23章 悪神暗躍(前編)  02

御前会議のあと自分の今後の動きを女王陛下とヘンドリクセン老に伝えて、俺は一度ロンネスクへと戻った。


ロンネスクはリースベン国との国境に比較的近い所にあり、領主のコーネリアス公爵閣下は今回の防衛戦では出兵も含めてかなりの対応が迫られることになる。


無論すでに公爵閣下は準備を始めているだろうが、先程会議で決まったことなどを伝える必要もあり、俺はすぐにコーネリアス公爵閣下のところへ向かった。


公爵の館はやはり人の動きが慌ただしくなっていたが、俺が用件を告げるとすぐに執務室に通された。


執務室には公爵閣下のほか、アメリア団長、そして数名の公爵の側近がすでに席に座っていた。


どうやら会議の途中であったらしい。


「クスノキ卿、ご苦労であったな。まずは座るといい」


公爵閣下のすすめに従い、アメリア団長の隣の席に座る。


「さっそくだが、御前会議にてもたらされた新たな情報があれば伝えて欲しい」


「はっ、まずはリースベン国の軍勢ですが――」


侵攻軍の規模から始まり、『悪神』の存在と、その眷属への対応などを一通り話す。


面々は静かに聞いていたが、その雰囲気が多少重くなっていくのは仕方ないだろう。


リースベン国の軍勢はほぼ全軍の10万、ここに『王門八極』と同等の『三龍将』全員が加わり、さらに『悪神の眷属』が暗躍しているとなれば、顔色も悪くなろうというものである。


俺が話し終えると、公爵閣下が口を開いた。


「思ったよりも状況はかんばしくないようだな。サヴォイア国内が『厄災』の対応で疲弊気味であることを考えれば楽観視はできん。さて、まず考えるべきはリースベンの侵攻をとどめることだな。ただちに出兵可能な数はどれほどか」


問われて側近の1人が答える。


「は、取り急ぎ15000、物資と共に送れるかと思います。準備ができ次第さらに8000を派兵可能です。ただしそれ以上はロンネスクの守りが薄くなりますので難しいかと」


「ふむ、本来ならばもう少し出したいところだが確かに難しいか。ニールセン卿、都市騎士団が出ることは可能か?『三龍将』が来るとあっては、兵の数を揃えるよりニールセン卿の力があった方がよいだろう」


「は、ご命令とあれば出陣いたします」


アメリア団長が軽く礼をして答える。


そう言えばメニル嬢も『三龍将』の対応で出陣するという話であった。


彼女らが戦場に行くのは立場上当然ではあるのだが、さすがに仮の婚約者としては気になるところではある。


特に『三龍将』が『王門八極』と対等の力を持っているということになれば、無事に済まない可能性も大いに出てくるのであるし。


「『三龍将』は私が相手をしてもよろしいのでしょうか?」


そう考えたら自然と口に出てしまっていた。


まあでも『三龍将』を倒すのは明らかに必須イベントだし、しょうがないよね。


「ほう? クスノキ卿が相手をしてくれるのであれば『三龍将』も恐るるに足らんということになりそうだが、そこまで手が回せるのか?」


公爵閣下が少し目を開く。俺が進んで表に出ようとするのを不思議に思ったのだろう。


「『三龍将』が『悪神の眷属』に憑依されている可能性もあります。その場合、下手をするとこちら側の手練れが『闇属性魔法』に落ちることもありえます。ですので耐性スキルを持つ私が対応をするのが一番よいかと」


「ふむ、もっともだな。しかしそうなると卿の功績が天にも届いてしまいそうだな」


公爵閣下が皮肉っぽい笑みを浮かべる。むろんそれは悪意のある皮肉ではなく、「このまま功績を増やしたら上位貴族一直線だぞ」というからかいだろう。


まあすでに伯爵は内定しているし、ほぼ手遅れなんですが。


「いずれにしても都市騎士団には出てもらう。極めて練度の高い部隊であるからな」


「は、急ぎ準備をします」


アメリア団長はそう答えつつ、俺の方をちらりと見た。


手柄を横取りしたことを不満に思っているのか……と思ったらそうではなく、かすかに笑っているようだ。はて、何か喜ばせるようなことを言っただろうか?


