23章 悪神暗躍(前編)  05

 一旦ロンネスクに戻った俺は、アメリア団長を騎士団駐屯地に戻したあと、そのまま首都ラングランに転移した。


『悪神の眷属』が狙うのは、国の中枢から距離を置き、なおかつ十分な力を持つ者がいる場所である。


 そう考えると、次に思い浮かんだのがここ――ハンター協会本部だ。


 協会建物に入って行くと、ちょうどひと仕事終えたハンターたちが多くたむろするタイミングだった。


 のはいいのだが、俺が入って行った途端目の前のハンターたちが一斉に道を開けるのはどういうわけか。


 確かにそれなりに有名にはなったのは認めるが……と思ってよく見ると、どうも女性ハンターを同じパーティの男性メンバーがかばっているような……。


 女性ばかりのパーティは露骨に遠ざかっていくし、そういうのは地味に傷つくんですが。


 まさか女性社員に嫌われる恐怖をここで味わうことになろうとは。


 俺は気付かないフリをしながらカウンターに向かい、本部長への面会を求める。


「クスノキ様ならすぐに通すように言われております」


 と、さすがに受付嬢は普通に対応をしてくれたので、俺はそのまま階上の本部長室に向かう。


 なおすでに先客がいるらしいことは受付嬢に確認済みである。


 本部長室に近づくと、いきなり金属同士が激しくぶつかる音が中から聞こえてきた。


 おっとこれは想定外だ。本部長か副本部長か、どちらかに『闇属性魔法』への耐性があったらしい。


 俺は扉を開けると、素早く状況を把握する。


 ハンター姿の男女が2人、奥の方に立っている。


 そしてその手前で、髭面の巨漢レイガノ本部長と、メイド服姿のダークエルフ美女ローゼリス副本部長が、それぞれ両手斧と二刀の曲剣を持って向かい合っていた。


「ご主人様いいところに! 本部長が魔法で操られているようです。下手人は奥の2人ですが、人間ではないようです」


 ローゼリス副本部長が、視線を本部長に据えたまま教えてくれる。


 なるほど、ダークエルフに『闇属性』の耐性があるのはなんとなくイメージ通りだ。


「分かった。任せてくれ」


 俺が『タルミズ』を引き抜くと、レイガノ本部長は虚ろな目で俺に向かってきた。


 巨大な斧を振り回すその姿は、『暴風』の二つ名に相応しい激しさだ。


 俺はあらゆる角度から襲い掛かる致命の一撃を、すべて『タルミズ』で弾く。


 並の剣ならもろともに破壊されてしまう衝撃にも、神剣たる刀は刃こぼれ一つ許さない。


「……ぬうあっ!」


 本部長が大上段から両手斧を振り下ろす。


 その刃は微かに赤熱している。本部長は付与魔法が使えるのか。最終段位は2段らしいが、実力的には完全に3段位だな。


 俺はその一撃を真正面から受け止めると、そのまま一気に力で押し返した。


 斧が跳ね上げられ、本部長の巨体が後ろに揺らぐ。


 俺はためらいなく、がら空きになった腹に正拳突きを叩きこむ。


 くの字になった巨体が机に激突して……これ今日2度目だな。


「うははっ、ハンパなく強えなあクスノキよう!」


 はいはい、本部長もバトルマニアなんでしたね。『洗脳』が解けて何よりですよ。


「ローゼリス、本部長を頼む」


 副本部長に頼んで、俺は奥の男女2人に向かう。


『悪神の眷属』に憑依された2人は、逃げ場がないと悟ったのか窓から飛び降りようとした。


無論その前に『縮地』で距離を詰め、後ろから2人の襟首をつかんで床に投げつけ、『タルミズ』の聖水を浴びせてやる。


「アビャビャビャ!」


 分離した『悪神の眷属』を串刺しにして、このイベントも無事終了となった。






「さすがご主人様ですね。この事態すら見通していらっしゃったとは」


 ローゼリス副本部長が、ボロボロになった部屋を片付けながら無表情に言う。


「『悪神の眷属』の行動パターンが少し読めましたので、ここが襲われる可能性が高いと判断できました。それより副本部長は『闇属性』に耐性をお持ちなんですね」


「ええ、ダークエルフの半数ほどは生まれつき耐性を持っているのです。しかし本部長ほどの人が一瞬でかかってしまうとは、やはり『厄災』はあなどれませんね」


