22章 聖杯を求めて  04

「ふむう、随分と貴重な経験をしたのだなカレンナル。『魔王』を討ったというのも驚きだが、その上『けがれのきみ』討伐にも関わるとは、これは竜人族としても並の業績ではあるまいよ」


「その働きのそばにはいつもクスノキ様がいらっしゃったわけなのですね。本当に娘が大変お世話になって」


客間にて、カレンナル嬢は自分の今までの経験をご両親に一通り報告した。


その話を熱心に聞くご両親の様子には、娘に対する深い愛情がうかがえる。


「しかしお前がそこまで剣の道を修めるとは、余程の修練を積んだのであろう?」


「はい。それもクスノキ様に師事をいたしまして高みに至ることができました。もちろんまだまだ足りぬ身ではありますが」


「ふむ、その成果のほどは後程見せてもらいたいものだ。ところでブレスの方は変わらずか?」


カレンナル嬢がピクリと反応する。


「はい、依然として使うことはできません。というより、すでに試すこともしておりません」


硬い顔で答える娘を見て、メイモザル氏は軽く溜息を吐く。


「それでよい。前にも言ったが、ブレスを使えぬ者は言うほど珍しくはない。お前がそこまでの高みに達したことを考えれば、大げさに考えることでもないのだ」


「貴方……」


奥方……マリアナル夫人が心配そうな顔をしたのは、「ブレス」というのがカレンナル嬢が出奔した理由だからであろう。どうも「ブレスが使えない」ということに対して、父娘で解釈が違った、ということが大元にありそうだ。


カレンナル嬢が硬い顔を崩さずに口を開く。


「しかしブレスを重視する考えは、竜人族の間にはさらに強まっているのではありませんか?」


「情けないことにな。だがまあ、その風潮にお前が一石を投じることができそうではないか。それでもお前はまだブレスにこだわるのか?」


カレンナル嬢はその言葉にしばしうつむいて、そして顔を上げて答えた。


「いえ、正直家を出てみて、力というものがなんなのかそれを知ることができました。ブレスにこだわっていた自分が恥ずかしくなるような方と知り合うことができましたので……」


そう言いながら、カレンナル嬢は俺の方を見る。


え、なんか俺がカレンナル嬢の人生の悩みを解決したみたいな話になってませんかね。


そもそもブレスの話とかさっきまで聞いた事もなかったんですが。


「うむ、それなら重畳ちょうじょうなことだ。お前が家を出た意味があったというなら、それ以上は言うまい。クスノキ殿、娘が世話になったようで、改めて礼を申し上げる」


「本当にありがとうございました。カレンナルは昔から頑固なところがあって、家の人の話を聞かなかったものですから。気にするなと言っているのに、勝手に国にいられないと早合点して……」


「母上、そのことはもういいですから……っ。クスノキ様には関係のないことでしょうっ」


カレンナル嬢が真っ赤になって手をばたばたさせている。


その顔には先程のまでの硬さはなく、なんだかよく分からないが家出に関する家族のわだかまりは消えたようだ。


まあ俺が詮索するような話でもないしそこはスルーしよう。


俺にとって問題なのは……


「ところでクスノキ殿、貴殿の勇名はここローシャンにまで伝わってございましてな、その力を一度目にしたいと、我が国の長もかなり興味を寄せているところなのです。ただ、長が公的に貴殿を呼ぶとなると色々と目くじらを立てるものがおりますゆえ、私が私的にお呼びすることになった次第です」


「公的に他国の貴族を呼ぶのに何か問題でも?」


「いえ、問題なのは貴殿が強者であるということ。長が強者を呼び寄せるのを、竜人族をないがしろにする行為だと非難する石頭がおるのですよ」


「ブレスの吐けない者を強者だと認めない者が多いのです、この国は」


カレンナル嬢の言葉にはとげがある。なるほど竜人族にとって「ブレス」というのはかなり繊細な問題のようだ。


「なるほど。それでは、私は内密に長殿にお会いすることになるのでしょうか? それとも武術大会で力を見せるというお話なのですか?」


「武術大会をご存知か。もちろんそちらに参加していただければ、竜人族にとっても大変刺激になると思いますので是非お願いしたいところ。しかしそれとは別に、長には一度会っていただけるとありがたく存じます」


正直カレンナル嬢のお父上が国の重鎮と聞いたところでこの展開は読めたんだが、実際お願いされると胃に悪いことこの上ない。


まあ武術大会には参加しなければならないし、相手が一国の王である以上断わるという選択肢はない。


自分がここまで出世(?)してしまった以上、もとビジネスマンとしてもコネクションは重視したいところである。


「承りました。非公式とはいえ私にとっては光栄なことです。お会いするのはいつ頃になりますでしょうか?」


「うむ、その事なのですが――」


「メイモザル、邪魔するぞ!」


メイモザル氏が答えようとした時、玄関口の方から威勢のいい女性の声が響いた。


玄関からここまで結構な距離があったと思うんだが、ここまで響くとはかなりの声量である。


廊下をつかつかつかと歩いてくる足音が近づいてきて、マリアナル夫人が慌てて部屋の扉を開く。


部屋の入口に現れたのは、赤い二本の角が立派な、赤を基調とした洋装を身にまとった大柄な女性だった。


癖の強いこんのショートヘアの下にある双眸そうぼうには、相手を貫くような強い力がある。


間違いなく美女ではあるのだが、美しいという前に凛々しいというか、むしろ精悍せいかんと言った方がしっくりくる女性であった。


彼女は部屋をぐるりと見回すと、カレンナル嬢に目を一瞬止めた後、俺の方をぎろりと見た。


「おう、貴公がクスノキ名誉男爵か。オレはロンドニア、ここローシャンの長をやってる。今回はよろしく頼む。悪いが礼儀作法にはうとい。許してもらえるとありがたい」


「初にお目にかかります、サヴォイア女王国にてハンターを営んでおりますケイイチロウ・クスノキと申します。名誉男爵を拝命しておりますが、もとは商人くずれでございますので、礼儀作法などお気になさいませんようお願い申し上げます」


いやいや、こちらの国もトップが型破りな女性とは、もしかしてこの世界は女性の方が力が強いのだろうか……というのは愚問だな。


俺はキラキラ竜人美女が差し出す手を握りながら、彼女があの不名誉な俺の『二つ名』を知らないことを祈るのであった。

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