19章 凍土へ(前編)  08

正体を知られたことが分かった老人の変貌ぶりは見事だった。


皺だらけの顔が醜く歪み、痩せた身体が一瞬にして膨れ上がると、俺より頭一つ大きい巨漢となったのだ。


「やはり貴様が魔王様のおっしゃっていた男かッ!!しかしなぜ分かったッ!?」


答えは簡単、ギラギラオーラが見えた時点で『解析』していただけです。と言ってもどうせ理解してもらえないだろうから黙っておく。


しかし魔王は結構な策士のようだ。ここに四天王を配するということは、バルバネラが密かに裏切ることも計算に入れていたということだ。


我々以外の部隊が送り込まれていたなら確かにここで全滅であったろう。


ただ問題は俺が来ることも計算にあったはずで、それならば四天王一人では足りないことも分かっていたはずだ。


「ふんっ、儂のこの姿を見ても眉一つ動かさんとはよほど余裕があるようだの。だが、これを見てもまだその余裕がたもてるかのう?」


あまりの『お約束』なセリフにちょっと吹き出しそうになってしまう。


が、次に示された状況は中々に笑えなかった。


「来るのだ、リルバネラ」


四天王コネリタに指名され前に出てきたのは、まだ10歳ほどに見える、1人の幼い少女だった。


ぐっと唇を噛んでコネリタを睨むその顔にはどことなく既視感がある。名前からしてもバルバネラの妹さんであろう。


「この娘はバルバネラの妹での。大方貴様はバルバネラにこの娘の救出でも頼まれておるのであろう? しかし残念であったの。この娘には儂が仕掛けをしてあって、儂が死ねばこの娘も死ぬようになっておる」


そこでコネリタは「くはッ」と笑った。


なるほど、これが対俺用の切り札というわけか。これも前世のメディア作品群では比較的『お約束』の状況ではある。


ただまあ、その「仕掛け」とやらは大方察しがついてるんだよな。




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名前:コネリタ

種族:凍土の民 男

年齢83歳

職業:傀儡師

レベル:86

スキル:

格闘Lv.13 短剣Lv.18 投擲Lv.13

四大属性魔法(火Lv.16

水Lv.15 風Lv.15 地Lv.19)

算術Lv.3 魔力操作Lv.6 魔力回復Lv.2 

状態異常耐性Lv.9 魔法耐性Lv.9

傀儡の糸Lv.9 傀儡の虫Lv.9

気配察知Lv.7 暗視Lv.11 隠密Lv.13

俊足Lv.11 縮地Lv.10

剛力Lv.19 剛体Lv.20 不動Lv.10 

瞬発力上昇Lv.7 持久力上昇Lv.18 


称号: 長老  魔王軍 四天王

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これがコネリタのステータスだが、『傀儡くぐつの糸』『傀儡の虫』、この二つがポイントだろう。


メディア作品群の記憶を辿たどれば、前者は「見えない糸で対象を操る」後者は「虫を寄生させて対象を操る」みたいな感じと察しはつく。


で、レベルの上がりまくった『魔力視』で見れば、そのどちらも丸見えであった。


リルバネラ以外の凍土の民には糸らしきものが絡みついており、リルバネラの首の後ろ辺りには小さなモンスター……『虫』がくっついている。


幸い今のところその虫がリルバネラに器官をしこんでいるみたいなエグいことはないようだ。


「言っておくが貴様たちが逃げてもリルバネラは殺すでの。さて、では正々堂々と戦おうではないか、魔王様の影をほふった男よ」


「なにが正々堂々よ、この因業いんごうじじいっ!」


瞬間湯沸かし器聖女リナシャが沸騰ふっとうするが、そこはソリーンにおさえてもらい、皆は下がらせる。


「師匠……っ」「ご主人様っ」「クスノキ様……」


心配そうな顔をする皆に「大丈夫」と言っておく。


さて、この状況を打破するにはいくつか選択肢があるが、やはり一番頼れるのは念動力だろう。前世からの持ち越しスキルであるし、レベルも一番高い。


それが決まればあとはコネリタのスキルがどの程度かを見極めるだけだ。


俺が前に出ると、コネリタは口を歪めて笑った。


「覚悟は決まったかの。儂が直接相手をしてもよいのだが、まずはこやつらにやらせようかのう。隠棲派などという腰抜けどもの家族にもたまには働いてもらわんといかんしの」


何本かの『傀儡の糸』がピンと張ると、凍土の民の中から何人かが操られたように飛び出してくる。


その顔は一様に引きつっており、自分の意志とは無関係に身体が動いていることを示していた。


彼ら……女性や子供、老人である……はそのまま俺の方に走ってくると、素手で俺に攻撃を始めた。


なるほど本人の能力とは無関係に強力な攻撃が放たれるようだ。俺は攻撃を素手ですべて弾きながら、『傀儡の糸』の能力を探る。


試しに偶然を装ってその糸を手刀で一本切断してみる。


糸そのものに大した強度はない。物理的に糸で操っているわけではなく、その糸を媒介にして魔力的な何かを送り込んで操っているようだ。そして切断しても副作用的なものはない――。


