27章  転生者のさだめ  03

 そんなわけで最初に訪れたのは『凍土の民』の集落であった。


 普通に考えて、北の外れにあるこの集落が『大厄災』に襲撃されるのは最後の方になるだろう。


 ゆえにここに来た理由は、『大厄災』の出現を知らせることが主な目的ではない。


 集落前の広場に転移した俺は、案内された一軒の家の中にいた。合掌造りの古い民家に似た木造の家である。


「……ふぅん、つまりアタシの力を借りたいってこと?」


 目の前にいるのは、じれた角と蝙蝠こうもりの翼をもつダウナー系女悪魔、元魔王軍四天王のバルバネラである。


 彼女は結局『魔王』が倒された後、『凍土の民』の代表の立場に収まったようだ。


 性格的には絶対に引き受けないタイプだと思っていたが、どうやら根は困っている仲間を放っておけない的なところがあるらしい。


 もっとも妹のリルバネラに説教されて渋々やっている部分もある……というのは当のリルバネラがこっそり教えてくれた。


「ああ、相手の数が多いから、魔物を召喚できるバルバネラの力を是非貸してもらいたいんだ」


 俺はリルバネラが出してくれたお茶に口をつけながら、眠そうな目をしたバルバネラの問いに答えた。


 そう、ここを訪れた理由の第一は、彼女の強大な力を借りることにあった。


 8等級のケルベロスを始め多数の魔物を使役でき、なおかつ魔導師としても高レベルの彼女は、俺を除けば個人としては最高に近い戦力を持っているのだ。


「まあアンタには借りがあるし、手を貸すこと自体は構わないよ。でも元魔王軍のアタシがサヴォイアに出張っていって大丈夫なの?」


「バルバネラにどう協力してもらうかは女王陛下が考えるけど、その辺りはちゃんと対応してくれるから問題ないよ。いざとなったら俺の名前を出してもらえれば、ほとんどの人間は文句は言えないしね」


「へえ、ずいぶんと偉くなったんだね。まああれだけの力があれば当然か」


「ねえ、クスノキさんは今どれぐらい偉いの?」


 バルバネラをそのまま幼くしたような女の子、リルバネラが俺の手をつっついた。


 彼女はなぜか俺の隣に座っているのだが、彼女が俺の身体に触れるたびにバルバネラがぶすっとした顔になる。


「この間侯爵になったよ。偉さからいくと、女王陛下がいて、その次に公爵がいて、その次かな」


「じゃあ国で3番目に偉いの? すごい」


「ありがとう。まあ実際は3番目ってわけでもないけどね。それよりお姉さんのバルバネラはここで一番偉いんだから、そっちの方が大変だよ」


 実際のところ、トップとトップ以外ではその心労は全く違うものだ。バルバネラは若くしてそれをこなしているのだから、それだけでも敬意を表するに値する。


 俺が褒めると、バルバネラは嫌そうな顔をした。


「……やめてよホント、アタシはすぐにでもやめたいんだからさ。本当なら今回の話みたいに何も考えずに暴れてた方が楽なんだよ」


「そのあたりは分かるよ。俺だって侯爵にはなったけど、その辺の面倒な仕事はまだやってないからね。今のままハンターでもやってた方が気は楽だ」


「ああ、アンタもゆくゆくは人に指図する立場になるんだね。まあ指図する3倍くらい文句言われるけど……」


「あ~、それは実は分からなくもないな」


 中間管理職なんてまさにそれだった。おまけに上からの無茶ぶりまでついてくるから始末が悪い。その分責任は多少回避できるから、トップよりはマシだったはずではあるのだが。


「アンタの話は分かったよ。こっちで留守にするって話をつけて、魔素を集めて、そうだね……10日後に女王様のところに行く。それでいい?」


「ああ、問題ない、助かるよ。それとこの集落は……」


「こっちの連中もアタシほどじゃないけど召喚師は何人もいるし、それなりに強いやつも多いから大丈夫さ。女王様にはいろいろ便宜を図ってもらってるからね、そっちを助けないって話もないし」


