4章 美人受付嬢の悩み 04
3日後の昼過ぎ、俺は内門騎士団の練兵場にいた。
周りには、明らかに高位と見える中年男性の貴族――なんとこの都市の領主様である――と、その取り巻きの護衛や文官が20人ほど、それから物見の貴族たちが30人ほど、協会の支部長副支部長、美人騎士団長とネイミリア、そしてサーシリア嬢がいる。
正面には決闘の相手であるギラギラ騎士団長と騎士団員10名が完全武装で立っていた。
この国での『騎士の決闘』なんていうものがどういう物か全く知らなかったのだが、取り合えず『騎士対平民』でも成立するらしかった。
しかも『内門騎士団』という領主直属組織の長が行うということで、なんと領主様の御前で行う運びとなったらしい。
一人の女性をめぐっての私闘に領主様が出てくるのはどう考えてもおかしいだろう……と思っていたら、美女吸血鬼支部長がなにやら意味深に笑っていたので、どうも裏から手が回されたらしい。
もちろんあの脅された件は報告済みなので、もしかしたら何か仕掛ける気なのかもしれない。いや、仕掛けるなら事前の打ち合わせはして欲しいんですが。
上司が報連相を
領主様の部下と思われる男性文官が中央に進み出て、
「これより、内門騎士団団長ローネン・リガールと、ハンター、ケイイチロウ・クスノキによる決闘の儀を行う。この決闘は神聖なものであり、この場にて決した議は何人も
「認めます」
「無論だ」
サーシリア嬢を見ると、今にも泣きだしそうな顔でこっちを見ている。
さすがにこんな騒ぎになるとは思ってなかっただろうし、俺としても申し訳ない気分でいっぱいである。後で謝りまくろう。土下座も辞さない。
「よろしい。なお、この決闘はロンネスク領主であらせられるコーネリウス公爵閣下の御前にて行われることが許された。公爵閣下におかれては、久しく行われなかった名誉ある決闘の仕儀にいたく感銘を受けておられる」
ギラギラ団長が我が意を得たりとばかりに頷いている。妙な流れになっていることに少しは気付いて欲しい。
「ゆえに、公爵閣下はこの決闘の勝者に
「おお」
貴族たちから声が漏れ、ギラギラ団長は目を輝かせている。
領主様を見ると、口元が微かにほころんでいる……間違いなく皮肉の笑みだろう。
ああ、そういうことか――と俺は、誰かの手のひらの上で踊らされている自分を自覚した。
「では両者、決闘を始められよ」
文官が下がる。
俺はオーガエンペラーの大剣を背から引き抜いて構えをとった。
相手は団長プラス団員10名、信じられないことだが、この不平等マッチメイクは決闘のルールとしてはありなのだという。
いや、事前に解析で見たけど、正直100人いても相手にならないレベルの団員たちなのでどうでもいいんだが。
「行けっ!下賤なハンターを手足をもぎ取って私の前に連れて来い!」
団長が叫ぶ。なんかもう色々と隠すつもりがないようだ。
銀灰色の鎧をまとった騎士たちが盾と短槍を構えて距離をじりじりと詰めてくる。
魔法は別に禁止されてはいないのだが、何が起こったか分からないうちに終わってしまうのは後々クレーム案件になりそうだ。
俺が無造作に前に出ると、一応は連携している動きで団員が攻撃してきた。
と言っても、都市騎士団のそれとは比べるべくもない。
精鋭がこれでは、内門騎士団のレベルはお察しである。
――大剣を一振り。
それだけで完全装備の騎士たちが数人まとめて吹き飛んだ。
手足はもげてないし、首もつながってるし、鎧を着ているからさすがに死ぬことはないはずだ。というか、鎧のせいで丁度いい手加減ができないんだと分かってほしい。
剣を数回振ると、ギラギラ団長以外の騎士団員は全員地面の上で伸びてしまった。
「は?え?あ?なにっ?」
何が起きたか分かっていなさそうな団長の首に大剣をそっと当てる。
「負けを認めますか?」
俺が言うと、団長はやっと状況が呑み込めたようで、慌てて盾と槍を構えて飛びのいた。
「みっ、認めるわけがなかろうッ!」
俺はその勇猛なセリフを聞き届けてから、大剣を横殴りに振り切った。
「神聖なる決闘の結果、ケイイチロウ・クスノキが勝者となった。神よ照覧あれ、そして万人も認めよ、勝負はここに決せり」
文官が宣言する。
領主様の取り巻きと貴族たちはまだざわついている。
支部長と副支部長、美人騎士団長とネイミリアは当たり前だという顔。
サーシリア嬢はちょっと涙ぐんでいるようである。これは土下座確定か。
「ケイイチロウ・クスノキ、コーネリアス公爵閣下の御前に進まれよ」
文官の言葉に従って俺は領主様の前に進み出て、5メートルほど手前で膝を折った。
領主様は長身で細身の紳士然とした人物だった。
後ろになでつけた黒髪、理知的な瞳、口元にたくわえた髭、自分としてはどちらかというと貴族というより、外資系のエリートビジネスマンという感じを受ける。
ただその身にまとう風格は一般人のそれとは隔絶しており、身にまとうキラキラ感――そう、領主様もキラキラ族の一員だった――とともに、目の前の美形中年男性がただ者ではないことを示していた。
「ケイイチロウ・クスノキ、見事な戦いぶりであった」
「はっ、身に余る光栄でございます」
いやしかし、こういう時の礼儀作法なんて全く分からない。一応なんとなくそれっぽくやっているが、一介のハンター風情にそんな厳密な作法は求められないはずだと思いたい。
「決闘前の宣言通り、直奏を許す。希望を何なりと申してみよ」
今俺は頭を垂れているのだが、目の前のキラキラ紳士公爵閣下の口元に皮肉っぽい笑みが浮かんでいるのが確かに見えた気がした。
「はっ、恐れ多きことながら申し上げます。この決闘の儀に先立ち、私は内門騎士団長閣下よりある提案をいただきました。それは先のガルム討伐において――」
俺はギラギラ騎士団長との一件をすべて話し、そして最後にこう締めくくった。
「――以上のことはすべて事実でございます。公爵閣下におかれましては、真偽のほどをご審査の上、しかるべきご処断を下されますようお願い申し上げます」
「きっ、貴様ァッ、閣下に何を言っているかッ!」
いつの間にか気絶から復活していたギラギラ騎士団長が慌てて近寄ってきた。
「閣下、今のはすべてこの者の
「リガール卿、控えよ」
領主様付き武官が団長を押しとどめると、必死の形相の団長を前に領主様が冷たく言い放った。
「神前決闘の報償を無下にすることはできぬ。今の話は、審問官を用いて厳密に審査する。レーゼンに頼まれ騎士団長にしたが、先程の話が真実であれば捨て置けぬ。ローネンよ、己が身を省みよ」
青い顔で地面に突っ伏した内門騎士団長を尻目に、領主様はこの場を去っていった。
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