そこまで分かれば十分だろう。


「くはッ! どうした、反撃してもよいのだぞ。そやつらなど貴様にはただの泥人形も同然ではないのかのう」


コネリタがさらに糸を手繰り、新たな凍土の民を戦いに参加させてくる。


俺は彼らの攻撃を避けつつ、まずは小さな弾丸を生成する。


念動力で凍土の民を迂回させ、コネリタの横に立つ少女・リルバネラのうなじ付近をめがけて側方から高速度射出。


狙いは過たず、金属球はリルバネラの首の後ろにいる『傀儡の虫』だけを貫通、消滅させた。


「な……っ!?貴様何をしおったッ!?」


『傀儡の虫』消滅時にコネリタの身体がビクンと跳ねた。なるほど確かに何かつながりがあったらしい。


俺は質問を無視し、インベントリからオーガの斧を5本取り出し念動力で操作。


随分前に『悪神の眷属』を倒した時以来の技だ。


その5本の斧を縦横に飛翔させ、部屋中に広がった『傀儡の糸』をすべて切断。


直接コネリタを倒してもいいのだが、操られている状態では影響があるかもと考え、一応保険のために他の凍土の民も解放しておく。


「我が術をすべて見切ったというのかッ、なんという人間ッ。だがこ奴だけはッ」


切り札をすべて失ったコネリタは、しかし直接俺と戦う選択は取らなかった。


直接戦闘では勝てないと最初から踏んでいたのであろう、コネリタの腕が伸びる先には呆然と立ちつくすリルバネラ。


人質に取ろうというのではない、彼女を殺そうという動きだった。俺たちの任務を失敗させる選択を取ったのだ。


到底止めることのかなわない距離。


しかし俺には――


『瞬間移動』でリルバネラの前に移動した俺の右拳は、完璧なカウンターでコネリタの顔面をとらえた。


超高レベルの身体能力を乗せた拳は容赦なく四天王の頭部を粉砕する。


むくろとなったコネリタの身体は地に崩れると、もとの老人の身体へと戻っていった。


「師匠っ!」「ご主人様っ!」「クスノキ様!」


勇者パーティの面々がホッとした顔で集まってくる。


「心配かけて悪かったね。俺は大丈夫だから、凍土の民の皆さんをみてやってくれないか。怪我をしている人がいたらネイミリアとソリーンは生命魔法を頼む」


無事を祝うのも大切だが、まずは状況の収拾をつけることが先だろう。


皆もそれを理解してかすぐに倒れ伏している凍土の民たちの介抱を始める。


「あ……ねえ、みんなは大丈夫なの?」


その時、後ろから幼い少女の声が聞こえてきた。


俺は振り返り、膝を折って視線の高さを少女……リルバネラに合わせた。


やはり背格好から10歳位にしか見えない少女である。


角や羽、尻尾があるのは他の凍土の民と同様。


癖のある黒髪を左右でまとめているのは姉・バルバネラに合わせているのだろう。


しかし気の強そうなつり上がった目は、いつも眠そうな姉のそれとは正反対だ。


「ああ、大丈夫だ。俺はクスノキ、サヴォイア女王国でハンターをしている。ここへは……」


「知ってる。お姉ちゃんが言ってた勇者もどきの人でしょ。わたしたちを助けに来るって言ってた。ふぅん、本当に来てくれたんだね」


リルバネラの口調は歳の割にかなりしっかりしている。ただちょっと、俺を見て微妙に後ずさりしているような……


「ええと、まずはお礼を言っておくね。ゲイズロウもアレだったけど、長老もかなりヤな奴だったから倒してくれてありがとう。それとわたしとみんなを助けてくれてありがとう」


「ああ、どういたしまして」


そう言って俺は微笑んだつもりだったのだが、リルバネラは今度は目に見えて後ずさった。


「でも、お姉ちゃんが言ってたんだけど、勇者もどきさんは小さい女の子が好きなんだよね? なんか無理矢理好きになる魔法とかかけられるって。だからそれ以上近寄るのはごめんなさい」


頭をペコッと下げると、リルバネラは急いで近くの女性の影に隠れてしまった。


俺の脳が彼女の言葉を理解するまで、多少の時間を要したのは仕方ないだろう。


「あ、いや、それは違……えぇ……」


キラキラ幼女が向けてくる猜疑心さいぎしんたっぷりの視線を受けて、俺は膝を折った状態でガックリとうなだれた。

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