「そうか。ならいいんだが」


 そこで俺はリルバネラを見た。


 人質になっていた時はかなり痩せていたが、今は頬のあたりも少しふっくらしてきた感じはする。ただやはり同年代の子どもに比べてまだ全体的に細く見える。


「そういえば、この集落では何を食べてるの?」


「ええっと、お芋とか、川の魚とか、あとモンスターから出る肉とかだよ。後は暖かい時に取れた野菜も少しあるかな」


「なるほど。食事は足りてる?」


「う~ん……ちょっと足りないかな。でもずっとこうだし……」


「アタシたちにとってはこれが普通なんだ。だから南に下りたいっていう奴も多くて、『魔王』に従ってきたってこともあるんだけど」


 バルバネラが苦虫をかみつぶしたような顔でそうつぶやいた。


「住めば都」という言葉もあるが、さすがに厳しい環境のこの集落では当てはまらないのかもしれない。


 なんとかならないんだろうか……と考えて、以前ネイミリアに「領主になったら『凍土の民』を移住させたらどうか」という話をされたのを思い出した。


「バルバネラ、もし仮にサヴォイア国に移住できるとなったらここの人たちはそれを望むだろうか?」


「……は? なんなのさいきなり」


「『厄災』関係のゴタゴタが終わったら俺も領地を持つ身になるから、『凍土の民』を受け入れることもできるようになると思うんだ。俺の一存で決められることでもないけど、女王陛下はダメとは言わないはずだ」


