19章 凍土へ(前編)  10

「よし、皆集まってくれ。まずは地下に転移する」


「えっ、転移ですか師匠!?」


「いいから早く」


「は、はいっ!」


皆が俺の周囲に集まったのを見計らって、俺は『転移魔法』を発動する。


インチキ能力もここに極まれり。まさか魔王も、山の上から見ただけで自分の『転移魔法』を拝借されるとは思ってもいなかっただろう。


まあ文句を言われても、山の上から見た時に脳内に電子音が鳴ってしまったのだから仕方ない。


足元に魔法陣が展開されると、周囲の景色が一瞬で変化する。


ロンネスクそばのダンジョンで経験したのとまったく同じ感覚だ。


「うそっ、本当に地下に転移したのっ!?」


リナシャの言葉通り、あの地下のロビーのような空間に俺たちはいた。


隠棲いんせい派』の人々が、いきなり現れた俺たちを見て目を丸くしたり腰を抜かしたりしている。


「皆さん、この城はすぐに爆発します!すぐに私の近くに集まってください! 急いでっ!」


俺が叫ぶと、すでに膨大な魔力が溢れているのを感知してたのだろう、『隠棲派』の人々はきびきびと俺たちの周りに集まってきた。


『気配察知』で全員が集まったことを確認する。


「では転移します!」


俺は再度『転移魔法』を発動。行く先は『魔王』が出陣していった集落の南の広場。


景色が変化し、身を刺すような寒さが俺たちの間にすべりこんでくる。魔王城内は随分と暖かかったのだといまさら気付く。


目の前に凍土の民の集落。遠くに異様な光に包まれつつある魔王城が見える。


魔王城の異常に気付いたのだろう、集落のあちこちの建物から凍土の民が出てきて城を指さしたりしている。


「師匠、あれってどういう術が使われているんでしょうか?」


余裕を取り戻したのか、ネイミリアがいつもの魔法マニア面をのぞかせる。


「分からないけど、地下に魔力を溜めといて暴走させるとかそんな感じじゃないかな」


前世のメディア作品群の記憶で適当に答えると、ネイミリアはなぜかしきりに感心して「魔力圧縮を使えば……」とか「暴走させるには……」とか言っている。


まさか俺の出まかせから新しい魔法とか作らないよねこの娘。


そうこうしているうちに魔王城はまばゆいばかりの光に包まれ、そしてその光は一本の巨大な火柱となり、凄まじい轟音とともに天に上ってゆく。


その火柱の熱は波となって広場まで押し寄せ、その熱が冷める頃には魔王城の姿は完全に消滅していた。


「すさまじい術でしたね。クスノキ様がいらっしゃらなかったら、私たちはきっとあそこで……」


ソリーンが俺の腕を掴んで身を寄せてくる。無意識なのだろうが、その身体が少し震えているのに気付いてあえてそのままにした。


「あ、ソリーンずるいっ」


リナシャがそれに気付いて反対側の腕を掴もうとするのだが……実はそこにはすでに先客がいた。


「あれ? リルバネラちゃん?」


地下室から転移する時は離れていたと思うのだが、こちらに転移してからなぜかリルバネラが俺の腕を掴んできたのだ。


「どうしたの?クスノキさんは危ないんじゃなかったっけ?」


リナシャが腰を折って声をかけると、リルバネラは俺の腕をさらにぎゅっと強く掴む。


「お姉ちゃんのところに連れて行ってもらうの。お姉ちゃんはわたしのせいで戦いに行ったから、わたしが止めないといけないの。ね、はやく連れていって」


そう、この『魔王討伐』イベントはまだ終わりではない。


戦場に向かい、『魔王』本体を討伐し、大規模戦闘を止める。そこまで完遂しなければ攻略完了とはならないのだ。


俺は次にやるべき行動に頭をめぐらしつつ、それでも皆には小休止を取るように指示した。


リルバネラが急かすそぶりを見せるが、「急いでも、失敗したら意味がないだろ? 皆疲れているから、少しだけ待ってあげてくれ」と言って落ち着かせる。


俺もこの仕事が終わったらしばらくは休みたいのだが……そんな願いが叶えられる可能性がないことは、前世で嫌というほど思い知ってるんだよなあ。






人質になっていた『隠棲派』の人々については、リーダー格のご老人と話し合った結果、この集落に残ってもらうことになった。


もちろん集落にはまだ『魔王派』の人間が残っており、彼らと衝突することを危惧したのだが、


「いえいえ、『魔王派』と言っても『魔王様』と共に戦おうというのは血気盛んな男と、一部の年寄りだけなのです。それ以外は争いを好むわけでもありません。今集落に残っている者が我々に何かするということはございませぬ」


ということであった。


彼らに食料を与えて自分達の家に戻るよううながしてやると、広場の中央には勇者パーティとリルバネラだけが残った。


遠巻きに集落の人々が見守る中、俺は皆を集めた。


「よし、じゃあ転移魔法で砦まで戻るぞ。もしかしたらすでに戦闘になっているかもしれない。そのつもりで準備をしておいてくれ」


「はいっ」


「向こうでは我々は魔王を倒すことに全力を注ぐ。もちろん周りのモンスターや兵を倒さなければならないだろうが、そこは俺がなんとかしよう。戦場は常に状況が動くから、俺の指示には十分注意を払ってほしい」


後半は前世で読んだ小説か何かの受け売りだが、まあ間違ってはいないだろう。


俺は彼女たちの返事を聞いて、『転移魔法』を発動する。


魔法陣が広がり、周囲の景色が変化する。


さすがに超長距離の転移だけあってごっそりと魔力を持っていかれた感覚はあったが、この身体にはそれ以上の影響はない。


転移したのは俺たちが砦に行った時に宿泊した部屋だ。


もちろん『転移魔法』を大っぴらに見せるのは問題があるだろうと考えてのことである。


来賓用の部屋らしいので、もしかしたら首都から追加で派遣された『王門八極』のメンバーあたりがいる可能性はあったが……そこは諦めることにする。


「ぬおっ、なんじゃっ!?」


転移を完了すると、目の前に巨大なつちを構える大柄なドワーフの戦士がいた。


彼は大きな目でこちらをギロッと睨みつけていたが、俺の姿を認めると緊張を解いた。


「なんと、お主はクスノキ卿ではないか。部屋に女子を引き連れていきなり現れるとは、相変わらず奇怪な男よのう」


長いあごひげをさすりながら槌の柄を床にドンと置いたその筋肉質の戦士は、首都での『魔王の影襲撃事件』の際知り合った『王門八極』の1人、ガストン・ドータム卿であった。

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