19章 凍土へ(前編)  09

ネイミリアたちの介抱のおかげもあり、ほどなくして人質たちは全員状態が回復した。


その中で一番中心人物となっていそうな老齢の男性に話を聞くと、やはりコネリタが罠を張るために協力させられていたようだ。


バルバネラが言っていた「魔王派」「隠棲いんせい派」の対立や、彼らが人質となって「隠棲派」の若者が戦争に駆り出されているという状況も事実らしい。


「隠棲派」が南の国の人間と争う気がないこと、大昔の恨みなどももうこだわりがないということも確認がとれた。


ただこの魔王城に魔王がいるのかどうか、軍を率いていた魔王が本物なのか影なのか、ということについては分からないとのことであった。


となると、魔王城については攻略をいったん中断し、出陣した魔王軍に対処するのが先に思える。


俺がその旨を皆に相談すると、


「わたしもその方がいいと思いますっ。兵隊さんや凍土の民の皆さんが無駄に傷つくのは見過ごせませんっ」


「『厄災』が他にもいる以上、大規模な戦闘での損失は避けたいところですね」


ラトラとエイミが感情面と論理面から賛成してくれ、他の皆も頷いてくれた。


のだが……、


「最上階にいる魔王様が許可しないと、このお城からは出られないってお姉ちゃんが言ってた」


というリルバネラの一言でご破算になってしまった。


それでも俺がインチキ能力でなんとかすればいいのではと一瞬考えるも、いつもの強制イベントなんだろうと思い直す。


「……仕方ない、最初の予定通り魔王がいる場所を目指そう」


「そうですね。でも師匠、どうしてあの子……リルバネラちゃんでしたっけ? あの子に避けられてるんですか?」


ネイミリアが不審がるように、リルバネラはいまだに女性の影に隠れて俺の様子をうかがっている。しかもあろうことか、数名いる他の同年代の女の子たちもそれにならって隠れているのである。


「クスノキさん、まさかリルバネラちゃんに何かしたの?」


「えっ!? まさかそんな……クスノキ様が……」


リナシャがひどいことを聞いてくるのはもう慣れたが、ソリーンの真剣な反応はちょっと傷つくんだよなあ。


「いや別になにも……」


と無実を主張しようとする俺の言葉を、リルバネラの声が遮った。


「お姉ちゃんがクスノキっていう人には気をつけろって言ってたの。わたしくらいの女の子は、魔法で好きになるようにさせられちゃうって」


「ええっ!?」


いやそこは勇者パーティの皆さんにはすぐに否定してもらいたいところなんですが。


どうしてエイミさんはラトラを抱き寄せているんでしょうか。


ネイミリアは「やれやれ」みたいな顔してるし、ソリーン様は「もう少し早く出会っていれば」とか言ってるし。


ああ、凍土の民のお母さん、娘さんを隠さなくてもいいですよ。そんな事実は……ちょっとだけあった気もしますが意図してのことではありませんので。


急ぎ俺のパブリックイメージの回復に努めたいところだが、今はそれどころではない。


俺は気を取り直し、人質になっていた『隠棲派』の人たちに向き直った。


「どうやらバルバネラ嬢はなにか勘違いされているようです。さて、我々はこれから魔王を討伐に向かいます。皆さんにはここでお待ちいただくことになりますが、食料と武器を置いていきますので、そちらを使ってしばし自衛をお願いいたします」


凍土の民もニルアの里のエルフと同様、厳しい環境で育ったせいで戦闘力はかなり高いらしい。それでも5等級はちょっと厳しいだろうが、地下にはモンスターは基本来ないらしいので大丈夫と判断するしかない。


