25章 野心の行方  07

 ボナハ青年を倒したことで条件が達成されたのか、入口とは逆側に新たな扉が開いた。


 少し考えて、『王門八極』の3人にはダンジョンを出てもらうことにした。


 『解析』で調べると彼らにかけた応急処置は1日は持つらしいが、俺が彼らを一時的にでも解放できると知られないほうがいいだろうと思ったのだ。まあ侯爵がすべてを見ている可能性もなくはないのだが。


「そういうことなら仕方ないね。ボクたちは引き上げることにするよ。メニルたちも必ず助けてやって欲しい。そしてトリスタンを討ってくれ」


 と言うクリステラ嬢に「承知した」と答えて、俺とローゼリス、エイミの3人は扉をくぐった。


 階段を上がると、次の階もまた同じような闘技場風のロケーションであった。


 そこにいたのは予想通り、ネイミリアとラトラ、そしてメニル嬢の3人。


 彼女たちの身体からは赤黒い瘴気が立ちのぼっている。クリステラ嬢たちと同じ状態にあるようだ。


 「師匠……」


 「ご主人様……」


 「ケイイチロウさん……」


 俺が前に出ると、彼女らは俺のことを呼ぶそぶりを見せた。


 先の『王門八極』の3人はただ襲ってきただけだったが、彼女たちについては俺の動揺を誘うような指示がなされているのだろう。トリスタン侯爵には演出家の才もあるようだ。


 さて、解除するか……と思っていると、3人の後ろに唐突に黒い穴が開き、そこから赤黒いマントと、顔の上半分だけを覆う兜をつけた偉丈夫が現れた。


 その現れ方と装備には見覚えがある。トリスタン侯爵領で遭遇した『闇の皇子みこ』そのままである。


 しかし兜から覗く顔の下半分は青年のそれではなく、髭をたくわえた壮年の男のものだった。もちろん、その口元にも見覚えがあった。


「トリスタン侯爵閣下、お久しぶりでございます。閣下が私をお呼びとのことで参上いたしました」


『くくっ、久しいなクスノキ卿。この姿を見ても眉一つ動かさぬとは、やはり卿は一筋縄ではいかぬ人物のようだ』


「ある程度予想はしておりましたので」


 と言ったものの、実際のところ侯爵が『闇の皇子』のコスプレ姿で現れるのは不意打ちもいいところであった。俺が動揺しないで済んだのは、ひとえに侯爵が全身から放つ瘴気の圧が凄まじいからである。


 本物の『闇の皇子』をはるかに超えるその重圧は、人が『厄災』の力を取り入れる危うさを十分以上に感じさせるものであった。


『卿が予想を超えて早くに『厄災』を討伐してしまうので、私の策が間に合わぬところであった。もっとも卿のお陰でこの力を手にできたとも言えるゆえ、文句ばかりを言うわけにもいかぬがな』


「策とは、王位簒奪のための策と考えてよろしいのでしょうか?」


『今さら言質が必要か? ならば首都にいた『異教徒』をそそのかしたのも私だと言っておこうか。さすがの卿も、あれについては私の尾を捕まえることができなかったようであったしな。ふふふっ』


 おっと、これはありがたい。なんとなくそうだろうとは思っていたが、『永遠の楽園派』の後援者のスインベリ男爵が『聖なる光』で消滅してしまったので、結局その先まで捜査が進まなかったんだよな。


『もっとも卿の神出鬼没ぶりを甘く見ていたこともあって、首都への被害はほぼなかったのは想外ではあった。ボナハではないが、私も卿の被害者ではあるのだよ。ゆえに卿には退場してもらわねばならん。私が王になるためにな』


「侯爵閣下のお考えはよく分かりました。やはり私は逆賊として閣下を討たねばならぬようです。お覚悟を」


 俺がそう言うと、トリスタン侯爵は口元を皮肉気に歪めた。


『くくくっ、その前に彼女たちと戦ってみたまえ。ボナハも『王門八極』も倒したのはさすがと言っておくが、果たして卿に情を移した女が斬れるかね』


「……」


『斬ることができねば私の前に立つことはできぬ。この世界は卿のようにきれいごとだけでは渡り切れぬのだ。それを身をもって知るといい』


 そう言い捨てると、侯爵はマントをひるがえし背後の黒い穴の中に姿を消した。黒い穴がすうっと消える。


 ローゼリスが横に来る。その顔にはかなりの緊張が見えた。


「ご主人様、あれがトリスタン侯爵なのですか? すでに人とは思えませんでしたが」


「間違いなく『闇の皇子』の力を取り入れているね。さっきのボナハと同じく、すでに人間ではなく『厄災』になってしまっているんだと思う」


「そこまでして王位を欲したということですか。なぜそこまで愚かな真似を……」


 彼がなぜそこまでの野心を持つに至ったのか……おそらく『解析』で調べればすぐに分かるだろう。


 だがまあ、俺はそれを知ろうとも思わない。万一彼の行いが第三者的に見て正当なものであったとしても、俺は立場上侯爵の行為を許すことはできない。俺がするべきは、こちらの大義の元に彼を討つことだけだ。


