22章 聖杯を求めて  02

その日は午後までアビスと戯れて過ごした。


錬金魔法でミスリル球を生成して転がしてやると、アビスはすっかりそれに夢中になってしまった。


子猫がじゃれつく動きってどうしてこんなに癒されるんだろうか、顔が自然とにやけてしまうのも仕方ないのである(猫好きの条件反射)


そんな俺を見てネイミリアが呆れ顔をするが、いい加減諦めていただきたいものだ。


などと考えていると、どうやら来客があったようだ。


ラトラが連れて来たのは、なんと神官騎士のカレンナル嬢だった。


聖女お付きの彼女が1人で家に来るのは初めてのことである。


「お休みのところ申し訳ありません。クスノキ様にご相談したいことがありお邪魔いたしました」


「気にしないで大丈夫。カレンナルさんも今日はお休みなのかな?」


俺が椅子をすすめると、カレンナル嬢は申し訳なさそうな顔をしつつ頷いた。


「はい、実は訳あってしばらくお休みをいただきました。クスノキ様に相談したいことも、その訳に関係があるのです」


「分かった。とりあえず聞こうか」


ラトラに出してもらったお茶を一口飲んでから、カレンナル嬢は神妙な顔をして口を開いた。


「つい先日、故郷にいる父から帰参をせよとの連絡が参りました。勇者一行の1人として、また大聖女様一行の1人として『厄災』討伐に関わった話を聞きたいとこのことでした。故郷ではそのことがかなり噂になっているようなのです」


「まあそうだろうね。さとの人からしたら英雄だろうし」


「そうなのでしょうか? いえ、それはいいのですが、故郷ではどうやらクスノキ様のことも噂になっているらしく、帰参の際には是非連れてきて欲しいといわれまして」


「え?」


「実は私は、もともと故郷では無能扱いで、いたたまれずこちらに無理に出てきた身なのです。その私をここまで強くしてくださったクスノキ様に、家の者たちが非常に興味をもったらしく……」


カレンナル嬢はそこで少し俯いてしまった。無理難題というほどではないが、面倒ごとを持ち込んでしまったという後ろめたさがあるのだろう。


しかしカレンナル嬢が「無能扱い」というのも妙な話だ。彼女は「無能」には程遠いと思うのだが、何か特別な事情があるんだろうか?


「カレンナルさんの故郷っていうのは竜人の国だったよね?どんなところなのかな」


「国と言ってもロンネスク程の首都があって、あとは農村ばかりの小さな国です。ただ竜人族は武に優れているので、国として独立できているという感じですね。尚武しょうぶの気質が非常に強い国です」


「尚武」、つまり武を重んじる国ということか。ファンタジーでありがちな設定……いや国ではある。


「なるほど、それで俺の力に興味を持ったのか」


「国としてケイイチロウさんを登用しようとか、そういう感じではないんですか?」


サーシリア嬢が久々にやり手受付嬢視点で疑問を投げかける。


引き抜きについては、女王陛下や公爵閣下にも常に念を押されているところではある。


カレンナル嬢はしかし、その質問にはきっぱりと首を横に振った。


「いえ、それはあり得ません。竜人族は自分の力に誇りを持っているので、他の種族の力を借りるという考えがないのです。クスノキ様に関しては、単純に強い者を見たいというだけだと思います。ただ……」


「ただ?」


「近々ローシャン……竜人の国の名ですが、ローシャンで武術大会が開かれるのです。3年に一度開かれる大会なのですが、近隣からも力自慢が参加するかなり大きな大会です。私とクスノキ様をこの時期に呼ぶのは恐らく、その大会へ参加を要請するためだと思われます」


ああ、確かにいつか来るかもとは思っていたんだよな、『武術大会』イベントは。


まさかこのタイミングで来るとは想定外ではあったが……いや、待てよ。


「カレンナルさん、その大会は優勝すればもちろん賞金や賞品なんかがもらえるんだよね?」


「はい。国の宝物庫が開放され、優勝者にはその宝物庫の中にある宝から希望のものが与えられることになっています」


やはりか。


残り二体の『厄災』のうち、『闇の皇子』については対となる『光の巫女』がすでに見つかっているが、もう一体の『悪神』については『聖杯』というアイテムが必要らしい。


しかもその『聖杯』については、今のところ所在不明と陛下がおっしゃっていた。


とすれば、その『武術大会』は重要アイテム『聖杯』の獲得イベントに違いない。


「分かったよカレンナルさん、俺もローシャンに行こう」


「いいのですか!?」


目を丸くするカレンナル嬢。龍の尻尾がピコンと跳ねたのが見えた。


「その宝のなかに、『厄災』討伐に必要な道具があるかもしれないからね」


「なるほど、クスノキ様は常に『厄災』に対応することを考えていらっしゃるのですね。私も見習わなくては」


俺のゲーム脳的思考を真面目なカレンナル嬢に褒められるのはどうも居心地が悪い。


目を逸らすと、そこには絶対零度の視線を向けているネイミリアが。


サーシリア嬢とエイミの視線も心なしか冷えている気がする。


「え、何……?」


「師匠はまた自分の力を見せつけて女性をきつけようとしてるんですよね。チャンスを逃さないその姿勢、さすがです」


いや俺ちゃんと目的を言いましたが……


いくら俺が不名誉な二つ名を持っているからって、そんなことを常に考えているわけじゃ……いや、一度も考えたことないからね?

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