「さて、では次に潜入している可能性のある『悪神の眷属』への対応だ。『魔力視』スキル保持者が必要ということだが、所持スキル調査の対象になっていたか?」


「はい、『魔力視』は調査しております。数は報告書を見てみませんと分かりませんが、5名は確実にいたと記憶しています」


「よろしい。急ぎスキル所持者を集めよ」


というわけで、こちらも対策会議は進んでいくのであった。


議題が上意下達でスパスパ片付いていく様子は、あのグダグダだった弊社の会議と比べるともはやエンターテイメントに近いものがあってちょっと楽しかったりする。


しかし会議の掛け持ちとか、いよいよもって前世の生活に近づいてきたなあ。





公爵邸での会議が終わると、もう陽が沈みかけていた。


久しぶりに会った気がするアメリア団長を誘って、家に向かう。


緊急時ではあるが、リースベン軍が国境に姿を現すまでにまだ一週間以上はかかる。


アメリア団長も立場上これから忙しくなるだろうが、今日くらいはゆっくりしても罰はあたるまい。


「アメリアさん済まないね、なんか手柄を奪ってしまうような話になって」


先程の『三龍将』の件を一応確認しておく。事情があるにせよ、仕事で他人の活躍を奪うのはタブー中のタブーであるし。


という俺の心配をよそに、アメリア団長はフフッと笑って身を寄せてきた。


「手柄など大した問題ではない。ケイイチロウ殿は私の心配をしてくれたのだろう? 『三龍将』が相手となれば、私でも無事で済むとは限らんからな」


「そうなんだけどね。心配をすること自体がアメリアさんをないがしろにしてると思われるんじゃないかと気になって」


「ふむ、確かにそうとらえる向きもあるだろうが、婚約者に心配されて気分を害するほどねじくれてはいないつもりだぞ?」


「もちろんそれは分かってるよ。でもアメリアさんも自分の強さに自負はあるだろうし、それを傷つけるのは俺の本意ではないことは分かって欲しいんだ」


俺がそう言うと、アメリア団長はあろうことか腕を組んできた。


いやちょっと確かに婚約者同士ではありますが、ロンネスクの有名人同士が通りでこういうのはちょっと人目が……


「まあ素敵……!」


とか通りすがりのおばちゃんが目を輝かせてるし。


え、そこのお母さん、子どもの目を塞ぐのはどういうわけなんですかね? そんな破廉恥なことはしてないんですが。


「貴殿を前にしたら私の強さなどいかほどのこともない。自負をもつのも相手による。むしろ気遣いをされて嬉しく感じるくらいだ」


「うん、まあ、そういうことなら……」


とかやっているうちに家に着く。


玄関で飛びついてくるアビスを撫でながら家に入ると、すでに料理のいい匂いが漂っている。


台所にいたラトラが気付いて出迎えてくれる。


だいぶ見慣れたといっても、ラトラの猫耳メイド姿を見ると、どうしても自分が犯罪者になった気分になってしまうな。


「ご主人様おかえりなさいませっ!アメリアさんもようこそ。今料理を作り始めたところなので、少しお待ちください」


「ただいまラトラ、急に戻って済まないね。皆帰っているのかな?」


「ネイミリアさんとサーシリアさんはまだハンター協会から帰ってきていません。何か緊急の用件があって朝から行ったままです」


「ああそうか、そっちも大変なんだな」


ハンターもハンター協会も、もちろん戦争とは直接関係することはない。


ただ領軍や都市騎士団が出陣するとなれば、対モンスターの戦力としてハンターたちの重要度が上がるのは確かである。


公爵閣下とつながりのあるアシネー支部長としても、力のあるハンターたちを事前に統制しておく必要があるのだろう。


「何かあったのですか? ご主人様のお帰りが早くなったのも関係があるんでしょうか」


「そうだね、ちょっと大変なことがあってね。皆が揃ったら話をしようか」


「はいっ。まずはお夕食を用意しますね」


台所に戻っていくラトラ。向こうでエイミがこちらに顔を見せ、訳知り顔で軽く礼をする。


さすがに彼女は戦争が始まることをすでに知っているようだ。


さて、まずはサヴォイア国に潜入しているであろう『悪神の眷属』を退治するイベントからだな。


人を動かす立場にはない以上できることは限られているのだが、その中でもできるだけ効果的に動かなくてはいけない。


その辺り、ネイミリアやサーシリア嬢たちとも相談しておきたいところだな。


俺はアメリア団長とリビングで一休みしつつ、アビスにいつものペーストを食べさせてやりながら、皆が揃うのを待つことにした。

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