12章 首都 ラングラン・サヴォイア(前編) 05
翌日の午前、装備を整えてハンター協会本部に行くと、俺はすぐに地下の施設に案内された。
トレーニング場だと言われたのだが、その広い空間はどう見てもマンガなどに出てくる闘技場そのものであった。
基本は正方形の土の運動場で、周囲には柵が巡らせてあり、その外側ではハンターであろう人間が大勢立っている。大方3段位の審査を見に来た見物客だろう。
その見物客の中に一人だけ異質な雰囲気を持つ大男が腕を組んで立っているのだが……ああ、あの人物がサ―シリア嬢の言っていた本部長に違いない。
案内してくれたローゼリス副本部長は、今日はメイド服ではなく上下黒のライダースーツのような防具を身に着けていた。腰には刃渡り50センチほどの2本の曲刀。
あのゴミを見るような目は相変わらずだが……。
トレーニング場の中央まで来ると、副本部長はこちらに向き直った。
「では、これより3段位審査、模擬戦闘の部を開始します。これは身体能力を見ると同時に、対人戦闘の技量を測る試験です。基本的に私と手合わせをする形になります。私が「はじめ」と宣言すると同時に開始され、「やめ」と言うまで審査は続きます。よろしいですか?」
「はい」
「あくまで身体能力を見る審査ですので、魔法の使用は禁じます。使用した時点で審査は失格となります。なお、私はすでに3段位にあるハンターですのでご留意ください」
「承知しました」
なるほど、そういえば聞いてなかったが、副本部長である彼女が担当するのにはそんな理由があったのか。
目の前のダークエルフ美女が腰の曲刀を抜いた。二刀を両手に……期待はしていたが、やはり二刀流だったか。
俺も背中のレジェンダリーオーガの大剣を抜く。
「副本部長の二刀を見るのは久しぶりだな。今日は来てよかったぜ」
「だな。挑戦者は……ありゃオーガエンペラーの剣じゃねえか。あんなモンよく使う気になるな」
「よく見なさいよ。レジェンダリーオーガの剣よ、あれ」
「ひえ、極レアモノかよ。でもあれだと接近戦不利だろ」
「そうね、副本部長は接近戦メチャ強だし、どうなるのかしら」
ギャラリーの声がきちんと耳に入ってくるのは、自分が落ち着いている証拠だろう。
これならいつも通りやれそうだ。
俺が
「よろしいですね?では、『はじめ』」
副本部長との模擬戦は、最初は様子見から始まった。
審査を受ける側の俺が何度か攻撃し、副本部長がそれを
副本部長が攻めに転じようとするところを、俺が牽制して自分の間合いを守る。
そんなやり取りが次第に回転を上げながら続けられ、そしてあるレベルに達した時――
副本部長の動きが劇的に変化した。
「おおっ!!」
観客から声が上がる。それは驚きか、感嘆か。
女ダークエルフが、まさに黒い疾風となって闘技場を駆け回る。
圧倒的な瞬発力と『縮地』の連続使用。目まぐるしく軌道を変えつつ、こちらの死角に入った瞬間に接近、鋭い連続斬りを仕掛けてくる。
驚嘆すべきはその速さより、片手剣とは思えないほどの斬撃の『重さ』だ。
その見た目でスピード型と見誤れば、それだけで勝負が決してしまうだろう。
俺はそれをバカみたいに高まった大剣スキルによってすべて弾き、押し返す。単純な
大剣によって弾かれた彼女は、仕切り直して再び疾風のごとき移動を開始する。
力で分が悪ければ、速度で崩すまで――恐らくそう考えているのだろう。
だがその速度も、こちらが凌駕するとしたら――
俺は人外に人外を重ねたような瞬発力と、『縮地』の連続使用で彼女の動きを追う。
女ダークエルフの刃のような目が一瞬だけ見開かれる。金色の瞳に浮かぶのは、
俺は二刀をも上回らんとする回転数で大剣を振り回す。もちろんどの一撃が入っても、瞬時に勝負が決するであろう斬撃だ。
彼女はその致死の連撃を――もちろん死なせるつもりはないが――二刀で巧みに流し、
二刀の回転数が極限を超え、彼女の姿はもはや黒い雷光。
しかし申し訳ないことに――俺はその雷光をも操るインチキ野郎であった。
雷光を覆いつくす暴風と化した大剣は、彼女の曲刀をついに捉え、弾き飛ばし――
「『やめ』っ!」
女ダークエルフの首元3センチで
「えっ、ちょっ、何が起きたんだよ……っ」
「途中から全然見えなかったぞ……」
「うそ、副本部長がスピードで負けた……?」
「動きがおかしいだろあの大剣使い、どんなに鍛えりゃああなるんだよ……」
観客のざわめきが消えぬ中、俺と副本部長はトレーニング場を後にした。
俺の斜め前を歩くダークエルフの肩辺りから、湯気が上がっているのが見える。
模擬戦自体は恐らく15分もかかっていないだろうが、その内容は恐るべきものだったはずだ。少なくとも彼女は、今日見せた動きだけで5~6等級のモンスター100体を細切れにできたであろう。それくらいの運動量は間違いなくあった。
「貴方様は息も乱れていないのですね」
振り返らずに彼女が言う。
「回復は早い方ですので」
「そうですか……。明日は同じ時間に協会まで来てください。貴方様が到着次第出発します。長距離を走る方もお得意ですね?」
「ええ、問題ありません」
「ではそのように。今日はこれでお帰りいただいて結構です」
そう言うと、彼女は一度もこちらを振り返らずに更衣室に入っていった。
彼女が3段位にたどり着くまでに、どれほどの汗と涙と血を流したのだろう。想像することすら及ばないが、本来なら俺ごときが侵していい領域ではないはずだ。
だからといって、俺はインチキ野郎だから今日の勝負は気にしなくて大丈夫です、などとは口が裂けたとて言えるはずもない。
つくづく業の深い力をもらってしまったものだ。『厄災』さえなければ、こんな力、ひけらかす必要もないのだが……。
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