22章 聖杯を求めて  03

というわけで、俺はカレンナル嬢と二人で竜人の国ローシャンに向かうことになった。


もちろん小国とはいえ他国、すでに貴族位にある上に国の重要人物となっている俺がほいほいと行っていい場所でもない。


加えて、すでに超有名人である上に、戦力としても相当に存在感の大きい「もと勇者パーティ」が複数で他国に行くのはさすがに問題があると思われた。


公爵閣下と相談の結果、カレンナル嬢と二人でならよかろうと言うことで、二人での出国となったのである。


ふくれるネイミリアと悲しそうな目をするラトラに「後で一緒に行く」約束をして、俺はカレンナル嬢をともなってロンネスクを発った。


竜人の国ローシャンはサヴォイア女王国の南東にあるとのことだが、ロンネスクからだと馬車で行っても二週間はかかるらしい。


が、もちろん『千里眼』と『転移魔法』の組み合わせを使えば一日もかからずに到着する。


その日の昼前には、俺たちはローシャンの首都を遠くに見渡せる丘の上に立っていた。


平野に築かれた首都ローシャン(国の名前と同じらしい)は、八角形の高い城壁に囲まれた城塞都市であった。


城壁もその中に並ぶ建物も全体的にやや黄土色がかっていて、どことなく南国風のイメージがある都市である。


白や灰色ベースのサヴォイア女王国の都市とは明らかに雰囲気が違い、なるほど他国に来たのだという感慨を強くさせた。


「なかなか堅固そうな城塞都市だね」


俺が感想を漏らすと、隣に立つカレンナル嬢が頷く。


その顔は、久しぶりの故郷を懐かしむという雰囲気ではなく、苦い記憶を思い出しているかのようなそんな表情である。


「以前少しお話しましたが、ケルベロスに襲われて首都が半壊したことがあったそうです。その経験から、かなり守りに力を入れるようになったと言われています」


「歴史のある国なんだ。そういえば尚武の気風があると言っていたけど、それも同じ理由からかい?」


「いえ、それは竜人族がもともと持っている気質なので違うと思います。話によると、ケルベロスに襲われたのはちょうど王が外征に出た時だったそうです。それまでは竜人族の戦士が城壁なのだと豪語していたとかで、そこを改めたとか」


「なるほど。しかしそう聞くと竜人族は相当に力へのこだわりがあるようだね。でも今のカレンナルさんを見ていると、カレンナルさんが無能扱いされるのはおかしい気もするけど」


俺がそう言うと、カレンナル嬢はいくぶん表情をやわらげた。


「私が強くなれたのはクスノキ様のおかげですから。でもそれ以前に、私が無能扱いされたのは、私がブレスを吐けないからなのです」


「ブレスを吐く……?」


いきなり何か想像の斜め上あたりを行く言葉を聞いた気がする。


俺が変な顔をしていたのだろう、カレンナル嬢は慌てて言葉を続けた。


「申し訳ありません、説明が足りていませんでした。我々竜人族はドラゴンの力を持っていると言われているのですが、その証としてドラゴンのようにブレスを吐けるのです。属性などは個人によって変わりますが、かなり強力な魔法に匹敵する威力を持ちます」


「それは……大した能力だね」


「ええ、ですので、竜人族はブレスの強さを個人の能力として重視します。ゆえにそれを使えない私は信じられない程の無能ということになるのです」


なるほど、カレンナル嬢はそういう事情持ちだったのか。


しかしまあ彼女には悪いが、俺としてはキラキラ美人が口からブレスを吐くところはあまり見たくないのも確かである。


そんなことを言ったら逆に彼女の逆鱗に触れてしまいそうだから口にはしないが。


俺が黙っているのを反応に困ったと取ったのか、カレンナル嬢は慌てて続けた。


「しかし今はクスノキ様のおかげでブレスをしのぐ力を身につけることができました。自信を持って家に帰ることができます。父ともほとんど喧嘩別れで出てきてしまったので」


「それじゃ早く顔を見せないとね。親御さんにとっては大切な娘さんだし、きっと心配しているよ」


「そうですね。とりあえず父には謝らないと」


彼女の表情もいつも通りに戻ったようだ。


そもそも彼女にとって、今回の帰郷は、故郷に錦を飾るような話のはずだから、暗い顔で帰るのもおかしなことである。


家出娘が立派になって帰って来たとなれば、親御さんとしてはこれ以上ない喜びだろうし……あれ、でもその娘さんが男連れというはどうなのだろう?


