25章 野心の行方  04

 本部を出た俺は、エイミとローゼリス副本部長と共に、深夜の首都を城に向かって歩いていた。


 ハンター協会の副本部長が貴族同士の争いに首をつっこむのはマズい気もするのだが、副本部長いわく「すでにご主人様のメイドですので」ということで押し切られた。


 『転移魔法』を使わないのは、どうも城までの道中にもなにかイベントがあるような気がしたからだ。


 街中では、トリスタン侯爵軍の兵士らしい人間が巡回をしているのが目に付いた。


 もちろんこちらは『気配察知』と『隠密』スキルに長けた人間が揃っているので見つかるようなことは一切ない。


 さてそんな中、離れたところで複数の男女がなにか争っているような声が聞こえてきた。悲鳴も混じっているところからして明らかにただ事ではない。


 俺はエイミと副本部長に目で合図をして、そちらの方に走っていった。


 問題の場所はなんと『アルテロン教』の大聖堂の前だった。


 そこにいたのは、血だまりの中に倒れている神官騎士数名と、女性の腕を取って連れて行こうとしている男。


 必死に抵抗している女性は、暗闇の中でも分かるほどのキラキラオーラをまとう黒髪の少女、大聖女メロウラ様だった。


 一方でその腕を取って連れて行こうとしているのは……


「ボナハ殿、この狼藉ろうぜきはいったいどういうことですか?」


 俺が声をかけると、全身から赤黒い瘴気とギラギラオーラを立ちのぼらせた金髪の青年は首をぐるりとこちらに向けた。


「取り込み中に誰かと思えば、まさかこのようなところでクスノキ名誉男爵殿とお会いできるとはねえ。まさか貴殿、大聖女様のもとに夜這いでもかけにきたのかな?」


 ボナハ青年は顔を不快そうに歪めながら、品のないことを口にした。


 以前の軽薄そうな雰囲気はそのままだが、目の前にいる青年には、加えて得体の知れない圧のようなものを感じる。


「ああクスノキ様、騎士たちをお助け下さい。彼らは私を守ろうとして……」


 メロウラ様も俺に気付いたようだ。自分より騎士たちを先に案じるあたりが大聖女様らしい。


 俺はメロウラ様の言葉に従い、倒れている神官騎士たちに近づいて『生命魔法』をかけてやった。


 全員一撃で倒されているが、防具のお陰で辛うじて息はある。しかしボナハ青年は剣をそれなりには使えたが、複数の神官騎士を一方的に倒せるレベルではなかったはずだ。


 これが『闇の皇子』の力の影響なのだとしたら、首都が3万の兵で落とされたのも納得できなくはない。


「おやおや、せっかく勇敢な騎士たちを女神様の元に送ってやろうとしたのに、それを邪魔するなんて酷くないかなあ」


 ボナハ青年が嗜虐しぎゃく的な笑みを浮かべる。俺は騎士たちが回復したのを確認して、青年に向き直った。


「トリスタン侯爵軍は首都を守護するために駐留していると聞いていたのですが、これではただの賊ではありませんか」


「クスノキ殿は相変わらず体面だけは取り繕うのが上手みたいだねえ。しかし夜中に二人の女性を連れまわし、さらには大聖女までを狙う男がもっともらしいことを言ってもなんの説得力もないよねえ。しかも貴殿は女王陛下をたぶらかした大悪人でもあるのだし」


「私がどのような人間であろうと、ボナハ殿の罪が消えるわけではありませんよ」


「それがしは任務のために大聖女様を城までお連れしようとしただけのこと。それを妨害する者は王家に逆らうも同じなのだよ。だから斬られても文句は言えないんだよねえ」


「何が任務ですか……。貴方は自分の欲望を満たすために私を連れ去ろうとしただけでしょう」


 大聖女様は掴まれた腕を引き抜こうともがきながらそう言った。まあどう考えてもそういうシーンですよね。


「それがしはゆくゆくは大貴族になることが決まっている身ですよ。大聖女様としても、そのような人間と結ばれるのは喜ばしいことだと思うのですがねえ」


「私は世俗の地位や権力などにおもねる人間ではありません。大聖女というのはそういうものです」


「いやいや、その高潔さもたまりませんねえ。是非ともそれがしの妻になっていただかなくては」


 ボナハ青年はにやにやしながら大聖女様の腕を引き寄せる。が、その時大聖女様が「お断りいたします、私はクスノキ様にお仕えする身なのです」と口にしたのを聞いて、顔色をサッと変えた。


「それはどういう意味かな? もしやすでにこの好色男爵の毒牙にかかってしまったということではないですよねえ?」


 怒りの形相を大聖女様に向けながら、ボナハ青年はプルプルと震え出した。


 大聖女様は何も答えずに顔をそむけた。いやその態度は色々とマズいと思うんですが……。


「こっ、このっ、何が大聖女だッ!! このあばずれがッ!!」


 次のボナハ青年の行動は、しかし常軌を逸したものだった。彼は腰の剣の柄に手をかけ、そのまま抜き放ちざまに大聖女様を斬ろうとしたのだ。


 もちろんそれを許すほど俺のレベルもスキルも甘くはない。


 刃が大聖女様ののどに届くより先に、俺の拳がボナハ青年の顔面を打ち抜いた。


 正直手加減はできていなかったのだが、彼の頭部は原型を保ったまま、身体ごと遠くに吹き飛んでいった。殴った時の感触からすると彼の身体は人間のそれではないようだ。恐らく致命的なダメージにはなっていまい。


