25章 野心の行方  05

「ご主人様、結局深夜に忍び込むという目論見は消えてしまいましたね」


 城を前にして、ローゼリス副本部長がそんなことを言う。そういえば、確かに最初は忍び込んでトリスタン侯爵を暗殺か……なんて考えていたんだよな。


 副本部長の情報でイベントバトルだと理解してから、その考えはすっかり頭から抜け落ちていた。


「『歓迎する』と言っていた割には静かですね。城内で決着をつけるつもりなのでしょうか?」


 エイミの言う通り、サヴォイア城は恐ろしいほどに静まり返っていた。


 いるはずの深夜番すら姿が見えず、さっさと入ってこいと急かされている感すらある。


「向こうも兵士がどれだけいても意味はないと理解しているんだろう。恐らく城の中で強者……たとえば『王門八極』とかが待ち受けているんだろうね」


「なるほど。ところでご主人様は『王門八極』が寝返ったとお考えですか?」


「いや、恐らく灰魔族の『闇属性魔法』によって操られているんだと思う。ただ気になるのは、先程のボナハ殿のように『闇の皇子』の力を取り込んでいるのかどうか、という点だね」


「取り込んでいた場合はどうなりますか?」


「分からないけど、元の状態に戻すのに手間取るかもしれない。2人にはその時の時間稼ぎを頼みたい」


「承りました。ご主人様の指示通りに」


「私も承知しました」


 俺は2人に頷いてみせると、城の中に歩を進めた。





 予想しておくべきだったのだが、城の中はダンジョン化していた。


 トリスタン侯爵は『厄災』の力をそこまで使えるということなのだろうか。これは少々驚きである。


 城に入ってまず目に入るのは広いホールのはずなのだが、今は目の前に大きな階段があるのみである。


 それを上ると第一関門の中ボス戦が始まるという趣向だろう。


「ダンジョン化しているとは想定外でしたね。トリスタン侯爵は完全に『厄災』そのものになってしまったのでしょうか?」


「そう考えた方がいいのかもしれない。どちらにしろ進むしかないけどね」


 副本部長に答え、俺は階段を上っていった。ここまで来たらすべての関門を食い破っていくだけだ。むしろ力押しでいいならその方が気が楽まである。……うん、自分もすっかりインチキ能力に染まってしまったな。


 2階に上がると、そこは予想通り、闘技場のような空間が広がっていた。


 副本部長とエイミが俺に続いてその空間に入ってくると、背後の入り口がすうっと消えてしまった。撤退不可の中ボスバトル開始というわけだ。


「来るのが早いねえクスノキ卿。それほど女王陛下に執着しているということなのかな」


 反対側の入り口から、ボナハ青年と『王門八極』が3人現れた。


『王門八極』はクリステラ嬢、ガストン老、アンリセ青年だ。


 メニル嬢がいないのは恐らく俺の婚約者だからだろう。ネイミリアたちとともに人質兼手駒みたいな扱いにされているのかもしれない。


 あ、もしかしたらクリステラ嬢が男扱いで、男女に分けられているだけか?


「あれだけの女を手に入れておいてまだ飽き足りないとは見下げ果てた男だ。だからこそ貴殿は討ち取らねばならないのだけどねえ」


「『闇属性魔法』で人を操る貴族よりは余程まともであると自覚しているのですがね」


「黙れ! トリスタン侯爵はどこの馬とも知れない貴殿が愚弄してよい方ではないのだよ。身の程を知りたまえよ!」


「身の程で言えば、無位のボナハ殿は私にそのような言葉を言える身分ではないのでは?」


「黙れ黙れッ! 陛下をたぶらかして得た位などなんの意味があるッ! その賢しら口で女もたぶらかしてきたのだろうッ! その悪行もここまでと覚悟したまえッ!」


 おっと、ちょっと煽りすぎてしまったか。


 しかしやはり『王門八極』は『闇属性魔法』で操られているようだな。『魔力視』で見ても確かに『闇属性魔法』の影響下にあるよう見える。


 ただ気になるのは、彼らからも赤黒い瘴気が上っていることだ。やはり単純に解除できるものではない気がするな。


「エイミ、ローゼリス、予定通り『王門八極』の解放を試みる。ローゼリスはクリステラの相手をしてくれ。彼女のスキルは知っているか?」


「『羽衣』『羽切はねきり』ですね。ご主人様の付与魔法があれば対抗できるかと」


「ああ、そうだった」


 俺はローゼリスの二本の曲刀とエイミの短刀に『絶対切断』の効果を付与する。


「クスノキ様、私はどうしたらいいでしょうか?」


「基本はローゼリスのサポートを。もしボナハ殿が妙な動きをしたら牽制してくれ。彼は最初出てこないだろうが、途中で余計な動きをされると面倒だ」


「承知しました」


 エイミではまだ『王門八極』の相手は荷が重いだろう。動きを見た限りでは、強化されていてもボナハ青年は『王門八極』には至らないレベルだ。


「さあ、首を差し出す用意はいいかな? ああ、エイミ殿はそれがしの妻になってもらう予定だからそのつもりで」


「私もクスノキ様の毒牙にかかっておりますのでお気遣いなく」


 ちょっとエイミさん!? ローゼリス副本部長もこちらを睨まないでください。あとクリステラ嬢もちょっとだけ反応したような……いやまさかね。


「ぐぬぬっ、あばずれには興味はないッ! 貴様ら、彼奴等を皆殺しにしろぉッ!」


 予想通りボナハ青年は下がり、『王門八極』の3人が前に出てきた。


 いちはやく副本部長がクリステラ嬢に一撃を加えてつり出してくれる。


 必然的に俺は大槌を構えたガストン老と、細剣を片手にしたアンリセ青年を相手取ることになる。


-----------------------------


名前:ガストン ドータム

種族:ドワーフ 男

年齢:128歳

職業:サヴォイア国 武官

レベル:78


スキル:

