25章 野心の行方  06

 敵からヒントを貰えず撤退も不可能であるならば、残るは俺のインチキ能力でゴリ押すしかない。


 目標はステータス『???????』の解明。これができる手持ちのスキルは……やはり『解析』しかない。


 結局ここまでずっとLv.2で止まっているスキルだが、この上限解放がこのイベント突破の『フラグ』となる、この考えに賭けるしかないだろう。


「ご主人様、突破口は見つかりましたか?」


 ローゼリスがクリステラ嬢の不可視の斬撃を曲刀で相殺しながら聞いてくる。


「何となくは。ただもう少し時間がかかりそうだ。すまないがあと少し耐えてくれ」


「承知しました、お任せください」


 さて、そう言ったものの完全にノーヒントだ。


『解析』のレベルを上げるのに、何か条件が必要ということだろうが……今までスキルを得た経験から考えるか。


 例えば『時空間魔法』は、『空間魔法』を使う時に『時間』を意識したら取得できた。


『光属性』や『雷属性』は、イメージを強く持つことで取得できた。


『瞬発力上昇』なども意識したら取得できた気がするので、やはり『意識』というものが重要なんだろう。


 そういえば俺は『解析』がどういう理屈で情報を表示するのか意識したことはなかったな。


 普通に考えれば、どこかにデータベースがあってそこにアクセスしている、という感じなのだろうか。


 ではそのデータベースとは何か。古いイメージだと、世界のどこかに巨大な記憶装置があって、そこに情報が集積されているという感じだろうか。


 だが例えば前世の世界ではどうだったか。情報網の発達によって、情報が一元的に管理されるというモデルはすでに崩れていたように思う。


 情報はあらゆる端末がそれぞれに持っていて、それらの端末から必要に応じて情報をかき集め、一つのデータを形作っていく。確かそんなモデルに移行していたはずだ。


 それを『解析』に当てはめるなら、この世界にあるあらゆる人間や動物やモンスターや植物や、それこそ無機物に至るまで持っているであろう情報をかき集め、それを取捨選択して表示する、そんな感じになるのだろうか――。


 ピロリロピロリロピロリロ……ピロリロリ~ン。


 脳内ですさまじい量の電子音が鳴り響いた。どうやら正解のようだ。


 ステータスを見ると『解析Lv.99』の表示。


 なんだそれと思いつつ、俺は再度ガストン老を『解析』で見る。



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名前:ガストン ドータム


……


状態:精神支配 【闇波動汚染】


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「???????」の中身がきちんと表示された。


しかしこれだけでは解決法が見つからないな。『闇波動汚染』について詳細を――と念じると、表示が切り替わる。



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闇波動汚染



『闇の皇子』の力を得た人間によって付与された状態異常。


 対象の魂に闇の波動をまとわせ、波動の使い手の命令を対象の精神に上書きし続ける。


 対象の魂が消滅するまで有効。


 この状態異常を解除するには、波動の使い手自身を滅ぼさなければならない。


 ただし神聖魔法の浄化効果を闇属性魔法で対象の精神に作用させれば、一定時間上書きを妨害することができる。

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 なるほど、つまりトリスタン侯爵が『闇の皇子』の力を取り込む、というイレギュラーにより新しく生まれた状態異常というわけか。だからそれまでの『解析』では表示がされなかったのだろう。


 しかし解除するにはトリスタン侯爵を滅ぼすしかないとは、よほど強力な状態異常だな。ともあれ一時的でも有効な対応策があるなら試してみよう。


 再び嵐のような攻撃を始めたガストン老とアンリセ青年に、俺は『神聖魔法』と『闇属性魔法』ミックスしてぶつけてみる。


 確かに動きは一瞬鈍くはなるのだが、すぐに元に戻ってしまう。どうも魔法の融合がうまくいっていない気がする。


 確かに『神聖魔法』と『闇属性魔法』を混ぜるというのはちょっとイメージがしづらい。


 ああ、だったら超能力で無理矢理混ぜればいいか。いつものやつだ。


 『神聖魔法』の魔力と『闇属性魔法』の魔力を『念動力』『精神感応』で無理矢理より合わせてひも状にする。それをガストン老の身体に差し込む感じでぶつけてみると……


「むおっ!? いったいワシは何をしとるんじゃ!?」


 ガストン老がいきなり正気に戻って飛びのいた。続けてアンリセ青年にも試す。


「はっ!? 僕はなぜクスノキ卿と戦っているんだ!?」


 酔いからさめた感じでアンリセ青年も細剣を引く。


 離れたところで戦っているクリステラ嬢の前に割り込んで、剣を受け止めながら同じく解除魔法を行使。


「おっと、ボクがクスノキ達と戦う理由はないね。それにしてもなぜこんなことになっているんだろう?」


 よし、いつもの彼女に戻ったようだ。


 ローゼリスが構えを解いて俺の元に来る。エイミは少し離れたところでボナハ青年の動向に注意を払っているようだ。このあたりはさすがに忍者少女である。


「さすがご主人様、この短時間であっさりと解決法を見つけてしまうとは」


「少し手間取ったけどね。ただトリスタン侯爵を倒さないと根本的な解決にはならないらしい」


「そうなのですか? なぜそこまでお分かりになるのか不思議ではありますが……まあご主人様ならそういうこともあるのでしょう」


 ローゼリスはそう言って頷くが、新しい『解析』スキルのことを知ったらちょっと……いやかなり引くだろうな。だってこれ、個人のプライバシーとか全部丸裸にするスキルなのである。


