4章 美人受付嬢の悩み 02

その日の内に家引き渡しの事務処理を終え、夕方には宿を引き払って新しい住居に移った。


宿の主人と女将さんと娘さんには大変残念がられたが、ときどき食堂に飯を食べにくるということで和やかに送り出してもらった。


ネイミリアと一緒に……という所で妙な勘ぐりをされてしまい、一応言い訳はしたが多分聞いてもらえてはいないだろう。


なぜか彼らの中で、俺はネイミリアにすでに手を出したことになっているらしい。


……ここが日本じゃなくて本当に良かった。


ちなみに同居に関しては最後まで抵抗したのだが、俺が不動産屋で手続きをしている間にネイミリアとサーシリア嬢は引っ越しを終えていた。


ネイミリアは荷物が少ないからわかるのだが、さすがにサーシリア嬢のスピード感はおかしくない?と思ったが、キラキラ美人受付嬢の無言の圧力付き笑顔の前に俺は黙らざるを得なかった。





新しい家での生活については、予想外の同居人が増えたこと以外は特に問題はなかった。


まあ女性と同居するのが初めてというわけでもなし、トラブルになりそうな所を避けるのは長年の家族生活で慣れ切っている。


そうは言っても慣れたころにやらかすのも世の常なので、気は抜かないようにしたい。


それにどちらかと言うと、問題は家の外にあった。


ハンター協会に行った時の男性ハンター陣の視線に殺気がこもるようになったのである。


「ようクスノキの旦那。No.1受付嬢を一瞬で射止めちまうなんて、アンタやっぱりただモンじゃなかったな」


そう言ってきたのは以前いい人判定をした中年ハンターである。


「だがしばらくは背中に気を付けた方がいいかもな。1級ハンターは背中にも目があるぞ、と若いのには言っておいてやるがな」


「はは、ありがとうございます。ついでにそういう関係じゃないと広めてもらえませんか」


「さすがにそれは無理ってもんだ。別に悪い話じゃない、事実じゃないなら事実にしちまうんだな」


ああこの人格好いいな。いい歳をした今でも、こういう大人には憧れるのだ。





新居に越してから1週間(この世界でも1週は7日だった)は何ごともなく過ぎた。


いや、いくつかの狩場で異常が発生しており、協会の依頼でその対処に向かうことはあったが、自分にとってそれはもはや通常業務みたいな扱いである。


上位モンスターと戦えるので、スキルやレベルを上げたい俺とネイミリアにとっては渡りに船と言った方がいいくらいである。


なお、ネイミリアは問題なく2級に昇格した。魔法の威力も出会ったころに比べて大幅に上昇しており、1級昇格もそれほど遠いことではないだろう。


そして1週間目の夕方、協会に戻った俺たちは、サーシリア嬢経由で支部長室によび出された。


「お疲れのところ申し訳ありませんわね。クスノキ殿に内門騎士団の方から呼び出しがあり、その件をお伝えするためにお呼びいたしましたの」


胸と太ももの肉感を主張するスーツに身を包んだキラキラ美女吸血鬼が、白銀の髪をサラリとかき上げながら言った。


ただの業務連絡にそこまでの色気は必要ないと思いますよ。


「内門騎士団、ですか?接点を持ったことはありませんが」


「どうやら貴方の噂を聞きつけたらしく、内門騎士団の団長が面会を求めてきているのですわ。やんわりとお断りしたのですが、領主様にもねじ込んだらしく、協会としては断れなくなってしまいましたの」


「なるほど……。私個人として断る、という選択肢もなさそうですね」


「ガルムの件は公になっていますからね。アメリア……都市騎士団長が討伐したことになっていますが、その場に貴方がいたことは知られていますので、公務にて報告を聞きたい、と言われたら市民として無下むげにはできませんわ」


「わかりました。いつ参上すればいいのでしょう」


「明日、だそうですわ。いかにもあの男……内門騎士団長殿のなさりようですわね」


この切れ者ゴージャス美女が眉間にしわを寄せるとは、内門騎士団の団長はちょっといわくのある人物のようだ。


「内門騎士団について、詳しく教えていただくことは可能ですか?」


「そうですわね、一通りはお話いたしましょう」


と言うことで支部長から説明を受けたのだが……わざわざ隣に座る必要はありませんよね?


不必要に太ももとかをくっつけてくるのは……あ、もしかしてこれが逆セクハラというやつなのだろうか。


いや、これを逆セクハラとか言ったらさすがに分をわきまえろと非難されそうだな。




家に戻り、3人と1匹で揃って夕食を食べ(サーシリア嬢は料理までやり手だった)、俺が自分の部屋でアビスと戯れていると、サーシリア嬢が深刻そうな顔をして部屋に入ってきた。


「どうかしまし……いや、どうかしたのかい?」


家では口調をネイミリアに対するものと同じにして欲しい言われているのだがまだ慣れない。


「実は、明日の内門騎士団に行かれる件なんですけど、私も関係があるかと思いまして……」


「それはどういうこと?」


サーシリア嬢はベッドに腰かけると、伏し目がちに話はじめた。


「私、内門騎士団の団長にずっと言い寄られていたんです。もちろん断っていたんですけど、しつこくて……。それで、誰か強い人と仲良くなってしまえば諦めてもらえるかなと考えていたんですけど……」


「ああ、確かにそれは手ではあるね」


「はい。そこに現れたのがケイイチロウさんで、それで……」


「なるほど、隠れみのに丁度いいと思ったんだね」


「う……そうです。でも、まさか呼び出しとかかかるとは思わなくて……。明日行かれると、もしかしたらケイイチロウさんは私のせいでとても不快な思いをするのではないかと……」


「ふむ……」


この世界、強い女性も多いが、普通は強い男に囲われて守ってもらう、というのが当たり前のようだ。


というか、前の世界だってそういう習俗は時代によっては当然のようにあった。


それを考えれば、サーシリア嬢のしたことは身を護るという意味で別段おかしなことではない。


むしろそういう理由がなければ、俺と同居するなどという常軌を逸した行動には出ないだろう。


なるほど納得である。早合点しないでよかった。やはり会社員時代の経験は貴重である。


「あの、どうして笑っているんですか?」


「え、いや、まあ俺を頼ってくれてよかったなと思ってね」


「え……っ」


「それと明日の件は大丈夫だよ。この手のクレーム処理には慣れてるから。いざとなったら魔法で吹き飛ば……したらまずいだろうから、適当に逃げるさ。これでも1級ハンターだからね」


「うぅ、ごめんなさい。そしてありがとうございます……」


感極まったように顔を覆うサーシリア嬢をなだめ、自分の部屋に帰らせた。


あれがウソ泣きだったりするくらいなら、むしろ安心なんだけどなあ。

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