23章 悪神暗躍(前編) 08
ネイミリアたちを女王陛下の護衛につけ、俺はそのままリースベンとの国境沿いにある砦へと向かった。
砦の周辺はすでに戦直前の物々しい雰囲気に包まれていた。
『千里眼』で見ると、砦の向こうには平原が広がっており、その平原に国軍と地方領主の軍勢合わせて15万ほどが陣を張っている。
さらに遠方にはリースベンの軍勢が陣を張っており、すでに一触即発といった状況であるようだ。
しかし双方合わせて25万の軍勢など、歴史物語でしか聞いた事のない数字である。
その上『千里眼』で上空から俯瞰するとどうしても現実感が薄くなるのも確かであった。
大勢の人の命が失われる場だということを忘れてはならないと思い直しつつ砦に入る。
もはや国の最重要人物の一人である俺は、最前線の砦に入るのもほぼ顔パスである。
作戦室らしき場所には、すでに各軍の将が集まっていた。
砦の司令官、国軍の総大将と副官、地方貴族軍の将たち、そして『王門八極』のアンリセ青年、メニル嬢、クリステラ嬢、そしてアメリア団長の姿もある。
「あっ、ケイイチロウさん、また会ったわねっ」
「待てメニル、今はダメだ」
俺の顔を見ていつもの抱き着き挨拶をしようとしたメニル嬢をアメリア団長が止めてくれた。
クリステラ嬢とアンリセ青年がそれを見て苦笑いしている。
他の将は妙な顔をしているが……申し訳ありませんね、真剣な場を壊しかけてしまって。
「私はケイイチロウ・クスノキと申します。女王陛下の命を受け、この戦いでの任務を申しつけられて推参いたしました。遅参いたしましたことお詫び申し上げます」
まずはこの場を取り仕切っていると思われる砦の司令官殿に挨拶をする。
地位としては国軍の総大将が上であろうが、この砦の中では現場組が形式上上位のはずだ。
砦の司令官は、口髭をたくわえた壮年の男性であった。叩き上げの武人と言った雰囲気だが、その目には理知的なところも感じられる。
「おお、卿のお噂はかねがね聞いております。聞けば直前まで『厄災』を退治して回っていたとか。遅参などとんでもない、護国卿と言われる貴殿のお力が得られるのは頼もしい限り、よろしく頼みます」
若干演技かかっているのは、この場にいる他の将兵に俺の事情を伝える意味があるのだろう。それに「護国卿」は初耳な上に前世だと首相レベルの称号だった気がするけど……。
ともあれ初対面の現場組の人にそこまで気を使ってもらうのも不思議な感じである。
「実は小官の家内が首都におりまして、先日の『穢れの君』襲撃において貴殿に救われたと手紙が来ておりました。しかも家内は病気まで快癒したとか。小官も深く感謝をしているところです」
ああ、そう言うことか……いや、救われたというのはあの魔法がらみのことを言ってるんだと思うけど、あれって『偶然起きた神の奇跡』ってことになってるはずでは?
俺が変な顔をしていたのだろう、司令官は顔を近づけて小声でこう言った。
「実は小官も家内もアルテロン教を深く信仰しておりまして……」
「は、はあ……」
なるほどそういうことですか、納得いきま……納得しちゃいけないんだよなあ。
俺が軽いめまいを感じていると、司令官はさらに続けた。
「ところで、クスノキ卿が受けた命とはどのようなものかお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
「は……あ、はい。リースベンの『三龍将』を相手にするよう命ぜられております。もし彼らが『悪神』に操られているのであれば、それを解除することで戦いを早期に終わらせることができる可能性もあるとのことです」
「『三龍将』を討ってしまう方が早いのでは?」
「もし彼らが操られていないのであれば、討ち取るなり捕縛するなりいたしましょう」
俺がそう言うと、地方貴族の将たちが露骨に変な顔をした。
事情を知らなければ、俺が大言壮語をしているだけに見えてしまうだろうから仕方ない。
その雰囲気を読んだのか、『王門八極』のクリステラ嬢がフォローをしてくれた。
「数々の『厄災』を屠った君なら『三龍将』など歯牙にもかけないだろうね。ボクたちの出番はあまりなさそうだけど、手伝いはいるかい?」
「できれば私が『三龍将』と1対1で戦える状況を作っていただけると助かります」
「承った。ボクとアンリセが共に行こう。敵中突破はワクワクするね」
「勝手に決められても困るけど、クスノキ卿の頼みでは断れないね。微力ながら助太刀しよう」
とアンリセ青年も合わせてくれる。
さすがに『王門八極』までが一目置いている……という形になれば、他の将も納得せざるを得ない。
どうやら現場組に嫌われるという感じにはならなくて済みそうだ。そこが一番気がかりだっただけにありがたい。
やっぱり普段の行いが大切だと痛感する次第である。
「クリステラズルくない? 勝手に出撃決めるのはダメだと思うんだけどっ」
「だけどメニルに敵中突破は難しいだろう? ここは前衛型のボクたちに任せてもらわないとね」
と2人が言い合いをしているのは、俺が宿泊することになっている部屋の中である。
作戦会議の後、砦の司令官のご厚意で広めの部屋に案内されたのだが、そこにアメリア団長とメニル嬢とクリステラ嬢がやってきたのだ。
さすがに婚約者とはいえ婚前の男女が一つの部屋にいるというのはマズいだろうとは思うのだが、まあさすがに4人なら妙な噂も立たないだろう。……立たないよね?