「それに関しては面目ねえ。かかったことにすら気付かなかったわ」


「『王門八極』ですらかかってしまうレベルですので仕方がないかと思います。なんにしろ間に合って安心しました」


 俺の慰めに、本部長は頭をかいて苦い顔をしながら、破壊を免れた椅子に座った。


「いやしかしお前とは一度戦ってみてえと思ってたが、やっぱとんでもねえな。俺の攻撃が完全に防がれるとか、現役時代の記憶にもまったくねえ。しかも余裕だもんな、引退してなかったら自信なくなってたぜ」


「当然です。ご主人様の力は私でもまったく底が見えませんので。というより、以前よりさらに力が増している様子に見えましたが」


 副本部長が鋭い視線を投げかけてくる。サーシリア嬢によると、この視線は好意的なものらしいんだけど……どう見ても睨まれてるだけだよなあ。


「鍛錬は欠かしていませんので。『厄災』を倒すまでは気を緩められませんし」


「かぁぁっ! 相変わらず優等生なこって。ローゼリス、あれをやってくれ。できてんだろ?」


「よろしいのですか?」


「女王陛下にも話は通ってる。段位はそっちで勝手にやってくれとよ」


「分かりました」


 副本部長が一旦部屋を去り、すぐに戻ってきた。


 その手には青白く輝くカードがある。副本部長に渡されたミスリル製のそれには「4段位」の文字があった。


「おめでとうございます。ご主人様はハンター協会史上初の四段位となりました。もちろんこれで足りないことは重々承知しておりますが、昇段には一定期間を設けなければならない規則がございまして、ご了承ください」


「は、はあ、ありがとうございます。あの、試験とかは……」


「こんだけ実績積んでりゃ必要ねえよ。この間の魔法もヤバすぎたしな。正直一気に上げてもいいとは思うんだが、なにしろ前例がねえ。次の昇段までは時間をくれ」


「それはもちろん構いませんが……いえ、ありがとうございます。謹んで受け取らせていただきます」


「おう。まあ次に段位を上げるころには、お前さんはもう上位貴族の領主様かもしれねえけどな。それとも教会の預言者様か?」


 本部長がにやけながら拝むフリをする。


 俺が苦い顔をしていると、ローゼリス副本部長が再び鋭い眼光を向けてきた。


「ご主人様が預言者とは一体? 『穢れの君』の件で教会と何かあったのですか?」


「この間ドラゴンゾンビを倒した魔法が、アルテロン教の教祖様が使った魔法に似ていたらしいのです。そのせいで教皇猊下や大聖女様が私を教祖様の生まれ変わりだと勘違いされまして」


「なるほど、『神祖の光』と噂になっているものですね。そうですか、ご主人様は預言者様でもあったのですか」


「そんなわけありませんからご勘弁願います」


 と言うと、副本部長は目を細めて「フフッ」と笑った。ああ、クール系ダークエルフの笑顔も破壊力が大きすぎますね。


「おうおう、乳繰り合うのはよそでやってくんねえかなあ」


 ニヤニヤ顔で言う本部長だが、副本部長にキッと睨まれて首をすくめた。


 さて、ともかくも今の話で次に行くところが決まってしまった。


「本部長、申し訳ありませんが部屋を破壊した件については後日……」


「アホ、そんなん誰も咎めねえっての。どうせまだ気になってる場所があんだろ? さっさと行けよ」


「ありがとうございます。副本部長もお世話になりました。4段位ハンターとして恥ずかしくない行動を心がけます」


「その点については心配はしておりません。それよりも、もし今後領主になられるのでしたら、私も是非お側に置いていただきたく思います。よろしいでしょうか?」


 えっ、ローゼリス副本部長それって本気だったんですね。


 本部長もやれやれって顔をしているから、きっと了承済みなんだろうなあ。


「もちろん、こちらからお願いしたい程のお話です。その時はよろしくお願いいたします」


 俺が一礼すると副本部長は口元に笑みを浮かべたのだが……それは先程の笑みとは違い、獲物を前にした狩人のそれに見えた。

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