格闘Lv.16 大剣術Lv.10 長剣術Lv.6

斧術Lv.13 槌術Lv.22 短剣術Lv.4 

投擲Lv.8

四大属性魔法(火Lv.8 水Lv.6

風Lv.8 地Lv.10 )

算術Lv.2 毒耐性Lv.5 眩惑耐性Lv.8 

炎耐性Lv.12 風耐性Lv.3 地耐性Lv.6

水耐性Lv.2 衝撃耐性Lv.12 

気配察知Lv.11 縮地Lv.12 暗視Lv.9 隠密Lv.1 

俊足Lv.9 剛力Lv.19 剛体Lv.18 

不動Lv.17 並列処理Lv.4 瞬発力上昇Lv.7 

持久力上昇Lv.17 反射神経上昇Lv.9


称号:王門八極 神域の鍛冶師


状態:精神支配 ???????


-----------------------------




-----------------------------


名前:アンリセ ヴァンダム

種族:人間 男

年齢:23歳

職業:サヴォイア国 武官

レベル:70


スキル:

格闘Lv.14 大剣術Lv.2 長剣術Lv.13

細剣術Lv.20 短剣術Lv.8 投擲Lv.8

四大属性魔法(火Lv.3 水Lv.15

風Lv.10 地Lv.3 )

算術Lv.3 毒耐性Lv.3 眩惑耐性Lv.2 

炎耐性Lv.6 風耐性Lv.4 地耐性Lv.5

水耐性Lv.9 衝撃耐性Lv.10 

気配察知Lv.13 縮地Lv.14 暗視Lv.9 隠密Lv.3 

俊足Lv.12 剛力Lv.10 剛体Lv.9 

不動Lv.7 瞬発力上昇Lv.12 持久力上昇Lv.10 反射神経上昇Lv.13


称号:王門八極 水牙の魔剣士


状態:精神支配 ???????


-----------------------------


 さすが2人とも『王門八極』、素晴らしいステータスである。


 ではなくて、とりあえず『人間用』の表示形式であることに安堵する。これならまだ元に戻せる可能性は残っている。


 問題は『状態』のステータスだ。『精神支配』は『洗脳』の上位版だとして、『???????』は困るな。


 まさかこれが判明しないと彼らを解放できないとか、そんな『設定』なんじゃないだろうか。


 考えている間にガストン老とアンリセ青年が『縮地』で距離を詰め、左右から攻撃を仕掛けてくる。


 アンリセ青年がスピードを生かして細剣で牽制をし、ガストン老の大槌の一撃でダメージを与える、そんなコンビネーションができているようだ。


 俺はその攻撃を大剣で弾いていくが、さすがに『王門八極』2人の回転には間に合わない。


 ならばとっておき、俺はインベントリから『聖杯刀タルミズ』を取りだして左手に持つ。


 そう、『レジェンダリーオーガの大剣』と『タルミズ』の二刀流である。


 こんなこともあろうかと……というより『タルミズ』を手に入れてから、両方の剣を同時に使いたくて密かにスキルを獲得していたのだ。


 もちろんカッコいいからという理由を否定するつもりもない。


 俺は大剣でガストン老を、『タルミズ』でアンリセ青年の相手をする。


 もちろん筋力や物理法則に縛られていれば、そんなメチャクチャな戦い方など不可能である。


 しかし超高レベルの『剛力』『剛体』『不動』『並列処理』スキルが、その不可能を容易に可能にしてしまう。


 2人と切り結ぶうちに、『二刀流』スキルレベルが凄まじい速さで上昇していく。


 もはや小さな颶風ぐふうと化した2人の『王門八極』の攻撃を、俺の二刀は完全に別々の意志をもって弾き返す。


 よし、だいぶ余裕が出てきたぞ。それでは彼らの『解放』を試みるか。


 俺はいつもの通り、『精神感応』と『闇属性魔法』をミックスしてガストン老に語りかけてみる。


「俺の言葉に従え」――ガストン老の動きが止まる。しかしそれも一瞬、すぐにガストン老は攻撃を再開する。


何度か試みるが、同じ結果にしかならない。『解析』で見てみると確かに一瞬だけ『精神支配』は解除されるようだが、すぐに戻ってしまうようだ。


 やはり『状態』ステータスの『???????』の謎を解かないといけないようだ。


「ふはははッ! どうしたのかなクスノキ卿。その2人を相手によく戦っているが、攻撃の手が出ないようではないか!」


ボナハ青年の哄笑こうしょうの声が響き渡る。俺が彼らを救おうとしていることにはまだ気付いてないらしい。


 しかしどうしたものか。ボナハ青年がポロッとヒントを口にしたりするまで待つか。いやそもそも彼がそこまでの知識を持っているかどうかは怪しい気もする。


 トリスタン侯爵が彼をそこまで重用しているとは思えないのだ。なにしろ勇者パーティの件では、彼を捨て駒にしようとした疑惑があるくらいであるし。


 ちらりとローゼリスたちの方を見ると、彼女らはクリステラ嬢の攻撃をうまくいなしていた。


 相性のいいことにローゼリスもエイミも超スピード型である。どちらかというとパワータイプのクリステラ嬢は、彼女たちに回避に専念されると打つ手がない。


「とはいえ早く何とか解決しないとな」


 俺は相変わらずすさまじい攻撃を仕掛けてくるガストン老とアンリセ青年に一撃づつ与えて吹き飛ばし、その隙に思考をめぐらした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る