「クスノキ様っ!」


 大聖女メロウラ様が俺の胸に飛び込んでくる。彼女に関してはどうもこういうシチュエーションが多い気がするな。トラウマにならなければいいんだが。


「もう大丈夫ですよ。騎士たちも無事です。ご安心ください」


 彼女の背中をさすって落ち着かせてやっていると、ローゼリス副本部長とエイミが近づいてきて俺に冷ややかな視線を向けてきた。


「……あの、俺は大聖女様には何もしてないからね?」


「ええ、ご主人様にそんな甲斐性がないことはよく存じております」


「大聖女様がクスノキ様にお仕えするというのはすでに聞いていましたので」


「それならいいんだけど……」


 副本部長には微妙にけなされている気もするけど、まあそれは仕方ないだろう。今まで俺が甲斐性のない男になっていたのは事実であるし。


 そんなことを言っていると、どうやら落ち着いたらしく大聖女様が俺の胸から顔を離した。


「申し訳ありません、クスノキ様には何度もお助けいただいたうえに胸をお借りしてしまって」


「お気になさらず。メロウラ様をお助けできて幸いでした」


「クスノキ様はどうしてここに? 女王陛下を救いにいらっしゃたのですか?」


「ええ、その通りです。城に行く途中でたまたまメロウラ様の声が聞こえまして……」


「なんと……やはりクスノキ様は私にとって必要な御方。私はもうクスノキ様なしでは生きていけない心地がいたします。どうかお約束通り、お側に置いてくださいますよう……」


 ああ、これってやっぱりそういう意味だよな。どうして俺は気付かなかったんだろうか。


「……ええ。約束はたがえませんのでご安心ください」


 それでも前回確約した以上、こう答えざるをえないんだよな。


 副本部長もエイミも何か諦めたような顔で溜息をついているが……彼女らもそういう意味になってるって分かってるんだろうなあ。


 よく考えたら2人にも同じ約束をしてしまったし、どうやら俺は知らないうちに自分で外堀を埋めてしまったのかもしれない。


「うぐぐ……うぎぎ……貴殿はどれだけそれがしの邪魔をすれば気が済むのか……っ!」


 おっと、どうやらボナハ青年が復活したようだ。


 見ると顔の半分が大きくへこんでいるが、見る間にそれがもとに戻っていく。『生命魔法』による回復とは違う、明らかにモンスターの『再生』スキルに似た現象だ。



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ボナハ ケルネイン


スキル:

剣術 剛力 剛体 不動

四属性魔法(炎・水・風・土)

闇の瘴気 気配察知 

物理耐性 魔法耐性

魔力上昇 魔力回復 

瞬発力上昇 持久力上昇 

縮地 再生 回復 


ドロップアイテム:

魔結晶10等級 

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 個人情報云々という場面でもないと判断し『解析』を使う。


 スキル群自体はまあそんなものかという感じだが、問題はその表示形式である。


 この形式は完全にモンスター用のそれだった。つまりボナハ青年は、『闇の皇子』の力を受け入れすぎて、モンスターだと認識される存在に変化してしまった……ということだろうか。


 ここにきてちょっと気になる情報がでてきてしまったが、とりあえず今は彼をどうするかだ。


「それがしの求愛を妨害するどころか、つぎつぎと獲物を横取りするなど、到底許せるはずがないのだよねえ。この怒り、分からないとは言わせないよ」


「ボナハ殿の感情は多少理解はできます。しかしここでの行動はこちらも許すことはできません。国家転覆の主犯格の一人としても同様に見逃すわけには参りません」


「国家転覆とは笑わせるねえ。貴殿のほうこそ女王陛下をたぶらかし、いくつもの貴族家を取り潰しにした稀代の奸臣ではないか。もはや正義はこちらにあるのだよ。大人しくその首を差し出すといいと思うのだがね」


 ボナハ青年のその言葉には、ローゼリス副本部長が反応した。


「愚かですね。トリスタン派の言うことなど首都の市民は誰も信じてはいませんよ。ご主人様は首都を襲った『けがれのきみ』を討伐した最大の功労者です。市民も皆そのことをよく知っています」


「そうです。すべてのアルテロン教徒はクスノキ様がどのような存在なのかよく知っているのです。クスノキ様を悪者と呼ぶ人間こそが悪魔の使いだということも皆分かっております」


 大聖女様がそう続けると、ボナハ青年は憎々しげに顔を歪ませた。


「ダークエルフとあばずれごときの言うことなど何の意味もないのだよ! クスノキ卿、貴殿は女王陛下をさらいに来たのだろう? ならば城まで来るといい。そこで歓迎をしてやるからねえ!」


 そう言うと、ボナハ青年は『縮地』スキルを使ってその場から去って行った。


 エイミと副本部長が追おうとするが、俺はそれを止めた。ここまでがいつもの強制イベントだろう。決着は城の中だ。


「クスノキ様、お城へ向かわれるのですね?」


 大聖女様が胸に手を当てて心配そうに見上げてくる。


「ええ、首都を解放するために参りましたので。日が昇る前までには女王陛下をお救いできるでしょう。メロウラ様は聖堂の方にお戻りになってお休みください」


「私がお力になれれば良かったのですが……。神前で無事とご武運をお祈りしております」


 ああこれ一晩中祈ってる感じの奴ですね。まあさすがにそれを読んで「やめてください」とも言えないので、「心強く思います」とだけ言っておく。


 大聖女様を回復した神官騎士たちに任せ、俺たちは再び城の方へ向かうのであった。

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