 試しにボナハ青年の詳細を見てみたら、彼の幼少期からの記録が全部出てきて頭がパンクしそうになったのだ。


 もちろんそんなものを覗く趣味はないのですぐに閉じたが……ただまあ、それとは別の詳細画面でこのような表示がでてしまっていた。



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 当該個体「ボナハ・ケルネイン」は『闇の皇子』の魔素を自ら受け入れたため、その肉体も存在も不可逆的に変化している。


 魔素による浸食が進めば、「人間の個体数調整」という『厄災』本来の目的に目覚める可能性が高い。


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 つまり彼についてはもう討伐するしかないということである。聖堂で彼を見た時から薄々は感じていたが、はっきりとそう提示されると……妙な話だが安心を感じるのも確かであった。


「なぜ戦うのをやめる!? お前たちはトリスタン侯爵閣下の操り人形のはずではないのか!」


 異常に気付いたボナハ青年が憤怒の形相で唾を飛ばす。やはり『王門八極』はそういう扱いなんだな。


「すまないクスノキ、彼は何を言っているんだい? ボクたちがトリスタン侯爵に操られていたというのは本当なのか?」


 クリステラ嬢の言葉に、ガストン老とアンリセ青年も同調する。どうやら操られている間は記憶が残らないようだ。


「トリスタン侯爵はどうやら『厄災』の力を得たらしい。その力で皆を操っていたようだ」


「なんと、信じられぬ話じゃが、確かに城壁で侯爵と対峙してからの記憶がないわい」


「確かに侯爵自身も恐ろしい強さだったけど、まさか途中で術にかかっていたとはね」


 ガストン老とアンリセ青年がそう言って苦い顔をする。彼らの言葉を聞く限り、トリスタン侯爵と戦っていた途中で術をかけられたようだ。そしてトリスタン侯爵自身、『王門八極』を複数相手にできるだけの強さを得ているらしい。


 俺たちが話をしていると、無視されたと感じたのか、ボナハ青年が近づいてきた。


「まさかクスノキ卿、これも貴殿の仕業なのか! どこまで忌々しい男なのかな君は!」


 そう言いながら腰の剣を抜く。全身から立ち上る瘴気の密度が上がり、体つきがふた回りほど大きく見える。


 いや、服が破れているところを見ると実際に巨大化しているようだ。


「こうなればもう決闘しかないよねえ! 貴殿に決闘を申し込む! クスノキ卿、正々堂々と受けたまえよ!」


 ボナハ青年のイケメン顔は、なかば獣じみた形相に変貌していた。その瞳には狂気が宿りつつあるように見える。


 魔素の浸食が進んでいるということだろう。彼の理性が多少なりとも残っているうちに決着をつけてやったほうがよさそうだ。


「その決闘、謹んでお受けしよう。皆、下がっていてくれ」


 俺が青年に向き直ると、皆は何も言わずに距離をあけてくれた。『王門八極』の3人はよく状況が飲み込めていないだろうが、ここで余計なことを言わないのが彼ららしい。


「ご主人様、お気をつけて」


 ローゼリスの言葉に頷いて、俺はオーガの大剣を片手にボナハ青年の前に進み出た。


「うぎぎ……。その余裕な態度がそれがしの神経を逆なでするのだよ! 貴殿がそれがしに与えた屈辱、今ここで全て返してあげるからねえ! 覚悟したまえよッ!!」


「決闘となれば、いかなる決着であろうと恨みなきようお願いいたします」


「それはこちらの言葉なんだよねえッ! では参るッ!!」


 叫ぶと同時に、ボナハ青年は長剣を構えて『縮地』で距離を詰めてきた。


 俺は彼の剣を一度受け止めて弾くと、そのまま十合ほど剣を交えた。


 もともと持っていた剣技に強化された肉体が合わさり、総合的には『王門八極』にも近いレベルにまでボナハ青年の力は引き上げられていた。


 特にその膂力は凄まじいもので、トリスタン侯爵が得た『闇の皇子』の力がどれほど危険なものかを物語っている。


「この……ッ! 貴殿さえ……ッ! いなければ……ッ!」


 憎しみを込めた剣が何度となく俺の急所を狙う。彼の側に立てば、その思いも理解できなくはない。


 ただまあ俺も被害者ではあるし、残念ながら彼に対してそれ以上の感情は抱けないのも事実である。


「ボナハ殿の剣技、見せていただきました。剣士の礼儀として私の全力にてお相手つかまつりましょう」


「ふざけたことを……言うなァッ!!」


 無位とはいえ貴族の子弟である。一応礼を持って対したつもりだ。


「御免ッ!」


 俺は『縮地』と同時に大剣を一閃。約束通り本気の一撃である。


 残念ながらボナハ青年には何も見えなかったかもしれない。


 宙を舞った彼の首は虚空を睨んだまま、地に落ちる前に黒い霧に変わっていた。


 俺はしばし目をつぶった。情けないが、やはり見知った人間を斬るのはそれなりに心に来るものがあった。


「ご主人様、見事な一撃でした」


「君の全力の一振りで逝けて、彼も納得しているだろうさ」


 ローゼリスとクリステラ嬢が俺の雰囲気から察して声をかけてくれる。そう、まだ終わりではない。色々考えるのは後でいいだろう。


「ありがとう、俺は大丈夫だ。先に進もうか」


 そう言うと、ガストン老とアンリセ青年が肩を叩いてくれた。エイミも俺に向かって頷いてくれる。


 やっぱりこういう時は人とのつながりが助けになるものだ。どんなに強い力を持っていても、所詮俺の中身は一般人に毛が生えた程度でしかないのである。

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