22章 聖杯を求めて 05
さて、そのままローシャン国の長(この国では王という言い方はしないらしい)であるロンドニア女史との対談が始まるのかと思っていたのだが、その前になぜか部屋の移動を頼まれた。
カレンナル嬢の先導で移動した部屋は、一見するとトレーニングルームのような場所だった。
広さは一般的なトレーニングジムほどもあり、さすがに国の重鎮の家は違う……と思っていたら、カレンナル嬢はテーブルのようなものが置いてある場所に俺たちを案内した。
そのテーブルは明らかに全金属製の頑丈そうなもので、天板の高さが俺の胸に近い高さにある。
これ、腕相撲するのに丁度よさそうだな、とか考えていたのだが……
「やはり人間を理解するのには
ロンドニア女史が白い歯を見せてニカッと笑ったのを見てそういう展開かと納得する。
いや、納得はするけど、それとは別にこれはどうなんだろうとも思いますよ?
「私にはまだ理解できるところではありませんが……それがローシャン国の常識というのであれば、受けてたちましょう」
「いいねえ、話が早いのは好きだ。じゃあ早速やるか」
ロンドニア女史がテーブルの向こう側に立つ。準備運動とかいう概念はないらしい。それとも常に準備をしておけとか、そういう考えなのかもしれない。
メイモザル夫妻を見ると、呆れ顔も困り顔もしておらず、これが別段珍しくない話なのだと分かる。
カレンナル嬢に至ってはなにやらわくわく顔をしているようにも見える。
「一応説明をしておくと、台に肘を置き、互いの手を握る。力比べをして、相手の手の甲を台につけた方が勝ちだ。分かるか?」
「はい、似たような競技をやったことがありますので」
ロンドニア女史はすでに肘をつけて臨戦態勢だ。子どものような表情で今か今かと待ち構えている。
俺も台に肘をつけ、ロンドニア女史の手を握る。
握手の時も感じたが、相当な修練を積んだことが分かる手である。
「メイモザル、合図を頼む」
「分かりました。ご両人、よろしいか?」
メイモザル氏の言葉に、俺とロンドニア女史が頷く。
しかし国のトップとあいさつ代わりに腕相撲をすることになるとはなあ。
「では参ります。始めっ!!」
合図に
女性とは思えない、というのはいささか失礼かもしれないが、スキルのあるこの世界でもこの力は上位に入るレベルだろう。
剛力スキルで言えば、間違いなく達人級の10レベルは大きく超えていると思われる。
しかもその力は瞬間的ではなく、継続的に加えられている。
まさに万力のような、という形容が相応しい膂力の持ち主であった。
「むうぅぅ……っ!」
眉間にしわを寄せ、歯を食いしばりつつ唸り声を漏らす彼女の顔はそれでも美しいが……観察している場合ではないな。
俺は腕に力を徐々に込めていき、号令時から一ミリも動いていない腕を、ゆっくりと内側に倒していく。
「んうぅぅぅ……っ!」
ロンドニア女史の唸り声が次第に大きくなっていくが、腕が傾くスピードはまったく変わらない。
そのまま微速で勝負は進んでいき、外から見ると非常に優しい動きで、彼女の手の甲は台に触れた。
「そこまでっ!!」
「ぶはあっ! オレの負けだっ!!」
手を離すと、彼女はしばらく肩で息をしたのち、台に身を預けるようにして俺を見た。
「数々の『厄災』を退けた立役者とは聞いていたが、よもやこれほどとは驚いた。クスノキ殿の力はオレ程度では十分の一も測れないみたいだな」
「長も非常にお強いと感じました。ただ、私はどうやら少し才に恵まれすぎているようでして」
「ほう、才に恵まれているのが悪いみたいな顔をするのだな、貴公は」
あ、やっぱり顔に出てしまっていたか。才能というより単に宝くじが当たっただけみたいな力だし、誇る気にならないのはどうしようもない。
「貴公はどうやら噂通りの人間のようだな。うむ面白い。これは面白いぞ」
何が面白いのかよく分からないが、確かにロンドニア女史の顔はずいぶんと嬉しそうだ。
それは先程まで見せていた子どものような表情ではあったが、しかしその目には長としての理知も潜ませていた。
「長、クスノキ卿は長が測れぬほどの力をお持ちでしたか」
「おおメイモザル、ヤバいぞこの男は。まるで大地に押し付けた腕がそのまま押し返された感じだ。勝てるとか勝てないとかそういう話じゃない、とんでもない男がいたものだ」
「それはようございましたな。クスノキ卿は武術大会にも興味がおありのようです。場所を変えてお話をいたしましょう」
「それはありがたいな。カレンナルとクスノキ殿がいれば、石頭どものカチカチ頭を割ることもできるかもしれん。いや、楽しくなってきたぞ」
ロンドニア女史とメイモザル氏がなにやら怪しげな会話を始めている。
まあそうですよね、単に力を見たいなんて、そんな単純な話のはずありませんよね。
一国の長がわざわざ裏から手を回して呼ぶくらいなんですから、それなりの事情があるのは当然ですね。
俺はそう思いつつ、こちらにも事情があることを思い出し、お互い様かと諦めるのであった。
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