俺がインベントリから食料などを取り出して並べると、『隠棲派』の……とりわけ子どもたちの目の色が変わったように見えた。


恐らく十分に食べ物を与えられていなかったのだろう。リルバネラすら警戒を忘れて近寄ってくる。


「ではしばらくお待ちください。必ず戻って参りますので」


そう伝えて、まだ微妙な空気で俺を見てる勇者パーティをうながして階段を上って行こうとすると、背後からリルバネラの声が聞こえた。


「がんばってね。もしお姉ちゃんを助けてくれたら、ほっぺたにキスくらいならしてあげてもいいから」


普通なら微笑ましい声援にしか聞こえないはずなのだが……どうも火に油を注がれた気しかしないのはなぜなんだろうなあ。




さて、ともかくも魔王城攻略である。


地下に来たときと同じように、俺の『罠感知』改め『最適ルート感知』スキルを全開にしてラストダンジョンを最短距離で踏破していく。


俺はルート案内と魔力および体力回復役に専念し、戦闘は勇者パーティに任せているのだが、階を上るごとに彼女らの殲滅せんめつ能力が目に見えて上がっていくのが分かる。


すでに6等級のモンスターすら見事なコンビネーションで瞬殺であり、階層のボスで出現する7等級も苦戦することは一切ない。


さすがに7等級が複数となると……と思っていたのは最初だけで、すでに3体までなら余裕で対応するレベルである。


正直ネイミリアとラトラはすでにハンター3段位、『王門八極』レベルに片足を踏み入れていると言っていいだろう。


そして7階層、どうやらここが最上階のようで、階段を上がると広い回廊が奥に伸びており、突き当りに禍々しい文様を彫った重厚な扉があった。


耳をぴくぴくさせてラトラが俺を見上げる。


「ご主人様、ここってもしかして……」


「ああ、どうやらようやく着いたようだ。皆、あと一息だけど体調は大丈夫か?」


「私は問題ありません師匠」


「私も大丈夫っ」


「わたしも大丈夫です、ご主人様っ」


他の皆も力強く頷いたので、扉の前まで進んでいく。


やはりここも扉を開けるのは勇者だろう、というわけで、ラトラに扉を開けるよう促す。


様式美としてはいきなり奇襲もないだろうが、もちろんフォロー態勢を万全にしておくのは忘れない。


ラトラが手を触れると、それだけで重厚な扉はすうっと左右に開いた。


その先にあるのは、真紅のカーペットが奥の玉座まで続く謁見の間。


生物的なデザインの玉座には、六枚の翼を持った壮年の男が足を組み、頬杖をついた状態で座っている。


俺たちが10メートルほどにまで近づくと、その男はようやく重々しい雰囲気で口を開いた。


「ヨウコソ魔王城ヘ。ソシテヨクゾココマデ辿リ着イタ。ソノ勇気ト力トヲ称エ、勇者一行ヲ歓迎シヨウ」


お決まりっぽいセリフを話す男の前に、ラトラが進み出る。やはりここも勇者が答えないと様にならない。


「わたしはラトラ・オルクス。勇者と言われています。あなたが魔王ですか?」


「ソノ通リダ小サキ勇者ヨ。フム、弱クハナイガ、ココニ至ルニハマダ足リヌヨウニモ見エルナ」


「そうかもしれません。でもわたしには強い仲間がいますから、何の問題もありません」


「ドノ勇者モ似タヨウナ事ヲ言イオッテ、虫酸むしずガ走ルワ。ダガコノ度ハ、余モ無策トイウワケデハナイ」


「地下の人たちならばもう助けました」


「フフッ、ソレハスデニ知ッテオル。確カニアレモ策ノヒトツデハアッタノダガナ」


男は皮肉そうに顔を歪めて笑う。


その笑みを顔に貼り付けたまま、男は視線を俺の方に向けた。


「勇者トモドモ貴様ヲ滅ボセルノハ僥倖ぎょうこうト言ウヨリホカハナイ。貴様ハ危険スギル。理ヲジ曲ゲル異物メ」


「異物は酷い言われようだが……ふむ、やはりお前は『魔王の影』か。策と言うのは我々を足止めしてこの城ごと爆発させるとかそんなところか?」


城で戦った奴と似ていると思って解析すると、やはり目の前の男は『魔王』本体ではなかった。


その『魔王の影』が俺ごと勇者パーティを滅ぼすと言うのだから、その程度の策は用意しているだろう。


魔王は俺が『影』を瞬殺できることを知っているのだし。


「ヤハリ貴様ハ異物ヨ。ナゼコチラノ策ヲイトモ容易たやすク見破ルノカ」


いやそれはほとんど偶然が重なっただけなんですけどね。まああちらとしてはそうだとしても気持ちの悪い話か。


「ダガ此度ノ策ハ見破ロウトモスデニ遅イ。我ガ術ハスデニ発動シテイル。逃レル術ハナイ」


「師匠、膨大な魔力が城を包んでいるみたいです!」


ネイミリアが叫んだように、確かに凄まじい圧の魔力が立ち上ってくるのが分かる。


これだけの魔力が暴走したら……それでも勇者パーティくらいは多分守れる気もするが、地下の人質たちを見捨てるわけにもいかない。


「クスノキ様、急いで逃げましょう!」


さすがのエイミも大きな声を出す。皆の顔にも今までにない緊張と焦りがうかがえる。


「そうしよう。でもその前に」


俺は『瞬間移動』で『魔王の影』の正面に移動、その首を大剣で落とす。


「フハハハハハ、余ハ影、余ヲ倒シテモ術ハ止マラヌ。最期ノ時ヲセイゼイ楽シムト良イ」


落ちた首はそれだけ言って黒い霧に変わっていった。

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