23章 悪神暗躍(前編) 06
そろそろ陽が沈み始める時刻であったが、俺は頓着せずに次の目的地、アルテロン教の大聖堂へと向かった。
先日の『穢れの君』『永遠の楽園派』の一件で教会内部には相当な激震が走っているらしい。
教皇
教会が持つ民衆への影響力などを考えても、『悪神の眷属』が狙うにはもってこいであるのは間違いない。
そんなことを考えながら、大聖堂へ入って行く。
俺を見て拝み始める信者の方がいるような気がするが……いやまさかね。
「申し訳ありません。私は名誉男爵を賜っておりますクスノキと申しますが、至急教皇猊下にお伝えしたいことがございます。お取次ぎ願えませんでしょうか?」
受付の男神官に伝えると、彼は目を丸くした。
いきなりノーアポで教皇に会わせろっていうのも無茶だよな……でも本当に緊急なので頼みます、と心の中で念じる。
「おお、そちらにいらっしゃるのはクスノキ卿ではありませんか!」
神官が何か答えようとする前に、奥の方から野太い声が聞こえてきた。
見ると四角い身体をした中年の男性神官……ホスロウ枢機卿がこちらへ向かってくるところだった。
「もしや教皇猊下に御用ですかな?」
「え、ええ。至急お伝えしたいことがございまして……」
「なんと! クスノキ卿が至急とおっしゃるのであればこれは大事になるお話ですな。どうぞこちらへ、私がご案内しましょう」
手を広げてにこやかに話を進める枢機卿。
枢機卿の身に一体なにが起こったのだろう? 先日までとは態度が正反対なのですが……。
「先日は大変失礼な態度をとってしまい申し訳ございませんでした。信心については余人に劣らぬつもりではおりましたが、よもや預言者様を見紛うとは、このホスロウ汗顔の至りにございます」
先導しつつ、いきなり謝罪を始める枢機卿。
もしかしなくても、これは俺のことを預言者様だと思いこんで態度が豹変したってやつですね。
「ホスロウ枢機卿、私は預言者様の生まれ変わりなどでは……」
「いやいや、みなまでおっしゃられずとも分かっております。私も教皇猊下も大聖女様も、クスノキ殿はあくまでクスノキ殿として対する所存。今の言は、ただ私の気持ちをお伝えしたくて申し上げたのみにございます」
「は、はあ……」
今の言葉は、教皇猊下も大聖女様も結局俺のことを預言者様だと信じてるってことですよね。
なんでそうなってしまったのか……。ちょっと帰りたくなってきた。
「教皇猊下、クスノキ殿をお連れ致しました」
教皇執務室の前で枢機卿がノックをする。おっと、それどころではないな。
スキルで感知すると、部屋の中には予想通りすでに「いる」ようだ。
それはいいのだが……うん、ちょっとマズいことになっているようだ。
「枢機卿、失礼いたします」
俺は枢機卿の脇から扉を開け、執務室の中に身体を滑り込ませた。
そこにいたのは4人の人間、教皇猊下と大聖女様は奥にいて法具を構えており、手前には神官騎士が2人、剣を構えて教皇猊下らに襲い掛からんとしている。
神官騎士はむろんどちらも『憑依』されている。
恐らく教皇猊下らに『精神支配』が通じず、強硬手段に出ようとしたといったところだろう。
「クスノキ様!」
黒髪の美少女、大聖女メロウラ様が俺を見て声を上げる。
2人の神官騎士が一瞬こちらを振り返る。
その隙で十分であった。俺が『タルミズ』で2人の剣を弾き飛ばすのには。
そのまま『タルミズ』の聖水を浴びせかけ、分離した『悪神の眷属』を串刺しにする。
「遅れて申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
「クスノキ様、ありがとうございます……っ」
俺の言葉に反応して、感極まったのか大聖女様が正面から抱き着いてきた。
いやこれは……まあ仕方ないか。大聖女様も先日から結構怖い目に連続であってるからなあ。
俺が大聖女様の震える背中をポンポンと叩いてあげていると、教皇猊下と枢機卿閣下がなぜか優しい目で見てくるのであった。
「連絡は受けていたのですが、まさかこれほど早く現れるとは思っておりませんでした」
そう言いながら、教皇猊下が手ずからお茶を入れてくださる。
俺はソファに座りながら恐縮しっぱなしであった。
お茶を入れてもらうのも畏れ多いが、それに加えて大聖女様が腕にしがみついたまま離れないのである。
「クスノキ殿が現れなければどうなっていたか。さすがに8等級が2体では、我らも勝ち目がありませんでしたので」
「間に合ってようございました。しかしさすがにお二人は『闇属性』に耐性がおありなのですね」
「ええ、これでも神に仕える身ですので『悪神』に心を奪われるなどということはありませんが……そのせいで相手を逆上させてしまうというのは盲点でした」
教皇猊下が対面のソファに座る。
なおホスロウ枢機卿はすでに警備の陣頭指揮に向かっている。
「大聖女様も恐ろしい思いをされたようで、私が至らず申し訳ありませんでした」
「そんな、クスノキ様が謝罪なさることではありません。ただ少し気持ちが落ち着かず……」
すぐ脇で俺の顔を見上げてくる大聖女様。
黒い瞳が美しいのはいいのですが、あまり動かれると腕に当たる柔らかさを意識してしまいます。
そうそう、こんな男が預言者様であるはずがありませんからね。
「しかし、クスノキ様は私たちに何が起こるのかお分かりになられているのですね。私の見る予言よりも正確に……やはりクスノキ様は……いえ、なんでもございません」
いやだから違いますって。そんな潤んだ目で見ないでください。消えてしまいたくなります。
俺が心の中の何かと戦っていると、教皇猊下は目を細めてうんうんと頷いた。
「クスノキ卿、メロウラは大聖女として今まで立派に尽くしてきた身でございます。どうかその信心に免じて、お側に仕えることをお許しはお願えませんか? クスノキ卿はいずれ領地に封ぜられると聞いておりますゆえ、お役に立つこともあると存じますが」
「え!? は、いや……」
いきなりなんの話ですか!?
大聖女様を側に置く?
要するに、自分の領地に大聖女様が座すレベルの立派なアルテロン教会を置いて欲しいということ……でいいんだろうか?
為政者が宗教勢力と上手く渡りをつけるというのは前世の世界でも時代によっては重要なことであったし、きっと悪い話ではないはずだ。
そういえばリナシャたちも来たがっていたから、丁度いいのかもしれない。
「……承りました。むしろこちらからもお願いしたいところでございますので」
「クスノキ様、ありがとうございます! 私、きっとクスノキ様のお役に立って御覧にいれます。その、いろいろな形で……っ」
メロウラ様が腕にしがみついたまま、両手を握り合わせて祈り始める。
教皇猊下もそれに合わせて祈り始めたのだが、これもう俺が預言者様と関係ないとか言えない雰囲気になってますよね。
称号にも『再来の預言者』とかあったしなあ。いったい俺は何者になってしまうんだろうか。
さきほどの依頼を承諾したのはやっぱりまずかったか……いやいや、領主候補としては人材確保は最優先事項だから間違ってはいないはずだ。
そもそも教皇猊下の頼みを無下にするなど不可能な話だと思うしなあ。
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