23章 悪神暗躍(前編) 07
翌日俺はアシネー支部長に呼ばれ、ハンター協会の支部長執務室にいた。
最近は女王陛下経由の仕事が多くて忘れそうになるが、俺はまだ所属としてはロンネスクのハンターである。
「ケイイチロウ様はもうすっかり貴族として動かれることが増えてしまいましたわね。わたくしとしてはいささか寂しい思いがいたしますわ」
「申し訳ありません。自分をロンネスクのハンターとして扱って欲しいとお願いしておきながら、ここしばらく支部長に連絡も取れずにおりました」
少し頬を膨らませたゴージャス吸血鬼美女もそれはそれで可愛らしいのだが、さすがにそうとは言えないので素直に謝っておく。
「もう、そうやって謝られたらそれ以上文句も言えませんわ。もとよりケイイチロウ様が悪いわけでもありませんのに。甘えることも許していただけないのですわね」
と、いつもの二人掛けソファでしなだれかかってくるアシネー支部長。
「支部長に甘えていただけるなど望外の喜びですよ。ずっとお忙しいのでしょうし、私でよければいつでもお相手いたします」
「まあ、嬉しいことをおっしゃってくださいますこと。サーシリアに聞きましたが、そろそろ領主になる覚悟がお出来になったとか。それでもお相手してくださるのかしら?」
支部長が顔を近づけ、真紅の瞳を俺に向けてくる。なんか今日は一段と圧が強くありませんかね。
「え、ええ。私がなにになろうと、アシネー支部長にお世話になったことが変わるわけではありませんし。むしろ今までと同じように接していただいたほうが嬉しいですから」
「それは、わたくしをケイイチロウ様の領地に招いてくださるという意味にとってもよろしいのでしょうか?」
えっ、ここでもそのお話がでるんですね。というか、アシネー支部長まで引き抜いたらますます公爵閣下に顔向けが……。
しかしそう思いながらも、玉虫色の回答をしてしまうのがダメなビジネスマンの習性である。
「それは……アシネー支部長が望まれるのでしたら是非とも……」
「まあ! それでしたらわたくしもこの後の『厄災』対策に心置きなく全力を尽くせそうですわ」
今まで見たことないくらい嬉しそうなゴージャス美女の笑顔に、俺は何か取り返しのつかないことをしてしまった予感を覚えるが……言ってしまったものはもう覆せないよなあ。
「ええと、その『厄災』対策ですが、今日呼ばれたのもそれですよね?」
「ええ。今回の騒動に当たって、協会としては『魔力視』スキルを持ったハンターを『悪神の眷属』警戒に当たらせているのですが、見つけた場合の対応をケイイチロウ様にお願いできるかどうかの確認を取りたかったのですわ」
「ああ、それはもちろん私の方でいたします。というより、下手に刺激をすると危険ですから。『悪神の眷属』は一応8等級のモンスターでもありますし」
「ふふっ、8等級をこともなげに相手するとおっしゃるのですわね。ケイイチロウ様らしくはありますけど」
「こちらには『聖杯』もありますし、『悪神の眷属』自体はそこまで強力な力をもっているわけではありませんから。毎日決まった時間に支部長のところに顔を出しますので、何かあったらその時に指示をしてください」
「あら、毎日ケイイチロウ様とお会いできるのですか。それならさらに仕事がはかどりそうですわ。分かりました、よろしくお願いしますわね」
支部長はそういうと、にっこりと笑って俺を送り出してくれた。
さて、そんなわけでリースベン軍が到着するまでの間、俺は『悪神の眷属』対策に奔走した。
と言っても毎日定時に女王陛下のところと支部長のところ、そして公爵閣下のところを回り、発見の報告があれば出て行って『悪神の眷属』を『タルミズ』で串刺しにして回っただけだ。
それも全部で5か所で済んだので、それほどの労力ではなかった。
未発見の奴もいるかもしれないが、これでとりあえず致命的な場所で行動を起こされるのは防げるだろう。
そして5日目に女王陛下の元を訪れた時、いよいよリースベンとの会戦間近との報を受けた。
「卿が『三龍将』を相手にしてくれるというのはありがたい話だが、ちと働き過ぎではないか?」
執務室で報を受けたリュナシリアン女王陛下は、俺の顔を見ながらそんなことを言う。
「聞けば『三龍将』はかなりの手練れとか。『王門八極』とはいえ、正面から当たったのでは被害を受けることもあるでしょう。自分が出ることで戦局が有利になるのであれば、貴族としても働かぬわけには参りません」
「本当に卿は……。その言葉をすべての貴族に聞かせてやりたいわ。この期に及んで兵を出さぬ家もあるからな。モンスターがあふれていると言われては無理強いもできぬが、どこまで本当なのかもわからぬし」
と、珍しく愚痴を言う女王陛下。さすがにこのところの『厄災』ラッシュにはストレスが溜まっているようだ。
「もし『三龍将』が操られているのであれば、彼らを正気に戻せばそのまま兵を引くこともあるでしょう。問題は、むしろ私が手柄を横取りするような形になることですが……」
「『王門八極』も国軍の将兵も何も思うまい。卿の力と人柄をよく知っているからな。どうせ文句を言うのは兵を出さなかった連中だ。だがいずれ卿は彼らより上になるのだからそれも問題にはなるまいよ」
言うことが少々雑になっている女王陛下を見て、ヘンドリクセン老が溜息をついている。
それは仕方ないだろうが、俺の方をチラッチラッと横目で見るのはどういう意味なんだろう。まさか俺に何とかしろと言ってるのだろうか?
