4章 美人受付嬢の悩み 01

「おはようございますケイイチロウさん、ネイミリア様。例の家を引き渡す準備が整いました。ご都合の良い日に案内いたしますのでお申し付けください」


遺跡から帰って数日後、朝の協会のカウンターで、今日もキラキラしているサーシリア嬢にそう告げられた。


いつの間にか『ケイイチロウ様』から『ケイイチロウさん』に変わってるのは、彼女との距離が近づいたという解釈……をしたらきっと気持ち悪がられるからやめよう。


若い女子社員との間には、適切な距離感を保つことが極めて重要だと俺は知っている。


「ああ、それはなるべく早いほうが助かります。正直今日明日にでも越したいですね」


「にゃあ」


今俺の肩に乗っている子猫のせいで、今の宿に泊まり続けることがかなり困難になっていた。無理を言って泊めてもらっているが、さすがに限界が近い。


「それでは、よろしければ今からご案内申し上げます」


「え、今から忙しくなる時間では?」


「私は『担当』として、ケイイチロウさんに関する案件を最優先にするように副支部長から申し付けられておりますので」


「はあ、ではお願いできればと……」


その場にいた男性ハンター達の冷たい視線に耐えつつ、俺はネイミリアとサーシリア嬢、そしてアビスと共に協会を後にした。




家はロンネスク東地区の一角にあった。


ちなみにロンネスクは、領主の館(ほぼ城だが)を擁する中央区を中心に東西南北に分かれており、南はいわゆる商業地区で、他3方位は基本的に居住地区である。


東地区はその中でもっともランクの高い場所だとサーシリア嬢。ちなみに協会職員はサーシリア嬢を含め、主に西地区に住んでいるとか。


北地区は一部スラムを含むとのことだが、スラムと言っても行政の手が行き届いており、特に治安が悪いと言うことはないようだ。


案内された家は、三階建てではあるが、それ以外は日本の平均的サラリーマンが買える一軒家程度の物件であった。


両隣の家との間に隙間がないのと庭がないのは土地が限られているため仕方がない。


中に入ると、前の住人のものか最低限の家具は揃っており、すぐにでも住めそうな感じである。


「ああいいですね。こんなに立派な家に住めるならありがたいです」


「そう言っていただけると支部長も安心すると思います。かなり無理をしたようで……済みません、これはケイイチロウさんには関係のないお話でした」


サーシリア嬢が一礼する。何気なく恩を売るところはさすがやり手協会職員である。


「いい家ですね師匠。ここなら私も落ち着いて魔法について研究できそうです」


ネイミリアが二階の部屋を覗き込みながら言う。あれ?今何か変な事を言わなかっただろうか?


「え、ネイミリアもここに住むの?」


「え?住まないんですか?」


「いやいや、普通男と一緒には住まないよね?」


「男じゃなくて師匠ですよ?」


「いやいやいや、それはおかしいと思うよ?」


「でも、私もここに住めば、師匠にもっと色々なことを教えてもらえますよね?」


「『色々な魔法』ね。そこ省略されると俺の社会的地位が危険なことになるから注意してね」


「師匠は女の子一人で宿住まいをしろと言うんですか?」


「いやいやいやいや、ここに一緒に住むよりは安全だよね?お金は稼げてるんだしいい宿に変えると言うことも……」


「師匠と一緒に住むのは、知らない土地で女の子が一人暮らしするのより危険なんですか?」


この娘は何を言っているのだろうか?咄嗟に言葉を返せないのが大人としてとても悔しい。


「あ~、コホン。ちょっといいでしょうか?」


よかった、サーシリア嬢が説得してくれるようだ。


「協会としてはお二人の私的な生活に口を出すことはできませんが、私個人としては若い男女が一つの家に住むのは、恋人や夫婦といった関係でなければするべきではないと思います」


「そうですよね」


「ですが、ネイミリア様のような可愛らしい方が一人と生活するというのも大変問題があると思います」


「そうですよね!」


「ですので、ネイミリア様が望まれていて、なおかつケイイチロウさんが多少でもネイミリア様のことを気がかりに思うなら、一緒に住むのもいたしかたないことかと思います」


「いやいやいやいやいや」


「ただし、男女間のトラブルで優秀なハンターが身を持ち崩すようなことがあっては協会としても困ります。そこで、私も一緒に住むことでトラブルを未然に防ぐことを提案いたします」



??


???


今俺は驚異的な論理の飛躍を見た気がする。


おかしい、どこをどうすればキラキラ美少女エルフとキラキラ美人受付嬢、2人と同居とかいう話になるのだろうか。


「いや、それならネイミリアとサーシリア嬢が2人で暮らせば……」


「それじゃ意味ありません!」

「それでは意味がありません!」

「にゃあ」


俺は肩に乗ったアビスを撫でながら途方に暮れた。

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