだろうか?」


「伝承によるとある程度まとまって現れ、その後周辺に広がっていったようです。私の考えでは始めサヴォイアの首都近郊に現れ、首都を蹂躙じゅうりんしたのちに周辺に広がるという形を取ると考えています」


「蹂躙か。むろん貴殿としてはそうさせるつもりはないのだろう?」


「ええ、首都は守り切るつもりです。むしろ全部まとまって現れてくれた方が自分にとっては好都合なのですが、恐らくそうはならないでしょう」


 俺がそう言うと、ロンドニア女史は一瞬呆れたような顔になり、すぐににやっと笑った。


「貴殿、今とんでもないことを言ったな? もしや10万のモンスターも相手にならぬというのか?」


「そうですね。恐らく私の力をすべて使えば10万とはいいませんが、集団に大きな損害を与えることはできるでしょう。とはいえやはり数に対抗できるのは数だけですから、サヴォイアも全軍を挙げての防衛戦になります」


「ふふ、まあそうだろうな。しかしカレンナルによるとクスノキ殿は魔法も極めているそうだな? その力、是非この目で見てみたいものだ」


 ロンドニア女史が少し子供のような表情を見せる。あ、これ俺と腕相撲した時の顔と同じだな。


 とか思っていたら、メイモザル氏とゲイマロン氏が渋い顔をしているのに気付いた。


 メイモザル氏が少し慌てたように口を挟む。


「して、クスノキ殿としては……というよりサヴォイア国としては、我らに何をお求めになるのか?」


「もちろん、こちらにもそのモンスターが現れるでしょうから、ローシャンでも防衛の準備をされたし、というのが女王陛下のおっしゃりようです。もったいぶった話し方をしてしまいましたが、援軍を求めるなどという話では一切ありません」


「なんと、それだけのためにわざわざクスノキ殿が直接いらっしゃったのか」


「ええまあ、顔が知れているのと、ロンドニア様も自分に話があるとのことでしたのでうかがっただけです。私としても武術大会の結果がどのような影響をもたらしたのか知りたかったところでもありますし」


「確かにその情報をいち早く伝えていただいただけでもこちらとしてはありがたい話だ。早速準備に入ることにしたいと思う」


 こちらはゲイマロン氏だが、彼も少し焦っているようにも見える。話としては武官トップの彼が中心となるだろう案件なので当然ではあるが。


 とりあえず話も信じてもらえたようだし、次はリースベンか……と思っていると、ロンドニア女史が急に立ち上がった。


「よし、オレはすぐに長の地位をリンドベルに譲る。そしてそのままサヴォイアに向かう。クスノキ殿の力をこの目で見ないとおさまりがつかん!」


「ロンドニア様、何をおっしゃいますか!?」


「さすがにそれはご無体ですぞ!」


 えっ、ちょっと何が始まったの!? なんでいきなり殿ご乱心みたいなシーンになってるんですか?


「無体も何も、もともとオレが長をやるのはリンドベルが戻るまでと決まっていただろう? 奴が戻ってきたのだからオレは自由にしていいはずだ」


「だからといってこのタイミングでの譲位はありますまい。リンドベル様も戸惑ってしまいますぞ」


 メイモザル氏のいさめの言葉に、ロンドニア女史はフンっと鼻をならした。


「あいつがそんなので戸惑うタマか。むしろ長となって初めての戦場が国の危機ともなれば、その方があいつにとっては都合がいいだろ。ここでオレが目立ったら、譲位にも面倒が生まれるだろうが」


「それは確かに……その通りではございますが……」


 うん、なんかよく分からないが、ローシャン国の長の地位を譲るという話のようだな。リンドベルという名は初めて聞くが。


「あの、そのリンドベル様という方はどのような方なのでしょうか?」


「リンドベルはオレの弟だ。もともと長になるのはあいつだったんだが、その前に見聞を広めたいとか言って旅にでてしまってな。仕方ないから奴が戻るまでオレが長代理をやっていたのさ。それが昨日ひょっこり帰ってきたんで、位を譲るのはもう決まってるんだ」


「なるほど……」


 つい気になって聞いてしまったが、やっぱりよそ者の俺が口を出すような話ではないようだ。


 しかしローシャンは長の地位が随分と軽いんだな。


「位を譲るのは結構でございますが、せめて件のモンスターの大群を撃退するまではリンドベル様の補佐を……」


「そんなものお前とゲイマロンがいれば十分だろう。それともオレに旦那の一世一代の活躍を見逃せとでも言うのか?」


「いやしかし、あまりに急な話で……」


 ん? 今なにかとんでもないセリフをロンドニア女史が口にしたような気がするな。


 いや聞き違いだとは思うんだが……。


「あのロンドニア様、先ほどの『旦那』というのは?」


「もちろんクスノキ殿のことだが?」


「いやその、なぜ私がロンドニア様の旦那という立場に?」


「もちろん結婚するからだな。ああ、もちろんこの話は貴殿には初めてするので知らないのは当然だ」


 ええそうでしょうそうでしょう。寝耳に水どころのお話ではありませんから。


「聞けば貴殿はすでにリュナシリアンとつがうことが決まっているらしいな。だからそこにオレが押し掛けようってわけだ。そうすればサヴォイアとローシャンは兄弟国となる。いい話だろ?」


「は、はあ……」


 いやいやいや!? どうしてその話がこっちに漏れてるんでしょうかね。ローシャンがそこまで諜報力に優れているとは思えないんですが。


「申し訳ありませんクスノキ殿。実はロンドニア様はリュナシリアン女王陛下とは個人的にかなり親しくしておりまして……。その話を聞いてから、自分も側室として輿入こしいれをすると独り決めなさっているのです」


 メイモザル氏が平身低頭といった感じでそう言うと、ゲイマロン氏も済まなそうな顔で俺を見た。


「おう、ちなみにリュナシリアンには確認はとってあるのでこれは決定事項だ。よろしくな、旦那様!」


 ニカッと笑うロンドニア女史は男前であると同時に確かに美しいのだが……いやまあ、話としては高度に政治的な婚姻ということになるんだろうから個人的な感情は後回しか。


「……正式なお話がいただけたら、お返事させていただきたいと思います」


 どうにもカオスな様相を呈してきたが、俺は辛うじてそれだけ答えると、次のリースベンへと心を向けるのであった。


 心を向けた結果、リースベンでも同じ話題が出るのが確定していることに気付いて胃が痛くなってきたのはもちろんである。

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