23章 悪神暗躍(前編)  04

 さて、『悪神の眷属』がサヴォイア女王国に入って来ているとして、奴らはどこを狙うだろうか。


 真っ先に狙うのは女王陛下を始めとする国の中枢だろうが、女王国の中枢に乗り込むにはそれなりに手駒が必要だろう。


 そもそも『悪神』がサヴォイアではなくリースベンを狙ったのも、サヴォイアの中枢に俺が出入りしているからである可能性が高い。


 俺は一度、『悪神の眷属』の洗脳を完全に破っているからだ。


 そう考えると狙われるのは、首都とロンネスクの中枢は避けつつ、なおかつリースベンの侵攻と呼応して効率的にサヴォイアにダメージを与えられる場所だ。


 というわけで、まず考え付いたのが……


「忙しい所すまないねアメリアさん。どうしても胸騒ぎがしてね」


「いや、私の家族が狙われている可能性があると言うなら無視できん。戦支度だけならコーエンが十分に任を果たせるので問題ない」


 国の中枢から距離を置き、『王門八極』に匹敵する力を持つ領主がおり、練度の高い領軍を有するニールセン子爵領は、標的として十分すぎるだろう。


 出陣の準備でメチャクチャ忙しいアメリア団長を連れだしたのは、子爵領で何かあった時に彼女の存在が必要だと思ったからだ。


 転移魔法でニールセン子爵領の外縁に転移する。


「これが転移魔法か。伝承には聞いていたが、まさかケイイチロウ殿がその使い手だったとはな」


「使えるようになったのは最近だけどね」


 アメリア団長と子爵領に入っていくと、どうも街中の様子が変なことに気付く。


 少しピリピリしているというか、緊張感のようなものが漂っている。それをアメリア団長に指摘すると、


「父上が戦支度を始めたからだろうな。リースベンの噂が流れているところに物資の買い込みなどが入れば、市民も気付こうというものだ」


「ああなるほど。これが戦時中の雰囲気なのか……」


 魔王軍の時の首都にはあまり感じられなかったのは、あれが北の外れで行われていたからだろうか。それとも情報統制がそれだけ高度に行われていたということか。


 程なくして子爵邸の外門前にたどり着く。


 門番がアメリア団長の顔を見て、敬礼をして門を開ける。


 敷地内に入ると、『気配察知』スキルに早速反応がある。非常に高度に隠蔽しているが、俺の超高レベルスキルを欺瞞ぎまんすることはできない。


「アメリアさん、すでに中にいるみたいだ」


「本当か? 『悪神の眷属』め、父上の元に来るなど舐めたものだな」


「あれの『精神支配』は『王門八極』ですらかかってしまうくらいだからね。厄介だよ」


 館の中に入り、子爵の執務室に向かう。どうやら何者かに憑依している『悪神の眷属』が2体、執務室の中にいるようだ。


 執務室の扉の前にはニールセン子爵家の執事が立っているのだが、その目はすでに虚ろだ。


『解析』すると、やはり『洗脳』の状態にある。


「……お嬢様、今子爵様はお取込み中でございます……」


 執事氏がアメリア団長を見てぼそっと言う。


「緊急事態だ、通して欲しいのだが」


「アメリアさん、彼はすでに術中にあるようだ。俺が解除をしよう」


「なんと、頼む」


 アメリア団長に頷いて見せ、俺は『闇属性魔法』と『精神感応』スキルを発動して解除を行う。


 執事氏は「う……っ」と呻いて膝をついたが、数秒で再び立ち上がった。その目には光が戻っている。


「……は、これは……私は何を……。お嬢様と……クスノキ卿?」


 うん、スキルのレベルが上がったせいかスムーズに解除できたな。これであの妙な後遺症で悩まされることはなくなりそうだ。


「お前は『悪神の眷属』に操られていたようだ。それより部屋に入りたい。通るぞ」


 アメリア団長が言うと、執事氏は慌てて扉の前から退いた。


「部屋には商人が2名おりますが、彼らがその『眷属』であるならばご注意を」


「ああ、気をつけよう。念のためこの部屋から離れておけ」


 アメリア団長が扉を開けて執務室に入り、俺が後に続く。


 奥には執務机についている赤髪の偉丈夫ニールセン子爵、そして机の手前には向こうを向いた商人風の男が2人立っている。


『解析』すると商人風の男は2人とも『憑依』状態にある。


 そしてニールセン子爵は……


「……アメリアか。今取り込み中だ。用事なら後にしろ……」


 虚ろな目、覇気のない声、すでに『洗脳』の状態に入ってしまっていた。


「アメリアさん、子爵はすでに操られてしまっているようだ。下がっていてくれ」


「くっ、まさか父上が……」


「大丈夫。解除すればいいだけだから」


 と言ったが、解除するにも手前の2人が邪魔だ。


 解除前に『悪神の眷属』を倒してしまってもいいのだが、その場合子爵の身に悪影響が及ぶ可能性がある。


 とすれば、まずは子爵に前に出てもらうか。