「さて、まずはあの3人を解放しよう。ネイミリアとメニルの魔法は俺が引き受ける。さっきと同じように2人でラトラを引きつけておいてくれ」


「承知しました」


 俺のその指示が耳に届いたのか、いきなりラトラが動いた。高レベルの『縮地』でいきなり俺の首を狙いに来る。


「あああっ、ご主人様っ!」


 ラトラが俺を呼びながら虚ろな目で攻撃を仕掛けてくる姿は、何かホラー映画でも見ているような感じになる。


 しかしラトラの超高速移動攻撃は凄まじい。『闇の皇子』の力で強化されているとはいえ、元の能力が高くないとこうはいくまい。


 ただ俺の動体視力と反射神経を凌駕するにはまだまだ足りない。俺は彼女の背後からの攻撃を弾きつつ、大剣を振ってローゼリスの方に追いやった。


 その意図を理解したローゼリスがラトラに一撃を加えて引きつけてくれる。そこにエイミが加わって2対1の超高速戦闘が始まった。3つの影が稲妻のように閃きながら交錯する戦闘は、それだけで見ごたえがあるものだった。


「見ている場合じゃないな」


 ネイミリアとメニル嬢が魔力の圧縮を始めている。


「師匠……!」


「ケイイチロウさん……!」


 叫びながら放たれるのは『聖焔槍せいえんそう』と『スパイラルアローレイン』。


 青い炎をまとった魔法の槍と、無数の螺旋状の炎弾が俺に向かって飛んでくる。


 俺は『九属性同時発動』スキルにより『暗黒球』を生成。空中にぽっかりと開いたブラックホールのような漆黒の歪みが、飛来する魔法をすべて吸い込み消滅させる。


 彼女たちが次の魔法を放つ前に『縮地』で距離を詰め、先程と同じように『神聖魔法』と『闇属性魔法』をより合わせて彼女たちに打ち込む。


「はう……っ。あれ、師匠……?」


「んんっ。あらっ、ケイイチロウさん? なにこれ、ワタシ何をしてたのっ?」


 うん、特に問題はないな。


「詳しくは後で。まずはラトラも止めないと」


 高速移動中のラトラに魔法を当てるのは至難の技なので、俺は戦闘中のラトラの背後に回り込み、彼女を後ろから羽交い絞めにする。


 移動速度は恐ろしい程だが、力自体は俺に比べればないに等しい。


 完全に動きが止まったラトラに魔法を打ち込むと、もがいていた彼女の動きが止まった。


「あう……。あれ、私はどうしてご主人様に抱きしめられているんですか……?」


「ああごめん、離すからね」


 ラトラを下ろしていると、ネイミリアとメニル嬢が近づいてきた。ローゼリスとエイミはまだ呼吸が荒い。あれだけの戦闘を行っていたら仕方ないだろう。


「師匠、これってもしかして、私たち操られていたんでしょうか?」


 ネイミリアの質問に答える形で、彼女たちの今置かれている状態を説明した。


「じゃあトリスタン侯爵が倒されるまでは、いつまた師匠を襲うかわからないってことですか?」


「そうだね。さっきの応急処置は1日はもつみたいだから、それが切れる前には終わらせるよ」


「そんな恐ろしいことができるなんて、ちょっと調べてみたいけどそういうワケにもいかないわねっ。ケイイチロウさん、悪者の手から婚約者であるワタシを助けてね」


 メニル嬢がここぞとばかりにしなだれかかってくるが、その身体はちょっと震えているような感じがする。いつもの態度に見えるが、やはりこの状況に感じるところはあるのだろう。


 それよりもかなり堪えているように見えるのはラトラだった。


「ご主人様に斬りかかるなんて、わたし、そんな恩知らずなことを……」


 事情を聞いてから、猫耳と尻尾がしなしなになるほど落ち込んでいるのだ。彼女はまだ幼いから、操られていたからといって割り切りができないのだろう。


「ラトラ、さっきのは仕方ないことだから俺は気にしてないよ」


「ご主人様、でも……」


「大丈夫だって」


 こういう時は言葉で言っても通じないものである。俺はラトラを抱き寄せて、頭をなでながら背中をさすって落ち着かせてやる。


「本当に大丈夫、ラトラがいい娘だって俺は知ってるから。そんなことでラトラを悪く思ったりなんかしないよ」


 しばらくそうしてやると、ラトラは急に俺の背中に手を回してぎゅっと抱き着いてきた。


 ちょっと感極まってしまったかな……と思ったが、すぐに離れて俺を見上げてきた。


「すみませんご主人様、少し混乱してしまったみたいで……。でもご主人様に大丈夫って言ってもらって元気が出ました」


「ああ、ラトラはそうじゃないとね」


 ちょっと顔が赤い気もするけど、多分抱き着いたのが恥ずかしいんだろう。皆に見られてしまったし。


 と思って周りを見ると、


「私も師匠を攻撃してしまうなんて……。ショックです……」


「ケイイチロウさんに魔法を撃っちゃうなんて、ワタシもうお嫁にいけない……」


 今更そんなことを言い出してもラトラみたいに抱きしめてはあげませんよ。君たちはもう子どもじゃないんですからね。

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