25章 野心の行方  03

 深夜、俺は家のリビングにいた。


 その場にはエイミとサーシリア嬢がいる。寝ていたアビスも物音で起きてしまったようだ。


「ケイイチロウさんお気をつけて。ラトラちゃんとネイミリアちゃんとエイミちゃんと、皆で一緒に帰ってくるのを待ってますね」


 サーシリア嬢が今までになく心配そうな顔をしているのは、今までの『厄災』討伐とはまるで違う状況だからであろう。家族みたいな存在が囚われているというのも初めての話であるし。


「大丈夫、必ず皆連れて帰ってくるから。それにこれで『厄災』も最後になるし、気張って片づけてくるよ」


 こういう時何を言ったらいいかよく分からないんだよな。ちょっとよくない『フラグ』っぽいことを口にしたような気もするが……いやいや、気にするとよくないな。


「じゃあ行くか。エイミ、用意は?」


「問題ありません。いつでも」


「オーケー。じゃあサーシリアさん行ってくるよ。アビスをよろしく」


 俺は近寄ってきたアビスを撫でてやってから、抱き上げてサーシリア嬢に預ける。


 軽く手を振ってから、俺は転移魔法を発動した。





 転移した先は首都ラングランのハンター協会本部、その本部長室だ。


 俺の勘では、本部長と副本部長がそこで俺を待っているはずなのだ。


 彼らは軽挙妄動する人間ではない。事の趨勢すうせいを素早く読み取って、表面上はトリスタン侯爵の簒奪さんだつ劇には我関せずの態度を取っているだろう。


 まあメディア作品群の知識的に、彼らがレジスタンス的な存在になっているだろうとあたりをつけたというのもあるが。


「おいおい、マジで現れたぞ。ローゼリス、お前の勘はどうなってんだ?」


「愚問ですね。ご主人様の考えをすべて汲んで応対するのがメイドの務めです」


「それでもモノには限度ってモンがあるだろ」


 到着早々漫才を始めるレイガノ本部長とローゼリス副本部長。


 エイミは俺の言う通りの状況になっていることに驚いているようだ。


「お待たせして申し訳ありません。このような状況ですがお二人に会えて安心しました」


 俺が社交辞令的挨拶をすると、本部長は苦笑いし、副本部長はメイドっぽく一礼した。


「いや、ローゼリスがお前は絶対夜中に現れるって言うから待ってたんだがな。俺の人生の中でも三本の指に入るビックリだわ」


「副本部長の勘が鋭かったのだと思います。自分としても首都の拠点はやはりここだという考えがありますので」


「おう、それは嬉しいことを言ってくれるねえ。まあローゼリスの想いがそれだけ強いってこともあるんだろうなあ」


 と髭面の大男がニヤニヤし始めたので、俺は慌てて目を逸らした。


 そこには鋭い眼光で睨むメイド姿のダークエルフ美女が。


「お待ちしておりましたご主人様。ご主人様の言いつけ通り、首都奪還のための情報を集めておきました」


「その、言いつけた記憶はないのですが……?」


「ご主人様のお考えを先に読むのもメイドの嗜みですので」


 それってちょっと怖い気もするんですが。


 あと後ろでエイミがピクって反応してるのも気になる。メイドつながりでライバル心を燃やしてるとか……ないよね?


「……ともかくこちらとしては情報を教えていただけるのはありがたく思います。さっそくお教えください」


 というわけで、深夜の本部長室で聞いた話をまとめると次のようになる。


・城壁の門がマント姿の謎の男によって破壊された。


・『王門八極』は全員、戦闘中に急に投降した。その後トリスタン侯爵の軍に加わった。


・そのため守備の兵たちも早々に投降した。


・首都内では大きな戦闘は行われなかった。サヴォイア城もすみやかに制圧された。


・女王陛下は奸臣かんしん(つまり俺)に毒を盛られて病床にあると発表されている。


・現在のところトリスタン侯爵が女王陛下の代理を名乗り、首都を取り仕切っている。


・俺に関しては、首都中に手配書がばらまかれている。


 聞けばそこまで驚くような情報はない感じである。


『マント姿の謎の男』と言えば『闇の皇子』の姿が思い浮かぶが、これはその力を吸収したトリスタン侯爵本人である可能性が高い。


『王門八極』が投降したというのは、おそらく『闇属性魔法』を使う灰魔族によるものだろう。トリスタン侯爵軍が瘴気しょうきによって強化されているなら、彼らが『悪神の眷属』に近い力を持ってもおかしくはない。