「子爵、その2人は『悪神の眷属』です。ご注意なさいますよう」


 俺が言うと、商人風の男たちはすごい形相で振り返った。


 その身体から触手のような魔力が伸びてくるのが見える。


「おっと、こっちには『聖杯』があるのでね。その力は効かないな」


 俺がインベントリから『聖杯刀タルミズ』を取り出して抜き放つと、『眷属』たちは目を見開いて後ずさった。


 変わりに子爵が席を立ち、幽鬼のような足取りでこちらに向かってくる。無論その手には長剣がある。


 瞬間、ミスリルの白刃が幾重にも閃いた。


 高レベル者のみが可能とする、神速の連撃。


 俺はそのすべてを『タルミズ』で受け止め、弾き、流す。


 防戦一方ではあるが、押しているのは俺だ。


 苦し紛れに子爵が放ってきた突きを極小の動きで避けつつ前に出る。


 放ったのは素手での中段突き。


 くの字に曲がった子爵の巨体が、吹き飛んだ先の執務机を破壊する。


「ぐぅっ! さすがクスノキ殿、まるで手が出ぬわっ」


 かなりのダメージを負ってるはずなんだが、口の端から血を流しながらも嬉しそうに笑っているのはバトルマニアならではか。


 ともかくも、強い衝撃によって『洗脳』を解除する方法は成功である。


「話は後で」


 と子爵に言いつつ、俺は窓から逃げようとする『眷属』に向かって『タルミズ』を振る。


 その刀身から滴る聖水の飛沫をかぶり、2人の『眷属』が苦しみだす。


「アビャビャビャ!!」


 再度聖水を浴びせると、ついに頭部から半透明の『眷属』が分離する。


 人の頭に触手がついている姿は、何度見ても虫酸が走るな。


 俺はなおも逃げようとする二匹の『眷属』をそれぞれ串刺しにして、黒い霧に還してやった。






「むうう、あれが『悪神の眷属』か。しかし『闇属性』の攻撃というのは厄介だな。かけられたことすら把握できなかった」


 ずたずたに破壊されてしまった執務室の中央で、子爵はあぐらをかいて座りながらそう漏らした。


 ちなみにダメージはすでに生命魔法で回復済みである。


「『悪神の眷属』の『精神支配』は非常に強力な『闇属性』の攻撃のようです。メニル嬢も一瞬でかかっていましたので、防ぐのはかなり難しいかと」


「メニルほどの魔力があってもか。確かにそれでは私では防ぎようがないな。しかしクスノキ殿とアメリアが来てくれなければどうなっていたか」


「そこは『聖杯』の力もありますので。なんにせよ子爵閣下がご無事でなによりでした」


 と俺が言うと、アメリア団長が呆れた顔をする。


「遠慮なく殴り倒しておいてご無事でなによりとは、ケイイチロウ殿も面白いことを言うな」


「あれが一番簡単な『精神支配』を解除する方法なんだよ。ローシャンで実証済みだから」


「ローシャン……竜人族を殴り倒したのか? 貴殿は普段は穏便にことを済ませようとするのに、思い切りが良すぎる時もあって面白いな」


「殴り倒したのは武術大会に出たからだよ。その賞品がこの『聖杯刀』なんだ」


 俺が『タルミズ』を出すと、ニールセン子爵の目が輝く。


「その剣……いや刀か。相当な業物だろう? 私の剣がボロボロになってしまっているほどだからな」


「ええ、神器である『聖杯』を鋳直した刀だそうです。恐らく名匠の作でしょうね」


「『聖杯』を鋳直して打った刀とは、聖剣どころか神剣の類ではないか。なるほど、『眷属』が恐れたのも頷ける。それがあれば『悪神』そのものも討てるのだな」


「そう思います。ただ『悪神』本体に至るまでに解決しなければならないことがまだありそうです」


「とすればここで足止めをするわけにはいかんな。この場はもう問題はないゆえ、ロンネスクに戻られるといい」


 子爵は立ち上がると、執事氏を呼んで金貨の入った袋を持ってこさせ俺に渡そうとした。


「子爵閣下、この度の働きは女王陛下の命によるものですので、報酬は陛下よりいただくことになっております。むしろこの部屋を壊してしまいましたので、そちらの修繕費にあてていただければと思います」


「そうか……まあ娘の婚約者殿に金貨というのも無粋か。いずれにせよ違う形で礼はさせてもらおう」


「その時を楽しみにさせていただきます。では」


「うむ。それとアメリア、ちょっとだけ話がある。済まぬがクスノキ殿、少しだけ時間をいただきたい」


「承知しました。外でお待ちしております」


 俺は礼をして部屋を後にする。


 出る時に一瞬だけ子爵の顔を見たのだが、子爵が何か意味ありげな顔をアメリア団長に向けているのを見て、俺はなにかが「手遅れ」になっていく感覚を覚えた。


……イベントはきちんとこなしているから、手遅れにはなってないはずなんだがなあ。

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