何の気なしに来てしまったが、俺ってちょっと微妙な立ち位置なんじゃないだろうか。


俺はまたぞろ胃のあたりが少しむずむずし始めるのを感じるのであった。






城門前には、竜人族以外にも、様々な種族の人間が列をなしていた。


中には明らかに戦士風の出で立ちの者もいて、例の武術大会の関係者なのだろうと察せられた。


カレンナル嬢はその列には並ばず、明らかに特権階級用の入り口に向かっていく。


いつも忘れるが俺も貴族であるので、一般入口に並んだらむしろ検問が困ってしまうのだ。


さすがにその辺りはしっかりしている……と思っていると、どうやら俺ではなく、カレンナル嬢が顔パス的な人物だったらしい。


「言い忘れていたのですが、私の父は国の要職についておりまして……」


ということだそうで、さすが訳ありキラキラ美人である。


城門をくぐると、そこは異国情緒あふれる街並みが広がっていた。


黄土色と見えたのは、どうやら建物が土壁造りだからのようだ。


何となく日本的な感じもするのだが、それが異国風に感じられるのは不思議な体験である。


行き交う人々は半分ほどが竜人族だろうか。


男女ともに角と尻尾を持つのはカレンナル嬢と同じ、他種族に比べると体格のいい種族のようだ。


俺がそんなふうに色々観察しながらキョロキョロしている一方で、カレンナル嬢は迷いなく歩を進めていく。


明らかに中央区と思しきところに向かっており、周囲の雰囲気もどことなく高級感が漂ってくる。


「着きました」


とある門の前でカレンナル嬢は足を止めた。


その門の左右には土塀どべいが延びているのだが、左右どちらを見ても100m程はありそうだ。


つまりこの門の向こうは大豪邸があるということになる。


二人いた門の守衛のうち、年かさの竜人族はカレンナルを見た途端に驚いた顔で「お嬢様……!」と声を上げ、急いで門を開けた。


うん、いよいよ胃がシクシクいい始めてきたぞ。


門をくぐるとそこは立派な庭園が広がっていた。


どことなく日本の庭園っぽくもあるが庭木などはこの世界のものなので、やはりどことなく異国情緒がある。


カレンナル嬢の実家はやはり館と呼ぶのがふさわしい平屋の豪邸で、玄関口だけでかなりの大きさだ。


「どうぞお入りください。クスノキ様は客人ですので遠慮はいりません」


躊躇なく玄関をくぐるカレンナル嬢に続いて、俺も「お邪魔いたします」と口にしながら三和土たたきに足を踏み入れた。


そこで俺たちを出迎えてくれたのは、2人の竜人族であった。


1人は厳格そうな顔つきの体格のよい壮年の男性、もう一人はその奥方であろう、カレンナル嬢にどことなく似た女性だ。


どちらも竜人族だが、前世日本の明治時代の洋装のような格好をしている。


「父上、母上、ただいま戻りました」


カレンナル嬢が礼をする。


男性……御尊父は少し動きの硬い娘の様子を見て目を細め、優しそうな顔をした。


「たわけめ……と言いたいところだがよく帰ってきてくれた。成長したようで嬉しく思う」


「本当にねえ、無事でよかったですよ」


御母堂は少し涙ぐんでいるようだ。


どんな事情かはわからないが、家出した娘が無事に帰ったのだから当然だろう。


御尊父はしばらくカレンナル嬢を見ていたが、ふと視線をこちらに向けた。


「申し訳ない、久しぶりの娘の姿であったので挨拶が遅れ申した。私はメイモザル、このカレンナルの父親になり申す。貴殿がクスノキ殿でいらっしゃるか」


「ケイイチロウ・クスノキと申します。サヴォイア女王国のロンネスクにてハンター業を営んでおります。この度はメイモザル閣下が私に御用があるとうかがい推参いたしました」


「閣下などおやめくだされ。他国の貴人を私的に呼びつける無礼、なにとぞお許しいただきたい」


メイモザル氏はそう言うと、深く頭を下げたのだった。

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