25章 野心の行方  02

 俺がコーネリアス公爵閣下のもとを訪れたのは、日が落ちる少し前であった。


 一応ハンター協会にも寄ったのだが、サーシリア嬢によるとアシネー支部長も昼過ぎから公爵邸に詰めているとのことであった。


 どうやらまた対策会議の途中に顔を出すことになりそうだ。


 使用人に案内されてアメリア団長とともに会議室に入って行くと、まずアシネー支部長が安心したような笑みを見せた。


 公爵閣下は表情を崩さなかったが、他の重鎮の面々は俺の顔を見て様々な反応をした。


 中には同情的な顔をするものもいて、ちょっと気になってしまう。


 俺とアメリア団長が促されて席に着くと、公爵閣下が口を開いた。


「クスノキ卿、ご苦労であった。ニールセン卿もいるということは、リースベン方面は解決したと考えて良いのかな」


「は。リースベンの中枢を操っていた『悪神』を討伐し、リースベン国王以下廷臣の方々を解放いたしました。リースベンからは後程正式に使者が来ると思いますが、これ以上の軍事行動はないと国王直々に確約をいただいております」


 インベントリから12等級の魔結晶を出して机上に置くと、会議室の面々から「おお」と声がもれる。ただ公爵閣下が溜息をつくのは珍しい。嫌な予感。


「まずは礼を言おう。貴殿の力なくば、この国も近隣の国も、今頃は国のていすら成していなかったであろうな。その功績はもはや歴史上にも並ぶものがない。いや、この先においても比肩する者が出てくることはあるまいな」


 そういう誉め言葉ってだいたい嫌な話の前兆なんだよなあ。公爵閣下も眉の根を微妙にピクつかせていらっしゃるし。


「だがその功績を見ぬどころか、卿を女王陛下に這い寄る佞臣ねいしんだなどと言う賊がいてな。あろうことか首都を占拠し、その身を差し出せなどと迫ってきている。卿もすでに知っていよう?」


「トリスタン侯爵が首都を占拠したという話は聞いております。ただ私の身柄を求めているというのは今お聞きしました」


 と言いつつ、なるほどそういうことかと納得する。「君側くんそくかんを討つ」なんて、歴史上何度も使われてきた王朝交代劇の大義名分だ。まさか自分がその「奸」にされるとは思わなかったが。


「そうであったか。いずれにせよ、私としては卿を差し出すつもりなどない。トリスタンがそれで満足するなどと信じている者はこの場には誰もおらぬしな。ただこちらとしても打つ手が難しいのも確かだ。引き返している国軍と呼応して首都を奪還することを考えているが、どうやらトリスタンは『厄災』の力を己がものとしている様子。一筋縄ではいくまい」


「奪還に賛同する貴族家はどの程度いるのでしょうか?」


「ニールセン以外は様子見を決め込むと見ている。トリスタンの大義を頭から信じている者はほとんどおらぬだろうが、『厄災』の影響があって各領地はそうそう兵を動かせぬしな」


 なるほど、そういうタイミングも見計らっての行動というわけか。


 国軍と公爵の軍が合わされば数はトリスタン陣営を大きく上回るだろうが、それでも『闇の皇子』の力を得たトリスタン軍が城壁にって守ったならば、落とすことは至難を極めるだろう。