「……ん~、移住といってもそこで生活ができないとならないしね。それが保証されるなら望む人間は少なくないと思うけど、そんな簡単な話じゃないだろうし……」


 さすがリーダーをやっているだけあって慎重だ。


 バルバネラが言うように、本当に移住するとなったら大変な話になるだろう。


 まず必要なのは土地、そしてインフラ、自給自足できる環境……この集落と同じレベルの生活を再現するだけでも時間も手間も金もかかる。


 もっともそのあたりは俺のインチキ能力を使うことも視野に入れているので、だいぶ楽はできるはずだが。


「まだ俺の思い付きみたいなものだからなんとも言えないけど、もし可能だとなったら詳しい条件なんかを揃えてまた話をするよ」


「……まあ話を聞くだけなら聞くよ。それに乗るかどうかはわからないけどさ」


「それでいい。ところでバルバネラ自身はどうなんだ? 移住したいと思うか?」


「え? アタシは……どうだろう」


 珍しく真面目な顔で考え込むバルバネラ。


「う~ん、リルがどうしたいかで決まる……かな。リルはどう?」


「わたしはお姉ちゃんといっしょならどこでもいいよ。でもお姉ちゃんはサヴォイアに行きたいんじゃなかったの?」


「……そんな話したっけ?」


 バルバネラが眉を寄せると、リルバネラはちょっといたずらっぽい目つきをした。


「だってお姉ちゃん時々クスノキさんの話をしてるし、会いたかったんでしょ? 今も嬉しそうだし」


「……へぁ!?」


「サヴォイアのクスノキさんの領地に行けばすぐ会えるようになるし、ちょうどいいと思うけど」


「ちょちょちょちょっとリル! いきなり何言ってんのさ! だだだだれがそんな会いたいとか……っ!」


 リルバネラの爆弾発言(?)を受けて、顔を真っ赤にしてしどろもどろになる元魔王軍四天王。


 まああれだ、いつもなら多分聞き流してるキラキラ女子のやり取りなんだが、今の俺にはその意味が分かってしまうんだよなあ。


 バルバネラに関しては『仲間になるフラグ』を意識して対応してたし、そういう感情を向けられてもおかしくはない……のかもしれない。


「ねえクスノキさん、クスノキさんはお姉ちゃんが領地に来てくれたら嬉しい?」


 ダメ押しとばかりに確認を取りにくるあたり、リルバネラは将来策士になりそうな予感がする。


 しかしこれ、下手に答えるとまた新たな『身辺整理』案件になる話であるのだが……。


「……あ~、そうだね。もちろん領主としては嬉しいよ。バルバネラは能力的にも優秀だし、色々と仕事を手伝ってもらいたいっていうのもあるから……」


「そういう意味で聞いてないって分かって答えてるでしょ、クスノキさん」


 うぐっ、なんという10歳児。バルバネラが説教を聞くわけだ。


 バルバネラも真っ赤な顔を手で隠しつつも指の隙間から俺のことをちらちら見てるし、さすがに誤魔化すのも不人情だよな……。


「……俺個人の感情の前にその……俺は他にも何人もいるんだよ、親しい女性がね。だからバルバネラの方が呆れるんじゃないかと思う」


「まあそれは知ってたし……? 『厄災』を倒すような男の上に節操がなさそうだからそれくらいは覚悟してるけど」


 バルバネラは顔を隠しながらボソボソと俺の退路を絶ってくる。


「あ~、まあその数もかなり多くてね……。多分想像よりだいぶすごいことに……」


「聞きたいのはクスノキさんの気持ちなの。それだけ答えて」


 さらに的確に俺の逃げ道を潰しにくるリルバネラ。この姉妹タッグは将来かなり強力な人材になりそうな気がする。


「……それはまあ、俺個人としてもバルバネラに来てもらえたら嬉しい……よ」


「気持ちがない」と答えることもできたはずだが、残念ながら俺にその選択肢はなかった。


 なんかもうメチャクチャになる未来しか見えないが、正直ここ数日で開き直りつつある自分がいるのも確かだった。


 そもそもキラキラ女性の申し出を拒絶するのは不可能なんじゃないだろうか。多分「いいえ」と選ぶと「そんな、ひどい」ってセリフが返ってきて、「はい」を選ぶまで先に進めない仕様なんだと思う。


 うん、きっとそうだ。これはそういうイベントなんだ。俺は全員自分の妻にしたいとか、そんなことちっとも思ってないのである。複数の女性を同時に好きになるとか、完全なクズ男であるし。


「だって! よかったね、お姉ちゃん!」


「……うん、よかった……」


 バルバネラは体育座り状態になって、膝で顔を隠しながらボソボソなにか言っている。ちょっと涙声っぽいけど悲しいからということはないだろう。


 そんな姉の姿に安心したからかどうかは分からないが、リルバネラは俺の腕にしがみついてきた。


「ねえ、さっき他にも女の人がいっぱいいるって言っていたけど、何人くらいいるの?」


「え……、まあそうだね、20人くらい、かな」


 いきなりクリティカルな質問をされたものだが、どうせ分かってしまうことを誤魔化しても仕方ない。というか、口に出すとどれだけ自分がバカだったかがよく分かって胃が痛い。


 しかしその答えを聞いたリルバネラは驚くでもなく、平然として言葉を続けた。


「それならあと1人くらい増えても問題ないよね?」


「へ? いや、さすがに問題なくはないんじゃ……」


「わたしはあと3年で結婚できる歳になるから、そしたらわたしもお嫁さんにしてね。わたしがいればお姉ちゃんもちゃんと働くから」


「ちょっとリルっ、何言ってんの!?」


 オーバーヒートしていたバルバネラもさすがに聞き逃せないお願いだったようだ。


 しかし身を乗り出してくる姉を冷静に見返してリルバネラは言い切った。


「お姉ちゃんのこと助けてあげたんだから、今度はお姉ちゃんがわたしのこと助けてくれる番。だから一緒にお願いして」


「でもそんなこと一言も言ってなかったでしょ!? なんで急に……」


「だって男の人に全く興味なかったお姉ちゃんが好きになるような人だよ? わたしだって助けてもらったんだし、むしろそういう気持にならないほうがおかしいでしょ」


「うぅ、確かにそれはそうかもしれないけどさ……」


「納得できたら共同戦線だよ、お姉ちゃん」


 恨みがましい目つきで俺を睨むバルバネラと、俺の腕にしがみついて離れないリルバネラ。


 姉妹に挟まれながら、早くローシャンに行かないといけないな、と俺はひたすらに現実逃避をするのであった。


 ……もちろんそれで済むはずもなく、策士な幼女の願い通りに約束をさせられたのは言うまでもない。いやもちろん子どもの言うことだし、どうせ気持はすぐに変わるだろうと思うのだが……リルバネラのニンマリ顔を見ると、そうはならない予感しかしないんだよなあ。

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