「それなら私が出てもよかったのではないか? ケイイチロウ殿とは共に戦ったこともあるのだが」
「アメリアは騎士団を率いてるんだからそれこそダメじゃないか。丁度ボクとアンリセが身軽なんだからこれでいいんだって」
クリステラ嬢は団長とも仲がいいらしい。もっとも彼女は誰に対しても同じ態度な気もするが。
「だいたいクスノキがここに来たのだって、婚約者を守りたいって目的もあるんだろう? だったらその気持ちを汲んであげることも大切なんじゃないかな」
「そんなこと言って、ただ単にクリステラが一緒に戦いたいってだけでしょ。そういえば『三龍将』とも戦いたいとか言ってたよねっ」
「甘いぞメニル。クリステラの目的はケイイチロウ殿だ。戦いはむしろついでだろう」
「へえ、アメリアも遂にそういうことを言うようになったんだ。恋は女を変えるんだね」
「ば……っ! そんな話をしているのではない! 私はケイイチロウ殿の婚約者としてだな……」
「あっ、アメリア姉顔真っ赤なんだけどっ」
ひええ、なんで最前線の砦でキラキラガールズトークが始まってしまうの?
戦の前の緊張感とかないんですかねこのお嬢さんたちは。俺なんかより遥かに肝が据わってるんですが……。
「んんっ、ところでケイイチロウ殿は『三龍将』についてはどれだけ知っているのだ?」
おっとアメリア団長がこっちに逃げてきたようだ。応えてあげないと恨まれそうだな。
「実はあまり知らないんだよ。龍をかたどった鎧を着ているとか、全員武器の扱いに長けた戦士だとしか聞いてない。知っていたら教えて欲しいんだけど」
「うむ。『三龍将』は、それぞれ剣、槍、弓の達人だと言われている。無論各人それ以外にも長けているだろうが、とりわけ得意な武器がそれらというわけだな」
「なるほど」
「ちなみに男が2人、女が1人だそうだ。年齢は1人が年かさだが、ほか2人は我々と同年代くらいらしい」
「ふむ」
「それぞれ軍を率いているが、彼らが率いる軍はそれぞれ同じ色の防具をつけている。これは見ればすぐわかる」
「リースベンにとってはそれだけ英雄的な将軍たちということだね。『王門八極』とはちょっと扱いが違う感じかな?」
これにはクリステラ嬢が答えてくれた。
「そうだね。ボクたちは基本将軍ではないからね。自由に行動することで個の力を発揮することに重点が置かれてる。ボクやメニルは多少部下を率いているけどね。対して『三龍将』は完全に軍を率いる将軍だ。彼らの個人的な武威は、率いる兵の士気を上げるためにある感じだね」
「同じ強者でも国によって扱われ方が違うのは面白いね。でも今回はそれが都合よく働きそうだ。リースベンの方は、将さえ潰せば戦意が失われるということでもあるし」
「なるほどっ、そういう考え方もできるんだ。さすがケイイチロウさんっ」
とメニル嬢が抱き着いて来ようとして、アメリア団長にまた阻止される。
「『三龍将』を潰すなど簡単に言えるのはケイイチロウ殿くらいのものだろう。彼らが率いる兵も精鋭と言われているからな」
「そうだね。ところで『三龍将』が『悪神』に操られているとして、どうやって解除するつもりなのかな。ボクたちにしたように『闇属性魔法』を使うつもりかい?」
クリステラ嬢がちょっといたずらっぽい目をしたのは、『闇属性魔法』の副作用を身をもって知っているからだろう。
「あの後レベルが上がって妙な後遺症が出なくなったから、それが一番穏便だろう。強い打撃を与えても解除はできるみたいだから、いざとなったらそっちでいくけど」
「あっ、じゃあ是非その打撃を与える方法でいきましょ! その方が早いしね。ねっ、ケイイチロウさん」
とメニル嬢が言うと、アメリア団長とクリステラ嬢もうんうんと頷いている。
「そうだね。戦う以上、結果として打撃を与えて解除することになるとは思う。ただ相手が女性だと……」
「ダメだから、そこが一番大切なのっ。相手が誰でも、いや女性だからこそ打撃でいきましょ! ねっ?」
いやいや、仮にも婚約者に女性を殴れとかちょっとエクストリームすぎませんかね。他の2人もまた頷いてるし。
「わ、わかったから。どうせ戦うならその方が早いしそうするよ」
メニル嬢も副作用の犠牲者だし、敵とはいえ女性に同じ思いをして欲しくないということなんだろう。
それにここで無理に『闇属性魔法』にこだわると、俺がまた女性を落とそうとしてるとか言われるしな。
申し訳ないけど殴らせてもらおう、俺の心の平穏のために。
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