 それに首都での攻防戦ともなれば市民にも甚大な被害が出る。どちらが勝ってもサヴォイア女王国が国として大きく傾くことは間違いない。


……結局、『厄災』の力を持った者は、人を大勢死においやらずにはいられないということなのかもしれない。


 とすれば、俺がここで取る行動は一つしかないだろう。もっとも最初からそのつもりではあったが。


「公爵閣下、私が単独で首都に潜入しトリスタン侯爵をどうにかすれば事は解決するのでしょうか?」


 そう言うと、部屋の空気が微かに揺らいだ気がした。


 まあそうだろう。俺は今、公爵閣下にトリスタン侯爵の暗殺許可を取ろうとしているのである。


「トリスタンが卿を待ち受けているのは間違いないぞ。無論罠も十重二十重に張り巡らせていよう。それでも卿は行くというのか?」


「はい。どれほどの罠があろうとも、我が力をもってすればすべて食い破ることができましょう。私が気がかりなのは、それを行ってよいかどうかという点だけです」


「そうか……」


 公爵閣下は深く瞑目した後、俺を正面から見据えた。


「トリスタン侯爵は『厄災』の力に魅入られ、女王陛下を虜囚とし王位の簒奪を目論む逆賊である。クスノキ名誉男爵にはその力をもって逆賊トリスタンを討ち、女王陛下を救ってもらいたい」


「承知いたしました。この身にかえましても必ず賊を討ち滅ぼし、女王陛下をお救いいたします」


 これで俺にとっての大義名分は整った。後は持てる力を総動員して何とかするだけだ。






 公爵の館を出ると、すでに陽は落ちていた。


 行動を起こすのは今夜遅くだ。敵地潜入なのだからバカ正直に昼間に行動を起こすことはない。もっとも正直転移魔法を使える俺にとって、潜入するのに昼も夜もないのだが。


「ケイイチロウ様があれほどに強い言い方をされるのは初めてお聞きいたしましたわ。今回のこと、ケイイチロウ様もかなり気にされているようですわね」


一緒に館を辞したアシネー支部長が俺の腕を取りながら言う。


「今回は知り合いが大勢巻き込まれていますからね。さすがに普段通りというわけにはいきませんでした」


「そうですわね。でもネイミリア様もラトラちゃんもきっと大丈夫ですわ。ただ相手はトリスタン侯爵、彼女たちもそのままとは思えませんわ。もしかしたら……」


「ええ、灰魔族に操られて……ということはあるでしょうね。『王門八極』も同じように俺へ当てるために使われる可能性は高いと見ています」


「メニルもか。しかし貴殿のことだ、彼らもすべて救えると思っているのだろう?」


 同じく館を出てきたアメリア団長が言う。ちなみにエイミも後ろからついてきている。


「もちろん全員助けるつもりだよ。俺の力はそのためにあると思っているからね」


「そうだな……。貴殿は何だかんだいいながら常に人を助ける方向で動いているからな。もしかしたらトリスタンすらも助けるつもりなのではないか?」


「さすがにその気はないよ。助けたところで彼は死罪以外あり得ないだろうし」


「確かにな。むしろ死なせてやったほうがいいかもしれん。向こうも捕えられて刑に服するなど屈辱でしかないであろうしな」


「そうだね……」


 あの侯爵なら追い詰められたら自ら死を選ぶ気もする。それとも最後まであがくだろうか。どちらにしろ俺と彼が不倶戴天の敵同士になってしまったのは間違いない。


「できれば私も行きたかったのだが……」


「そうですわね。今回に限っては、ケイイチロウ様お一人で行かせるのはとても心苦しいというか、心配ですわ」


 アメリア団長とアシネー支部長が揃ってそう口にする。


「ありがとう。でも今回は敵地潜入ということになるからね。エイミと二人で行くくらいがちょうどいいんだ。いざとなったら力は出し惜しみしないつもりだから、何かあってもなんとかなると思う」


「出し惜しみをしない……か。ケイイチロウ殿が全ての力を出したらいったいどうなるのか、まったく想像もつかんな」


「トリスタン侯爵はケイイチロウ様の力を過小評価しているのかもしれませんわね。まさか一軍すら相手にしないほどとは思っていないのではなくて?」


「情報は集めているとは思いますが、その取捨選択には困っているでしょうね」


 俺の力を正確に評価できていたら、『厄災』の力を得たくらいでは勝てないと気付くはずなのは確かである。とはいえ人間とは自分に都合の悪いことは信じないものだ。


 ただあのトリスタン侯爵にそういう人間的なところがあるとは思えないんだよな。


 あくまで自信家なのか、それとも何か秘策があるのか、あるいは己の野心に殉じるつもりなのか。


 そう考えると、色々と心の準備は必要そうだ。

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