19章 凍土へ(前編) 07
翌朝準備を整えた俺たちは、魔王城へと一気に山を駆け下りた。
まあ実際に駆け下りたのは俺一人で、勇者パーティの皆さんは馬車内でエレベーター体験をしてもらっただけであるが。
『気配察知』で分かってはいたが、魔王城には城壁がなく、しかも門番すらいないため、あっさりと城の入り口の扉まで辿りついた。
近くで見上げる魔王城はなるほどラストダンジョンにふさわしい
目の前には巨大な金属製の扉。悪魔の顔のようなレリーフ付きである。
その悪魔の顔の口の中に黒い穴……鍵穴が開いているのが見える。
「やっぱりここはラトラが開けるべきかな」
魔王城の鍵を渡すとラトラは「えっ」と一瞬驚いた顔をしたが、すぐにキリっとなって悪魔のレリーフに向かった。
「開けますっ」
口に腕を突っ込んで鍵を回すと、遠くから地響きのような音が聞こえてきた。
巨大な扉がゆっくりと上に上がっていくと、そこにはラストダンジョンへの入り口があった。
「いつもの通りの陣形で突入しよう。行こうか」
「はいっ」
俺を先頭、カレンナルを最後尾として魔王城の中に入っていく。
内部は思った通りダンジョン化しているようだった。明らかに城とは思えない間取りの通路が続いている。
通路の広さ自体は人が横に5人は並べるほど、壁には生物的な彫刻が施され、誰が灯したのか分からない燭台がぽつぽつと壁に並んでいる。
とりあえず一本道の通路を進みはじめると、忍者少女エイミが横に並ぶ。
「クスノキ様、捕虜の居場所は感知できますか?」
「ああ、やはり地下に大勢の人が集まっている場所があるね。そこまでにはもちろんモンスターもいるみたいだけど全部5等級以上だ」
「5等級以上ですか。さすがに『厄災』の本拠地ですね」
と言うものの、今の勇者パーティなら5~6等級は問題にならないだろう。
俺が警戒すべきはトラップと優先順位を定め、『罠感知』スキルに集中力を多めにシフトする。
するとこのスキル、どうやらレベルが上がると階段の位置どころか正しいルートまで感知してくれるらしい。ついにインチキ能力はダンジョン探索までイージー化させ始めたか。
「予定通りまずは地下に向かう。俺はトラップを警戒するから、モンスターの対応は頼んだ」
「はいっ」
俺一人でやるのは簡単だが、彼女らにはまだ経験が必要だ。なにしろ戦えば戦うだけ強くなるキラキラ少女たちであるから、その機会を逃す手はないだろう。
俺はスキルが示すまま下り階段を目指し歩いていく。
途中現れるモンスターはラトラやエイミが感知し次第指示を飛ばし、ネイミリアやソリーンの魔法攻撃、リナシャとカレンナルの物理攻撃で一蹴される。
5等級のマンティコアやグリフォン、果てはオーガエンペラーすらもう瞬殺である。
まあゲーム的な勇者パーティが実際にいたらこうなるのだろうが……彼女らが国軍一個師団に匹敵するようになるのも遠いことではないだろう。
なお必要に応じて『魔力譲渡』『体力注入』スキルを使っているので、俺がいる限り彼女らは際限なく戦えてしまう。
ラストダンジョンで無限経験値稼ぎという新たなインチキが誕生した瞬間である。
ただまあ、それらのスキルを使った時に、彼女らが濡れた瞳で俺を見上げてくるのは非常に胃に悪いのだが……。
それはともかく、複雑な迷宮となっている魔王城1階を迷いなく進むこと1刻、ようやく目の前に下りの階段が現れた。
「あっ、階段ですご主人様!」
「そうだね、ここまで結構時間がかかったけど」
「でも師匠、一度も道に迷いませんでしたね。通路がどうなってるか全部知ってたみたいに歩いてましたけど」
ネイミリアが怪訝そうに見上げてくる。
「どうやらスキルがレベルアップして、目標までの道が分かるようになったらしい」
「ええっ!? いえ、それでこそ師匠ですね。もう驚きません」
腕を組んで鼻を鳴らすエルフ少女に苦笑いを返しつつ、階段の方に向かう。
「じゃあ階段を下りよう。下りるとすぐに捕虜がいる場所になるみたいだ。当然敵もいるだろうから注意してくれ」
「はいっ」
さて、四天王以外の『凍土の民』に会って話すのは初めてだが、一体どのような人たちなのだろうか。
バルバネラが事前に話をしてくれていると助かるのだが……。
地下に下りていくと扉があった。
『気配察知』によると待ち伏せなどもないようなので、そのまま中に入る。
