23章 悪神暗躍(前編)  09

 リースベン軍が動いたのは翌朝早くであった。


 宣戦布告の使者もなく、開戦前の口上すらなく、いきなり全軍が動いたのだ。いくら俺が素人とはいえ、これが非常識な軍事行動であることは理解できた。


 サヴォイア軍も動き出し、どうやら全面衝突は避けられない雲行きだ。


 俺はクリステラ嬢とアンリセ青年と共に砦を出た。


「さてクスノキ卿、ここからどうするつもりかな?」


 アンリセ青年が涼しげな顔をしながら聞いてくる。


「まずは俺のスキルで『三龍将』を探す。発見次第そこに転移して、解除なり捕縛なりをするよ。2人にはその間、他の兵を近づけないように頼みたい」


「伝承にある転移魔法か。クスノキ卿がそれを使うとなると、もはや戦場に安全な場所などなくなってしまうね。それはそれとして役割については十全に果たすから、安心して『三龍将』を料理してくれ」


「ボクも了解したよ。クスノキには誰も近づけさせないさ。任せてくれ」


 2人の力を知っているだけに頼もしい。


 と、戦場に鐘が鳴り響いた。どうやらリースベン国が国境を割ったらしい。


 これでサヴォイアはリースベンの侵攻を受けたことが確定、リースベンとサヴォイアは交戦状態となった。


 つまりここからは、インチキ野郎がどれだけ暴れてもリースベン側は文句が言えないというわけである。


 俺はすかさず『千里眼』を発動して『三龍将』の居場所を探る。


 なるほど、第二陣の中央と左右にそれぞれ赤青緑で統一された部隊がある。


 その部隊の先頭には、肩当ての部分が龍にかたどられている防具を身に着けた男女がいる。


 手にしている武器も剣槍弓だ。非常に分かりやすくて助かるな。


 なお予想通り、『洗脳』もしくは『憑依』の状態にあるのは将軍や幹部クラスだけのようだ。さすがに兵士全員を支配下においているわけではないらしい。


 さて、見ている間に先頭部隊同士の魔法と弓の応酬が始まってしまった。


 というか、リースベン軍が先制攻撃をした形だ。矢と魔法弾が雨のようにこちら向かって飛んでくるのが見える。


 実は先制させるのは作戦の内だ。サヴォイアの将兵は俺の言うことを信じてくれたようだ。


「ヘルズサイクロン」


 俺は両軍の中央に巨大竜巻を壁のように複数発生させた。


 竜巻は飛来する矢と魔法弾を巻き込むと、凄まじい勢いですべて天に巻き上げてしまう。


 その様子を見ていたクリステラ嬢が呆れた顔をする。


「できるとは思っていたけど、実際見るとすさまじいなんてものじゃないね。正直あれを敵軍の真ん中に発生させたらそれだけで終わってしまうんじゃないか?」


「北の砦の魔法も凄まじいと思ったが、これはもはや天災だよ。クスノキ卿がその気になれば本当に一人で一軍を全滅できそうだ」


 一方のアンリセ青年はさすがに驚いた顔をしている。これは付き合いの長さの差だろう。


 しかしまあ、2人の言う通り、俺が本気になれば10万のリースベン軍を1刻も置かずに壊滅できるだろう。


 自分でも恐ろしいことだとは思うが、それは事実である。


 たださすがに大量虐殺それをやってしまったら俺の精神が持たない。


 それに加えて、恐らく俺はこの世界に居場所がなくなる。


「壊滅できる人間」は存在が許されても、「実際に壊滅したことのある人間」は存在が許されない……というのは、実は女王陛下の判断でもある。


 彼女は俺が大量虐殺者になることを禁じたのだ。それは彼女の優しさでもあったろう。


 魔法による竜巻が消えると、サヴォイア軍の遠距離攻撃が始まった。


 これで機先は制することができただろう。後は為すべきことをなすだけだ。


「クリステラ、アンリセ、『三龍将』の場所が確定できたから作戦を始めよう。準備はいいかな」


「ああ、いつでもいけるさ」


「大丈夫だ、始めてくれ」


 2人の返事を聞いて、俺は一人目の『三龍将』のいる場所に向けて転移魔法を発動した。

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