11章 魔王軍四天王  03

訓練の場に選んだのは、ロンネスクから走って2時間ほどの場所にある古戦場跡。


三百年程前に行われた『けがれのきみ』の軍勢との決戦が行われた場所で、未だ至る所から立ち上る瘴気しょうきが陽光をさえぎり、緑も生えぬ広大な平野である。


もちろんこのフィールドに出現するのはほとんどがアンデッドであり、一般人はもとより腕のいいハンターですら近づかない無人の地である。


俺はその古戦場跡の入り口で馬車を地に下ろし乗客に降車を促した。


下りて来たのは元気なネイミリアと、ぐったりした3人の聖女主従と神官騎士たち。


前世で言えば新幹線より揺れのない快適な移動だったはずだが、時速100キロに近いスピードはさすがに応えたようである。


自分の足で走って時速100キロはおかしいだろうという感覚はすでに俺にはないので悪しからず。


ちなみにさすがにネイミリアも途中で音を上げたので、馬車に乗ってもらった。


「クスノキ殿……は、どのような……身体能力をお持ち……なのですか?」


強靭な肉体を持つはずの竜人族のカレンナルが、青い顔をして口をおさえている。


「レベルやスキルレベルがかなり高いのと、風魔法を併用してるからね。ここまでは無理にしても、今回の訓練で皆も多少は走れるようになってもらう予定だよ」


神官騎士の誰かが「ひ……っ」とか言ってるようだが、『厄災』が迫っている以上手加減は無用と公爵のお墨付きである。


「さて、小休止したら拠点の設営を始めます。体調を整えておいてください」


俺はそう言うと、インベントリからテントの設営資材や寝具などを次々と取り出し地面に並べる。


ネイミリアも手伝ってくれるが、すでにこれまでの訓練で何度も行っている作業なので慣れたものである。


「クスノキ様は空間魔法までお使いになるのですか?」


いち早く回復したのか、ソリーンが近づいてきて言った。


「ああ。遠征などには便利なんだよ。色々入れてあるから必要なものがあったら言ってくれ」


「はい、その時はお願いします。これが空間魔法……すごいですね。初めて見ました……」


ソリーンが珍しく目を輝かせてインベントリの黒い穴を見つめている。


「さて、それではテントの設営を始めましょう。設営終了後すぐに訓練に入りますので気を抜かないようにお願いします」


ぐったりしていた神官騎士であったが、さすがに選ばれた人間だけあってすぐに回復し、テントの設営を始めた。





鍛錬については、領軍や騎士団と同じように行った。


俺の『生命魔法』と『魔力譲渡』を使い、とにかく出現するアンデッドモンスターと休みなく戦わせる。


10名の神官戦士たちは男女半々であったが、女性は全員『神聖魔法』が使える人間であったので、『光属性魔法』を覚えさせ、俺が作った魔法『ホーリーレイソード』を身に着けてもらった。


『ホーリーランス』に比べて消費魔力は多少上がるが、聖女でない神官騎士でも5等級の『リッチ』を一撃で撃破できる強力な魔法である。


近接戦闘メインの男性陣は『聖水』をふりかけた武器での攻撃がメインだが、彼らにも『光属性魔法』を覚えてもらい、付与魔法の手ほどきを行っておいた。まだ使えるものはいないが、光属性を付与した武器はアンデッドに特効があるため、身に付けられればこれも強力な武器となるに違いない。


なお、ソリーンは魔導師型なので魔法系の能力を伸ばし、カレンナルは近接型なので戦士系の能力を伸ばした。どちらも『光魔法』を覚えたので、戦闘力は見違えるほど上がった。


意外だったのはリナシャで、彼女の装備はメイスと盾という近接系のものであった。


直情径行な言動からはそう見えないが、聖女としての才能は確かで、付与魔法も難なく覚え、『神聖魔法』『光魔法』を付与したメイスはかなり危険な威力を発揮するようになった。


「クスノキ様、魔力をお願いします」


訓練中、ソリーンがやってきて俺に背中を向ける。彼女には普通の属性魔法も強化するように指導しているため、魔力の消耗が激しい。


背中に手をあて魔力を注ぎ込む。


「あ……、ん……っ」


ソリーンの唇から何とも言えない背徳的な吐息が漏れる。『魔力譲渡』はもう何百回と行っているが、こればかりはどうにも困る。特にキラキラ美少女が相手だと罪悪感が加速することこの上ない。


「はぁ……、ありがとうございました。では行って参ります」


ソリーンが青白い頬を紅潮させ、うるんだ瞳を俺に向けてからモンスターに向かっていく。


『魔力譲渡』……これ本当に使いまくって大丈夫なんだろうか。まさか『精神支配』みたいな後遺症があるわけじゃないよな……とちょっと心配になる。


「……ああ、またか」


その時、俺はある『気配』を背中に感じた。


エルフの里から帰ってから時々感じるようになった『気配』。


『気配』というより『視線』に近いものかもしれない。


レベルの高まった俺の『気配察知』ですらギリギリ感じ取れるかどうか……というレベルの『気配』である。


恐らく俺を監視しているという感じなのだろうが、正直思い当たる先はいくつもあって何とも言えない。


害意がなさそうなところ、『隠密』のスキルレベルの高さから考えて『王門八極』に近い手練れ……と考えると、王家の密偵という線が最も可能性が高そうだ。


そういえば、公爵も「王家が目をつけている」と言っていた。


『千里眼』『魔力視』『気配察知』で見た限り魔力の質は普通の人間のもので、『厄災』関係者ではなさそうである。


「師匠、どうされました?」


俺が『千里眼』を解除すると、ネイミリアが不思議そうに尋ねてきた。


「いや、少し周囲の様子を確認していただけだよ。どうやら俺を監視している人間がいるらしい」


「えっ、それって……」


「普通にしててくれ。特に害はないようだから、しばらくは放っておこう」


周囲に目を走らせようとしたネイミリアを止めて、俺は言った。


「大丈夫なんですか?」


「多分王家の関係者だと思う。追い返してもどうせまた来るし、気付かない振りをしていた方がいいと思う」


「そういうものなんですか。分かりました、師匠がそう言うなら従います」


「そうしてくれ。さて、そろそろ今日は終わりにしようか。どうやらボスが出てきたようだし」


見ると、リナシャたち3人や神官騎士たちの前に、巨大なトカゲ型ゾンビ数体が現れていた。


解析すると、『アースドラゴンゾンビ』という6等級のアンデッドのようだ。


彼らが神聖魔法と近接攻撃でそれらを容易く撃破するのを見て、この実地訓練も上手くいきそうだと、俺はホッと胸をなでおろした。

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