まず目に入ってきたのはホテルのロビーのような空間。
無論豪華だったりするわけではないが、およそ人質を監禁する場所とも思えない。
端にあるテーブルセットにはすでに10人ほどの人間が座っており、それ以外の人間は他の部屋にいるようだ。
座っている人間……『凍土の民』は、やはり短い二本の角と蝙蝠の羽、先が膨らんだ尻尾を持つ悪魔風の出で立ちである。
その10人を見ると、全員女子供と老人である。力の弱い者を人質にして、力の強いものを兵士として使う、というのは道理の通った話ではある。
その中の一人、かなりの高齢と見える男性が俺たちの気配に気づいたのか席を立ち、こちらに近づいてきた。
「このようなところに客人とは驚きましたな。見た感じ凍土の民ではいらっしゃらないようですが、もしや魔王様の軍が敗れたということでしょうか?」
老人の口調は存外に穏やかであった。
他の凍土の民たちも、立ち上がってこちらを遠巻きに見る。
「いえ、恐らく戦いはまだ始まっていないでしょう。我々はサヴォイア女王国の者です。あなた方が
「ほう? それは不思議なことがあるものですのう。なぜサヴォイア女王国の方々が我らを解放するのですかな?」
老人が疑わしそうな目をする。
この感じだとバルバネラから話は通ってないようだ。と判断したいところだが……遠巻きにこちらを見ている凍土の民の目には、すがるような光が宿っているのを俺はすでに感じ取っていた。
「貴方がたが捕らえられていることによって、意に反して戦いに参加させられている者がいると聞きました。我らは無用な血を流すことを好みません。貴方がたを解放することによって戦わずに済む者がいるのなら、その方がよかろうと考えたのです」
「なるほどのう……。しかし誰がそのようなことを言ったのでしょうかな?」
「それは軍事機密ということになります。我々の情報網の話ですので」
俺がちらっと後ろを見ると、ネイミリアの口をエイミがおさえ、リナシャの口をソリーンがおさえていた。何か言おうとしたなうっかり娘たちめ。
コントをやっている少女たちをちらりと見ながら、老人は続けた。
「……まあそうでしょうな。しかしその話には誤りがあるようですの」
「誤り、とは?」
「我らは自ら進んでここにいるのです。何しろここは一番安全な場所ですからな。ですから別に捕らえられているわけではないのです。そうだな?皆の者」
老人が振り返ると、後ろで見ていた凍土の民たちが一斉に頷いた。
「ですので、その意に反して戦う者がいるというのも誤った情報ということになりましょう。さて、そうと知った貴方がたはどうなさいますかな? それこそ我らを略取し、人質とするのでしょうかな?」
それを聞いて、ラトラが慌てて横に来る。
「そんなことは……っ! ご主人様、どうしたら……?」
あせっているのはラトラだけではないようで、皆も動揺を隠せていない。
だがさすがに王家の密偵エイミだけは落ち着いた顔をしている。彼女はこの老人の言うことを頭から信じてはいないだろう。
俺はラトラの頭をなでて「大丈夫」と言って落ち着かせてやり、老人に向き直る。
「先程も申しましたように、我々は無用な血が流れることを好みません。ですので皆さんが同じ思いであるならば、無理に連れて行くなどということはいたしません」
「うむ、それはありがたいことですのう」
「ただしこちらも任務ですので、こちらにいらっしゃる方全員の意志を確認させていただきたいのです。といっても一人ずつお話を聞くつもりはありません。奥にいる方たちも全員こちらに集めて、先程のように意志を示してくださればそれで結構です」
「む……、ふむ」
老人はこちらを値踏みするように見ながら少し考え、「仕方ありませんな」と言って、他の部屋にいる者たちに出てくるように言った。
奥の部屋から集まってきた凍土の民は約30名、やはり全員女子供と老人である。
『気配察知』によると確かにこれで全員のようだ。
助かった、彼らの中に怪しい者はいないようだ。
目の前に立つ、くどいほどのギラギラオーラをまとった老人以外は。
「助かりましたよ長老殿。それとも魔王軍四天王コネリタ殿と言った方がよろしいでしょうか?」
俺がそう言い放つと、それまで穏やかに見えた老人の顔が、狂気を含んで醜悪に歪んだ。
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