23章 悪神暗躍(前編)  01

ロンドニア女史の元を辞した俺は、ひとまず転移魔法でサヴォイア国に戻ることにした。


カレンナル嬢はローシャンにいましばらくとどまるということで、俺一人での移動である。


直接女王陛下に奏上に向かおうとも思ったが、重要案件なので一旦ロンネスクに戻ってコーネリアス公爵閣下に話を通したあと、首都に転移して城に向かった。


城の正門に着くや否や出迎えの官吏に促され通されたのは、女王陛下と大臣クラスの重鎮たち集まる会議室であった。


城では顔パスに近い扱いをされているとはいえ、このレベルの御前会議にはもちろん出たことなどない。


仕事できるオーラバリバリの重鎮たちの視線を浴びて俺が入り口で呆けていると、奥にいたリュナシリアン女王陛下がニコリと笑った。


「おお、待っておったぞクスノキ卿。とりあえず席につくがよい」


と言って示されたのは女王陛下のほぼ隣の椅子だった。


ちょっと待ってください、そこは間違いなく上座ですよね。名誉男爵風情が座る場所では間違ってもないと思うんですが……。


しかし陛下の指示であれば否やはない。俺はできるだけ申し訳なさそうな顔をしてその席に座った。


「クスノキ卿、目的のものは手に入ったのか?」


女王陛下が顔を近づけて小声で聞いてくる。


「目的のもの」というのはもちろん『聖杯』のことである。


俺が「はい、間違いなく」と答えると、女王陛下はとても嬉しそうな顔をした。


それだけを見れば本当にただの美少女であるのだが……今その表情をされるとあらぬ誤解を招きませんか陛下?


「んんっ」とヘンドリクセン老が咳ばらいをしたところで、女王陛下はまた国を統べる為政者の顔に戻った。


「皆の者、どうやらいい知らせだ。クスノキ卿が『聖杯』を手に入れてくれたようだ。もし余の危惧きぐが的中したとしても、これで解決がはかれよう」


「おお……」


と重鎮たちの間に感嘆の声が漏れるが、一部いぶかしげな顔をしている人間もいる。


「陛下、その『聖杯』を見せていただくことはできましょうか?」


訝しげ組の一人が声を上げる。まあ当然の提案である。


「クスノキ卿、頼めるか?」


「はい。ただ少し事情がありまして、『聖杯』は今、刀の形を取っております。どうやら杯であったものが鋳直されて刀にされてしまったようです。そちらを取り出しますので勘違いなさらないようお願いいたします」


こう言っておかないと陛下に斬りかかるつもりだと思われてしまうからな。


「また妙なことになっているな。よい、出してくれ」


「こちらです」


インベントリから『聖杯刀タルミズ』を取り出し、女王陛下の前に置く。


「む、これは見た目より重いな」


手に取り、『タルミズ』を抜き放つ。


その動きで分かったが、女王陛下は剣の素養もあるようだ。


「なるほどこれは常の剣とは違う。王家の聖剣ロトスにも比肩しうる名刀か。刀身が露に濡れているが、これは?」


「それが『聖杯』であった証かと思われます。刀身から滴る水滴が『悪神』に対して非常に強い効果を持つようです」


「ふむ、まさか試したのか?」


「はい、実はローシャン国に『悪神の眷属』が侵入しまして、それを討伐いたしました」


そう言うと、女王陛下はまた少女のように目を輝かせた。


「その話、この場で報告してくれるか」


「は」


俺がローシャン国であったことの一部始終を報告すると女王陛下はしばらく目をキラキラさせていたが、やがてまた女王の顔に戻った。


「さて皆の者、今のクスノキ卿の報告を聞く限り、どうやら危惧していた通りリースベンは『悪神』の手に落ちているようだ。それを前提にして、此度のリースベンへの対処を今一度確認したい。国軍の対応はいかにする」


「は。国軍としては国境の手前にて迎え撃つ方針に変わりはありません。北の砦の兵も引き上げさせておりますゆえ、時間が経つほどにこちらが有利になりましょう。問題は先方に『三龍将』の姿が見えることです。彼らの相手は『王門八極』でなければ務まりますまい。なにとぞ『王門八極』を派遣いただきますよう」


「うむ、ヴァンダム卿とニールセン卿、ラダトーム卿を向かわせよう。兵站については問題ないか?」


「は、そちらは問題ございません。すでに追加の物資移送の準備を開始しております」


「ならばよい。国内への対応はいかに」


「は、陛下のご指示があれば、いつでも所定の領主への通達は行えます。ただし、各領主の派兵数は所定より減ずることになるかと」


「各領主とも『厄災』の影響でモンスターの対策に追われているからな。そこは多少理解を示さねばなるまい」


「陛下、『悪神の眷属』がサヴォイア国内にも侵入している可能性がありますまいか。もしそれらが内応するようなことがあれば大事となりましょう」


「む、確かにそれはありうるな。クスノキ卿、見分ける術はあるのか?」


「『魔力視』のスキルを持つ人間なら可能かと。独特の魔力を持っておりますので。ただし『悪神の眷属』は強力な『闇属性魔法』を使う8等級のモンスターですので、見つけた場合手出しは無用でお願いします」


「討伐は卿に任せても?」


「連絡いただければいたしましょう」


「ということだ。『魔力視』持ちの人材を全員動員せよ。希少スキルゆえ人員は少ないであろうから、監視させる場所は選ぶ必要があるな。各領主にもすぐに伝えよ」


「はっ」


という感じで会議は進んでいく。


どうも自分は『厄災』対策の顧問みたいな扱いらしいのだが……どうやら会議の流れから自分の動きを決めよ、という意図が女王陛下にはあるようだ。


無論一番安直なやり方としては、俺が単身リースベン国に乗り込んで、国王を操っているか乗り移っているであろう『悪神』を討伐してしまうことだ。


ただ恐らく、それでは『悪神』討伐フラグが十分に立たない気がするんだよな。


起こりうるいくつかのイベントを順に攻略しないと、大元には辿りつかない……そんな気がする。


相変わらずのゲーム脳で申し訳ないが、そう考えるとクリアするべきイベントがこの会議で見えてくるのも確かであった。

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