27章  転生者のさだめ  05

いきなりとんでもない話が仮決まりになりつつも、とりあえずローシャンでの目的を果たした俺は、最後の目的地であるリースベンに転移した。


 日が傾きつつある時間帯だが、訪問するのにギリギリ問題ないタイミングだろう。


 城門の番兵の話だと城の近くに仮の行政府庁舎を建て、国王陛下はそこで執務をしているらしい。


 俺は復旧1割といった感じの城を横目に見つつ、同じくまだ造りかけに見える仮庁舎を訪れた。


 やはりほぼ顔パス状態なのですぐに応接室に案内され、程なく国王陛下との面会がかなった。


 その場には宰相閣下と大将軍オルトロット公爵、そしてなぜかマイラ嬢も同席していた。


「ふうむ、10万のモンスター、そして『大厄災』とは……。救国の英雄殿はまた恐ろしい話を持ってきてくれたものだ」


 俺が一通り話をすると、美形中年の国王陛下は髭を撫でながら渋い顔で頷いた。


 さすがに宰相閣下もオルトロット公爵も深刻そうな表情を浮かべ、ひとりマイラ嬢だけは俺の顔をうっとりと見つめている。


「はい。我が国の女王陛下としてはリースベン国も注意されたしとのことで、私を派遣した次第です。サヴォイアに出現したモンスターがどのような動きをするのか分かりませんので、その後の対応は国ごとにお任せする形になります」


「うむ、それは無論そうなろうな。あい分かった、こちらとしても十分な用意をして迎え撃つことにしよう。重大な情報を報せてくれたこと感謝する」


「は」


「ところで肝心の『大厄災』については、やはり卿が直接相手をするということになるのだろうか?」


 国王陛下の質問に、マイラ嬢がピクリと反応する。


 俺を見る目つきがさらにうっとり度を増しているような……いやまあ確実に増してますね。


「そうなります。古代文明によって造られた『大厄災』用の武器があるのですが、それを扱えるのが私だけのようでして」


「それはまた興味深い話だが……しかし卿の業績を調べさせたのだが、古の英雄たちが束になっても足元にも及ばぬほどであるのだな。卿がその武器を携えるとなれば、これ以上心強いことはあるまい」


「ご期待に沿えるよう力を尽くします」


「うむ、卿の勝利を祈らせてもらおう。それと済まぬが、オルトロット公爵が卿に是非とも話をしておきたいことがあるそうだ。今しばらく話を聞いてもらえぬか。私と宰相は今後のこともあるゆえ退出させてもらうが、よろしく頼む」


「かしこまりました」


 この流れは既定路線だ。以前女王陛下のもとに来た礼状に、公爵閣下が俺に話があると書かれていたからだ。


 国王陛下と宰相が部屋を去り、俺と公爵、そしてマイラ嬢が残された。


「オルトロット公爵閣下、私にどのようなお話がおありなのでしょうか?」


 話しづらそうにしていたので俺の方から水を向けると、公爵は咳払いをしてから頭を下げた。


「うむ、まずは此度の情報提供の礼を私からもさせていただきたい。将としても個人としても、卿にはもはやこの先返せぬほどの恩ができたと感じている」


「は、謹んでお受けいたします。しかし私も女王陛下の命に従っただけですので、過分なお気遣いはかえって心苦しく思います。どうかお顔をお上げください」


「そうさせていただこう。ときに卿は先日侯爵に叙せられたとお聞きした。まずはめでたいこととお喜び申し上げる」


「ありがとうございます。いまだ爵位にふさわしからぬ身ではありますが……」


「卿がふさわしくないのであれば、ふさわしい人間などこの世界にはおるまいよ。卿とは知り合ってそこまで長く関わったわけでもないが、私としても卿ほどの人間はそうはいないと確信している」


 おっと、このほめ殺し感はただごとではないな。人間いくつになっても褒められれば嬉しいものだが、次に来る用件が分かっているから単純に喜ぶわけにもいかない。


 もっともマイラ嬢が我がことのように嬉しそうに頷いているのを見て、悪い気がしないのも事実ではあるが。


「公爵閣下のご評価にあずかり嬉しく存じます」


「まあ卿については誰でも同じであろうよ。無論サヴォイア国の女王陛下もな」


 そこで公爵は意味深な笑みを漏らした。


 さすがに公爵閣下ともなると、俺が王配になるという件は勘付いていらっしゃるようだ。王家の関係者ともなれば、他国であってもそのあたりは容易にたどりつく話であるのだろう。


「私自身、卿の存在によって隣国サヴォイアはますます栄えるだろうと考えている。これについては我が国の国王陛下も宰相も同意見でな、我が国としてもサヴォイア国とは長く友誼ゆうぎを結ぶべしとの結論にいたっておる」


「は」


「国同士で友誼を結ぶとなると、やはり王族同士で婚姻関係を結ぶというのが古来からの習わしであることは卿も理解していると思う。そこで卿には是非とも、我が娘マイラをめとってもらいたいと思うのだ。いかがだろうか?」


 予想通りの話だが、さすがに直接言われると重い。


 しかし「王族同士」とおっしゃっているが、俺は「王族」ではないんだよな。もちろん将来的に王族の仲間入りをすることを前提としているのは明らかなのであえて突っ込まないけど。どうやら俺も少しは『腹芸』に慣れてきたようだ。


 ちらとマイラ嬢を見ると、顔を赤くして下を向いてしまっていた。時折上目づかいでこちらを見るのがなんとも卑怯すぎると言いたい。


「無論、卿が件の『大災厄』を倒したのち、その立場が落ち着いてから正式にサヴォイア国に申し出るつもりだ。ただ父親としても、卿が我が娘をどう思っているかは知っておきたいのだ」


「……承りました。その前に公爵閣下にお尋ねしたいのですが、閣下は私のあまりかんばしくない風聞についてはお聞きになっていらっしゃいますか?」


「くっ、ふふっ、もちろんだ。マイラの言った通り、そのあたりも筋を通す男のようで安心した。正直我が娘の様子を見ていると、卿は何をせずとも女性にょしょうを惹きつけてしまうのだと分かる。ちまたで聞くような好色漢とは異なろう」


「ありがとうございます。自分としてもそのつもりではあるのですが……」


 あれ、なんか初めて面と向かって理解していると言われた気がするな。まあ俺の周りの人たちも、それを理解してていじってるだけなのは分かるんだが。


「して、返答はいかに?」


「は。私としましても、マイラ様を妻としてお迎えできるのであればこれに勝る喜びはありません。正式にお申し出いただくことをお待ちしております」


 そう答えると公爵閣下はホッとしたような表情になり、マイラ嬢の方を見た。


 肝心のマイラ嬢は下を向いたまま「……クスノキ様、ありがとうございます」とだけ口にした。明らかに涙声なので詮索するのも無粋だろう。


 とにかくこちらも先のロンドニア女史と同じで、表向きは政略結婚の類である。


 実はマイラ嬢に関しては、話があったら承諾せよと女王陛下にも言われていたので、俺に断るという選択肢は初めからなかったりする。


 もっとも自分自身断るつもりがあったかと言われると……いやもうこれも強制イベントだと思って自分の胃を守るしかないな。一応またエルフの里で胃薬をもらってこよう。

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