4章 美人受付嬢の悩み 03
翌日、俺は自分の持っている服の中でできるだけ上等に見えるものを着て家を出た。
アビスはネイミリアに預け、サーシリア嬢には朝一で内門騎士団長とのトラブルを上司に報告するよう伝えた。
個人的なことであるならともかく、協会経由で俺を呼びだした以上、その面会の場でもしサーシリア嬢関係の話がでるならそれはもう協会案件である。
組織の一員として、
領主館の守護を主な任務とする内門騎士団の駐屯地は、第二の城壁に囲まれたロンネスクの中央区にある。
初めて入る中央区はまさに別世界のようであった。
広い街路は表面の石目まで整えられ、道の左右には魔道具を使った街灯が整然と並び、庭付きの豪邸が豪華さを競い合っている。
高級住宅街のハイグレード異世界バージョン、という感じであろうか。
この国が女王を頂点とした中央集権国家とは聞いていたが、なるほどこれが『貴族階級』なのかと思わせる街並みである。
しばし街を眺めていると、門番らしき兵士がこちらを
内門騎士団の駐屯地は、城門の近くに構えた大きな館であった。
俺が来訪の目的を門番の兵士に告げると、たっぷり一時間は待たされたあと、応接室らしき場所に通された。
そこは嫌味なほど豪華な部屋であった。
応接の間を飾り付けること自体は、その部屋の主の力を誇示するという意味で行うことはある。(無論会社ではやらないが)
しかし騎士団の力を示すのに、絵や壺といった芸術品を並べておくのはどう考えてもおかしいのではないだろうか。
「待たせてしまったかな。初めましてクスノキ殿。私はローネン・リガール、栄えある内門騎士団の団長を仰せつかっている者だ。国からは騎士爵も
後から部屋に入ってきた恰幅の良い男が、立ったまま一礼する俺に目もくれず席に座った。
副官らしき若い男に促され、俺も対面の席に着く。
リガールと名乗った30代中頃の男、いや騎士団団長は、お世辞にも戦う集団の長とは見えない人間だった。
体つきこそ立派ではあるが、その腹には隠し切れない
服はいかにもザ・貴族みたいなキラキラした制服を着ているが……本人からはキラキラというより、何か不快なギラギラ感が漂っている。
いや、先入観で判断するのはいけないな。
「お初にお目にかかります。ロンネスクにてハンターをさせていただいているケイイチロウ・クスノキと申します。本日は閣下の
「ふむ、ハンターも1級ともなれば十分な礼儀をわきまえているようだな。大変結構なことだ」
「恐縮でございます。して、閣下が私をお呼びになった理由はいかなるものなのでしょうか?」
「まあそう急くこともあるまいが……余裕がないのは下々の定めか。先日のガルム討伐の件で、貴殿には聞きたいことと提案したいことがあるのだ」
いやこの人、言葉の端々に余計なことを加えないと話せない病気なのだろうか。
「領主様に上げられた報告では、あの女……都市騎士団の団長がガルムを討伐したと言うことになっている。その場には貴殿もいたそうだな?」
「はい、おりました」
「うむ。では単刀直入に聞くが、ガルムを討伐したのは本当にあの女なのかね?実は貴殿が追い詰めて、あの女は止めを刺しただけ……などということはないか?」
え、これはカマをかけられているのか?俺の力が疑われてるのか?
「いやむしろ、実は貴殿が討伐したところを、あの女に手柄を横取りされたのではないかね?もしそうであれば、私としては貴殿に対して助力をし、その功績を貴殿に返すこともできるのだが」
ああなるほど、矛先はむしろあの美人騎士団長の方なのか。ついでに俺に恩を売って、自分の側に取り込もうなんてことも考えているようだ。
ここはひとまず真面目なハンターを演じてみよう。まだ確信は持てないが、恐らく……。
「いえ、ガルムを討伐したのは間違いなく都市騎士団長閣下でございました。私はブレスの対応に必死で、ほぼ手を出しておりません」
「ふむ、貴殿も所詮はハンター風情か。もう一度言うぞ。貴殿がその気なら、私は貴殿に7等級討伐の栄誉を与えることができるのだ。7等級ともなれば、地方なら10年は贅沢に暮らせるくらいの
「それは、私がガルム討伐について、虚偽の報告を……」
「『真実の報告』だ。貴殿はあくまで『真実の報告』をすればよい。何も後ろ暗いところなどない」
確定である。要するにこのギラギラ騎士団長は、キラキラ美人騎士団長を追い落としたいのだ。俺は騎士団同士の権力争いに巻き込まれたわけだ。
「しかしそれは……」
「私は物分かりが悪い人間は好まないのだよクスノキ殿。君には
「……それはどのような意味でしょうか?」
「まだ分からんか?ここに来た時点で、君に断るという選択肢はないのだ。そもそも、このような話を聞かせてそのまま帰すと思っているのかな?」
そこで『決まった!』みたいな顔されても困るんだが。しかしこのギラギラ団長、会ってから15分くらいで悪役ムーブを完全制覇である。
いやでもどうすればいいんだろうか。
この場を逃げるのは簡単だが、騎士団なんていう行政側の組織に冤罪でもかぶせられたらさすが勝ち目はない。協会の支部長でも対応は難しいだろう。
一旦承諾した振りをしてから対策を練るか?いや、恐らくこのギラギラ騎士団長は証言が終わるまで俺を解放するつもりはないだろうな。
そういえば、この人も一応騎士なんだよな。とすれば、個人的な名誉に関わることを刺激してやれば隙を見せる可能性もあるか?
「分かりました。サーシリアに会えなくなるくらいなら、閣下の言に従いましょう」
「なに……?」
ニヤニヤしていた元イケメン顔からいきなり表情がなくなった。なるほど、言い寄っていたのは本当だったんだな。しかも同居の件はまだ知らなかったらしい。
「貴殿は今サーシリアと言ったな。それはハンター協会の受付嬢のことか?」
「はい。先日ようやく想いが通じまして――」
「たわけ!サーシリアは私の女だ。貴様、誰に断って私の物に手を出しているのか!」
「いやそんな、昨日のベッドの上では彼女はまだ乙女でありましたし――」
どう考えても不自然なセリフだったが、ギラギラ団長にはそれを疑う余裕はなさそうだった。
顔を真っ赤にしてバネ仕掛けの人形のように立ち上がると、唾を飛ばして叫びはじめた。
「きっ、きききき貴様ァッ!!
いやちょっと、今までの流れはなんだったのかというくらいのキレっぷりである。
まあでもこれで、俺が闇から闇へ葬られる流れはなくなったようだ。
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