「そういうことでございましたら、私は陛下の為に全力を尽くしましょう。一太刀でリースベンを退け、返す刀で『悪神』までを討伐いたしますので、陛下はこちらにてごゆるりとお待ちください」
咄嗟になんかアホなことを言ってしまったが、俺の芝居がかったセリフを聞いた陛下は一瞬目を丸くした後、こらえきれずにプッと吹き出した。
「くく……ふふふっ、卿もそういう冗談が言えるのだな。今のは面白かったぞ」
ひとしきり笑うと、陛下はふぅと息を吐いて、いつもの凛とした表情にもどった。
「文句を言っているどころではなかったな。余には卿というこの上ない協力者がいるのだから、これ以上求めるのは贅沢というもの。いずれにせよ、リースベンとの開戦は避けられん。その被害を最小限にするために卿の力を貸してほしい」
「御意」
「それと今回『悪神』を討伐したあかつきには、卿を侯爵位に上げることを公表したい。無論領地など具体的な話はすべてが片付いたらということになるが、先行して発表することで卿の地位を明確にしたいのだ。よいか?」
「は。それが陛下のお考えならば」
と答えると、女王陛下は満面の笑みを浮かべ、ヘンドリクセン老は天を見上げた。
あれ? とりあえず上位貴族になって領主となることについて自分なりに覚悟を示したつもりなんだが、何かまずかったのだろうか?
「ふむ、どうやらクスノキ卿もいよいよ上位貴族になる決意ができたようだな。余としても非常に喜ばしく思う。ヘンドリクセン卿もそう思うであろう?」
「そうですな。侯爵ともなれば王族以外では最上の位となりますし、国法と照らし合わせても陛下の横に立てる人間となります。国にとっても大変に喜ばしいことです」
答えつつ、ヘンドリクセン老は済まなそうな顔を俺に向けた。
少し待ってください、もしかしてこれってなにか腹芸的なやりとりが隠されているんですか?
「侯爵」といえばかのトリスタン侯爵と並ぶわけで、彼に対抗させるとかそんな話ですかね。
それくらいならまあ覚悟の上ですが……というか、そうか、トリスタン侯爵か。彼の存在を忘れていた。
「陛下、侯爵で思い出しましたが、かのトリスタン侯爵がここまで静かなのが少し気になります。彼はリースベンへの兵は出しているのでしょうか?」
「うむ、五千ほど出しているはずだ。それがどうかしたか?」
「彼の侯爵にもし野心があるならば、行動を起こすのに今が適した時期と考えます。私が『悪神』を倒せば、残る『厄災』は『闇の皇子』のみ。しかもその『闇の皇子』への切り札を持っているのもかの侯爵です。しかも今、首都は大方の兵が出払っており手薄となっております。言の葉にするのも畏れ多いことですが――」
俺が続けようとした言葉を、女王陛下は手を挙げて制止した。
「うむ、言いたいことは分かった。確かに卿の言うことはもっともであるな。余としても可能性の一つとしては考えていたが、卿が指摘するとなればいよいよもって現実のものと考えねばなるまい。ヘンドリクセン卿、対応はいかに」
「はっ。守備兵を増員いたしましょう。可能ならばドータム卿を配置しておきたいところですが、そうすると陛下の御身の守りが薄くなりますゆえ……」
「親衛騎士がいるのだから問題ない。ドータム卿も守りに回ってもらおう。トリスタンはニールセンと並ぶ剣士であるし、並の兵では相手にならぬ」
「それでは、この間のように勇者殿とネイミリア殿の派遣をお願いしては?」
「うむ、そうだな……クスノキ卿、頼めるか?」
「分かりました。エイミも含めてこちらへ呼んで参りましょう」
トリスタン侯爵の動きとは関係なく、ネイミリアたちにはまた護衛についてもらうかもとは言ってあった。事前に相談はしておくものである。
それはともかく、首都はとりあえず守りさえ固めてもらえれば大丈夫だろう。万一恐れていた事態が起きても、基本的に国軍や『王門八極』の3人が戻るまで耐えればいいだけである。
もっとも、その前に俺が『悪神』を倒して転移してくる方が早いかもしれないが。
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