「ネイミリアとラトラについては何か情報はありましたか?」


 俺が聞くと、ローゼリス副本部長は首を横に振った。


「いえ、その二人に関しては特に情報を集めることができませんでした。ただ城内ではほとんど戦闘はなかったそうなので、やはり投降したのだと思われます」


「そうですか……」


「それと侯爵はご主人様を悪漢に仕立て上げたいようですが、市民でそれを信じている者はほとんどおりません。むしろ『預言者様』が現れて女王陛下を救うのを期待している者が多いくらいですね」


『預言者』が誰なのかはおいといて、それはありがたい話ではある。逆に『預言者』扱いがそこまで浸透していることに、うっすらと寒気を覚えるが……。


「ところで侯爵は城にいるとして、それ以外の貴族たちや『王門八極』たちはどこにいるのでしょう? やはり城に集まっているのでしょうか?」


「一部貴族は城壁を守っているようですが、それ以外は全員城にいるようです。雰囲気としては城でご主人様を迎え撃つつもりなのではないかと」


「ああ、なるほど」


 副本部長の言葉は俺の中でストンときれいに腑に落ちた。


 これは幹部クラスの敵と戦いながら城の上を目指すイベントバトルなのだろう。最上階には囚われの女王とボスがいる。非常に分かりやすい構図である。


 となれば、残る問題はただ一つだ。


「ところで副本部長、侯爵の陣営の中に有翼人の女の子の双子はいませんでしたか? 白い翼を持っている13歳くらいの子なんですが……」


 そこまで言った時、ローゼリス副本部長の金眼が鋭く俺を射抜いた。その横で本部長がニヤリと笑う。


「なぜそのことをご存知なのですか? やはりご主人様は可愛らしい女性には強い興味をお持ちということでしょうか?」


「さすが『美女落とし』改め『節操なし』。その年齢も余裕で対象内かよ。さすがだな」


 副本部長と本部長の心ない勘違いに俺は慌てて首を横に振る。エイミさんも後ろから痛い視線を投げかけないでね。


「違いますから。彼女たちはトリスタン侯爵の娘さんなのですが、『闇の皇子』を滅ぼす力を持った『光の巫女』なんです」


「なるほど、それは聞いたことがありますね。それで、彼女たちの存在がなぜ気になるのですか?」


「恐らく侯爵は『闇の皇子』の力を何らかの形で自分のものにしています。彼女らがいないと侯爵を倒せない可能性が高いのです」


 そう、残った問題がそれだった。侯爵が予想通りの状態であれば、セラフィ、シルフィ姉妹の力は絶対に必要である。彼女達にとっては実の父親を倒すことになるが……。


 副本部長の眼力がちょっとだけ弱まった。ご納得いただけたようだ。


「そういうことですか。確かに侯爵の陣営の中に、場違いな双子の少女がいるという話は聞きました。しかしなぜ侯爵は自分の弱点になる人間を連れているのでしょうか?」


「これも完全に憶測ですが、『闇の皇子』の力を制御するのに『光の巫女』の力が必要なのでしょう」


 強大な力には代償が付きものである……これも前世のメディア作品群的にはありがちな設定ではないだろうか。自分を棚に上げて何を言っているのだという感じではあるが。


「ふへえ。確かに憶測だとは思うが、よくそんなことがポンポンと考え付くよなあ。しかも妙に説得力があるから怖えわ。女王陛下もぞっこんになるワケだ」


 とんでもないことを言い出す本部長。そのにやけ顔を副本部長はキッと睨みつけてから俺に向き直った。


「城の中に入って行った一団にその双子もいたようです。城の中でお会いできるかと」


「分かりました、何とか協力を取り付けてみましょう」


「しかし父親を倒すのに力を貸してくれるのですか? 説得は難しそうに思えますが」


「さいわい彼女らとは以前話をしたことがあります。侯爵のしていることにも懐疑的だったようなので、説得できる可能性はあります」


 と言うと、本部長はまたニヤニヤし始め、副本部長の眼力がまた強まった。後頭部に突き刺さる視線もかなり痛い。


「なんだ、もう手を出してんのか。それなら話は早えな。ちゃっちゃと解決してくれや」


「このような事態を見越して相手方の身内に仕込みをいれておくとは、ご主人様の神算鬼謀には恐れ入るばかりです」


「私の知らないところにまだ2人もいたとは……。女王陛下にお知らせしなければ」


 なんか三者三様に気になることを言っているんだが……ともかくこれで情報は揃った。後は侯爵が待ち受ける城に乗り込むばかりである。

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